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第二百九十九話 残山剰水(前編)


-----三人称視点---



 聖歴1757年10月26日午前十時過ぎ。

 皇帝ナバールは、帝都のガルネス城に帰還を果たした。


 尤もこの時に彼に同行していたのは、

 総参謀長ザイド、そしてタファレル元帥。

 そして護衛と従者を合わせて約十人であった。


 皇帝は帝城の正門を潜り、

 城の入り口にあるエントランスホールに辿り着いた。


 するとそこには警務大臣のジョナサン・フーベルク。

 またその他の閣僚や政治家、貴族。

 そして漆黒の鎧姿の騎士が十名以上居た。


「お止まりくださいッ!

 皇帝陛下、いやナバール・ボルティネス殿!!」


 そう言ったのは、

 中央に陣取る警務大臣フーベルグであった、


「……フーベルク、これはどういうつもりだ?」


 皇帝ナバールは、

 フーベルクを睨めつけて、低い声でそう問い質した。


 だがフーベルクは、

 眉一つ動かさず、冷然とした表情でナバールを見据えた。


「どちらに向かうおつもりですか?

 この先に貴方が居るべき場所などありませんよ」


「フーベルク警務大臣!!

 皇帝陛下に対して失礼ではないか!」


 思わずタファレル元帥がどなりつけた。

 だがフーベルクは、怯まない。

 実に堂々とした態度で丁寧に返事する。


「タファレル元帥、よすんだ。

 フーベルク警務大臣、余が居るべき場所はない、

 とはどういう意味だ?」


「言葉の通りです。

 下院かいんの会議の結果、

 貴方には皇帝の座を退位してもらう事になりました。

 これはガースノイドの民が決めた事です」


「フーベルク、貴様ぁ! はかったな!」


 今度は総参謀長ザイドが声を荒げた。

 冷静な彼にしては、珍しい光景であった。

 するとフーベルクが「ふっ」と笑った。


「貴方達は、まだ自分の置かれた状況が

 分かってないようですね。

 ……まあ分かりませんよね。

 戦いに勝つ事しか考えず、

 他の事になど一切顧みない。

 それがガースノイド帝国の現状ですよ」


「……成る程、貴公らしい立ち振る舞いだ。、

 フーベルク、貴様はこの時を待っていたんだな?」


「ボルティネス殿、違いますよ。

 このような状況を招いたのは全て貴方自身ですよ?

 貴方は確かに戦争の天才だ、それは認めよう。

 だが貴方のせいで、このガースノイドは、

 長らく戦乱の渦に巻き込まれた。

 戦争に次ぐ戦争、そして徴兵に次ぐ徴兵。

 その結果、この国の若い男子の数は激減。

 最早、この国は限界寸前なのですよ」


「……成る程、つまり私はもう必要ない。

 その代わりにもう一度、王政復古をする。

 そして貴様は今度は王族、貴族のいぬになるのだな?」


「ふふっ、何とでも言いなさい。

 貴方は戦争に敗れた。

 そして権力争いにも敗れた。

 これ以上、醜態を見せる前に潔く退位なさい」


「……」


 フーベルクや他の閣僚、貴族達は、

 非常に冷たい視線をナバール達に向けた。


 ナバールとしては、

 退位は覚悟していたが、

 このような形での退位は望んでなかった。


 やはりこの男が帝国のがんであった。

 ファレイラス同様に暗殺すべきだった。

 と思うが既に後の祭りであった。


「私の皇帝としての役目は終わった……のか?」

 最早、私の退位しかガースノイド国民を

 救う道はないというのか……」


「その通りですよ、皇帝陛下」


 蔑むようにそう言う警務大臣フーベルク。

 この言いようには、ナバールも大変立腹した。


「フーベルク、貴様もファレイラス同様に、

 処刑しておくべきだった。

 それが我が治世の最大の過ちだった。

 今更ながら、その事を後悔している。

 貴様はどうせまた権力者の傍に立ち、

 風見鶏の如く、動き回るのであろうな」


「……貴方は冷酷に見えて、

 何処か他人に対して情があった。

 ですがそれが貴方の魅力であり、欠点だった」


「……」


 フーベルクの言葉にナバールは、押し黙った。

 この男の事は大嫌いだが、

 物事や人物を的確に比喩できる。


 だからこそ自分はこの男を重用したし、

 次の新王朝でも活躍の場を与えられるのだろう。


 つまり自分はもう過去の人間だ。

 悔しいがナバールは、その現実を悟った。


「……分かった、退位宣言に署名しよう」


「……ありがとうございます」


 聖歴1757年10月26日深夜二十三時。

 ナバール・ボルティネスは、

 二度目の退位宣言に署名した。


 これによってガースノイドは、

 再びレイル十六世の王政復古を迎える事となった。


 ナバールの帝都ガルネス退去と同時に、

 休戦協定が締結されて、

 ガースノイド帝国軍は全ての戦闘を停止。

 

 そして連合軍の総司令官ラミネス王太子。

 その副官レオ・ブラッカーやバイン、バウアー将軍や臣下達。

 またその中には、リーファとその盟友の姿もあった。


 そのアスカンテレス王国軍が帝都ガルネスを占領した。

 帝国軍の将軍、元帥達は、

 ハーン元帥、レジス将軍を筆頭に、

 連合軍に身柄を拘束されて、

 帝城ガルネスの地下牢獄に投獄された。


 連合軍の華麗なる勝利。

 総司令官ラミネス王太子の辣腕による勝利。

 と連合国の加盟国の地元新聞社は書き立てたが、

 実際はこの戦争で多大な犠牲が出ていた。


 帝国軍だけでなく、

 連合軍もこの戦争で大いに傷ついていた。

 それは兵士だけではない。


 各国の国民、市民も限界に近かった。

 だから大衆はこの戦争の終結を心から喜んだ。


 ナバール・ボルティネスという一人の戦争の天才によって、

 エレムダール大陸全土が戦いに巻き込まれたが、

 その長い長い戦乱もようやく終幕を迎えた。


 こうして一つの時代が終わり、

 そして新しい時代を迎える事となった。



次回の更新は2025年1月29日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
 マリーダもこの世を去り、ナバールも退位させられた。  もう帝国は戦争を望まず、国民も限界が近づいていたのでしょう。  ナバールは散り際を心得ており、すんなり退位宣言したのがいいですね。敵ではあったけ…
更新お疲れ様です。 帝国最大戦力であるマリーダが死んだ今、もう帝国に活躍できそうな兵はいませんし、帝国編もこれにて終わりですかね。 ですが、前回のようなことがあった以上、ナバールをこのまま放置という…
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