第二百九十八話 別れの言葉
-----三人称視点---
倒れるマリーダ。
そしてリーファは倒れる元義妹に近づいて、
見下ろす形で低い声で問うた。
「……最後だから何でも話を聞くわよ。
何か言い残した事があれば言いなさい」
するとマリーダは、両眼を見開いてリーファを見据えた。
既にその両眼からは、輝きが失われており、
その生命活動もまもなく最後を迎えようとしていた。
そんな中、マリーダが淡々と口を開いた。
「……そうね、結局は私は貴方に勝ってなかった。
でも私は自分の限界を超えて、
貴方に挑み続けたわ、そ、そこは満足しているわ」
「……確かにそうね、かつてのアナタからは、
考えられない勝利の執念で、
何度も何度も私を追い詰めたわね」
「……でも結局、勝てなかった。
やはり貴方は強くて私なんかが敵う相手じゃなかった。
でも貴方の脳裏の片隅に、
私という存在を刻む事は出来た。
そ、それに関しても満足しているわ」
確かにマリーダの言うとおりだ。
かつてのマリーダに対しては、
リーファは悪感情しか抱いてなかった。
だが彼女が漆黒の戦女になって以降、
何度も何度も戦いを挑んでくる姿に辟易しながらも、
心の何処かでは、敬意を抱いていた。
もう最後だ。
だから自分の気持ちを最後くらいは素直に伝えよう。
リーファはそう思いながら、マリーダに労いの言葉をかけた。
「実際に一度はアナタに負けたし、
私もアナタに勝つために必死になったわ。
そしてアナタは本当に強くなった。
その為に私も強くならざる得なかった。
今にして思えば、休戦協定後は、
私は帝国に勝つ事より、
アナタに勝つ為に戦い続けていたのかもしれない」
それはリーファの嘘偽りのない言葉であった。
マリーダもそれを察して、
意識が朦朧とする中、僅かに口の端を持ち上げた。
「ふ、ふふっ、ようやく貴方に私の存在を認めさせたのね。
わ、私は……ずっとそれを望んでいたのかもしれない。
でも自分の手を汚さず、貴方に嫌がらせしていた時は、
最初は良い気分だったけど、
段々、暗澹たる気分になってたわ。
やはり心の何処かでは、惨めさを感じていた。
だけど漆黒の戦女になって。
貴方と同じ舞台に立って、
私はようやく……自分らしさを手にする事が出来たわ」
正直言えば、
今でも婚約破棄以降のマリーダの振る舞いを赦す気にはなれない。
マリーダにはマリーダの言い分もあるだろうが、
あの振る舞いまで許容する程、リーファも寛容ではない。
だがそれはそれ。
自分の仇敵となって、
血みどろの戦いを続けて行くうちに、
リーファもマリーダには絶対負けられない。
という気持ちが常にあった。
「そうかもしれないわね。
漆黒の戦女となったアナタは、
かつてのアナタではなかった。
ある意味、一途なまでに勝利を追求していた。
それはそれで一人の戦士として、敬意を抱くわ」
「そ、そう? そ、それを聞いて少し満足したわ。
……がはぁぁぁっ!!」
マリーダが再び口から吐血した。
彼女の命の灯火が消えようとしていた。
しかしその表情は、何処か満足げに見えた。
「マリーダ……」
「ど、同情はよしてください。
わ、私は自分の意思で……戦いの道を選んで、
そ、そして……貴方に戦いを挑み続けた。
その代償はとてつもなく大きいけど……。
今のわ、私は……そんな自分を誇りに思うわ」
「……」
「大丈夫よ、貴方はどうせわ、私の事なんかすぐ忘れる。
だ、だから貴方はずっとそのままで居てください。
……誰にも負けず、誰にも媚びない。
そんな強い強い女性のままで居て欲しい……」
「そうね、私も自分の道を突き進むわ。
でもアナタの事は忘れないわ。
どういう形であれ、私達は元姉妹。
切っても切れぬ関係なのよ……」
「そ、そういう斜に構えた言い方が……特に嫌いだわ。
でも変な同情される……よりは……マシね……」
「……」
青白い顔で横たわるマリーダの両眼が輝きを失う。
そして彼女はそのまま眼を瞑り、息を引き取った。
「……」
リーファは無言でマリーダの亡骸を見据えた。
とてもじゃないが良好な関係とは言えない間柄。
いや常に憎み合ってたというべきだろう。
だが不思議な事に、
いざマリーダが死んでも特に何を感じる事もなかった。
すると緊張感から解放されて。
肉体的にも精神的にも疲れが押し寄せて来て、
気が付けば、リーファの張った封印結界も解除された。
「お嬢様! 大丈夫ですか!?」
「リーファさん!」
「お姉ちゃん!」
「皆、リーファさんを守るだわさ!」
リーファが左膝を地面につける中、
彼女の仲間が彼女の許に押し寄せた。
「お嬢様、これをお飲みください!
万能薬です」
アストロスが自分のポーチから、
万能薬が入った中瓶を取り出して、
右手でリーファの左手に手渡した。
「アストロス、ありがとう」
リーファはそう言って、
左手の指で栓を抜いて、
その中身を一気に飲み干した。
すると彼女の体力も魔力も無事補充された。
「……とりあえずこれで無事に動けそうだわ」
「お嬢様、ご無事で何よりです」
「ウン、本当に良かったワン」
と、アストロスとジェイン。
だが流石のリーファも精神的にかなり疲弊していた。
「……マリーダには勝ったけど、
これ以上戦うのは少し厳しいわ。
だから皆で後衛に下がりましょう」
「「そうですね」」「ウン」「そうしましょう」
こうしてリーファとマリーダの戦いに終止符が打たれた。
それによって帝国軍も最後の牙城が崩れたショックで、
勢いに乗る連合軍に蹂躙された。
聖歴1757年10月25日の午後十八時過ぎ。
北部エリアのエマーン将軍が戦死。
それによって「土の聖龍ベルグレス」も契約者を失い、
制御が効かない状態となったところで、
敵の集中砲火を浴びて、戦場で散った。
それを知った西部エリアのハーン元帥とレジス将軍は、
自分達の敗北を悟り、部下と共に連合軍に投降した。
そして皇帝ナバールは、
総参謀長ザイドと数十名の護衛と従者を連れて、
帝都の帝城ガルネスへ逃げ帰った。
だが既に大半の帝国兵が投降しており、
名実ともに帝国は敗北、否、大敗北を喫した。
皇帝ナバール。
そしてガースノイド帝国は、最後の時を迎えようとしていた。
次回の更新は2025年1月25日(土)の予定です。
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