第二百九十四話 近親憎悪(後編)
-----三人称視点---
「――イーグル・ストライクッ!」
「――ダブル・ストライク」
双方とも何度も切り結びながら、
互いに剣技を放つが、
その刃は届いておらず、
表面的には無傷の状態を保っていた。
だがそんな中でもリーファの鋭い剣は、
ジワリジワリとマリーダに重圧を掛けていた。
一見すれば互角に見えるが、
実際はリーファがマリーダを押しつつあった。
基本の能力値に加えて、
実戦経験の差でもリーファが大きく上回っていた。
「ハア、ハア、流石にやりますわね」
呼吸を乱しながら、そう呟くマリーダ。
対照的にリーファは、呼吸一つ乱さず、
冷めた目でマリーダを見据えていた。
そして冷淡な口調でマリーダに告げた。
「マリーダ、貴方のこれまでの努力。
そして執念は、私も認めるわ。
令嬢時代は剣一つ握った事がなかった貴方が
ここまで上り詰めてきたのは、
一人の人間として敬意を示すわ。
だけど……」
「だけど? 何を仰りたいのですか?」
声にやや怒気を篭めて、そう問うマリーダ。
するとリーファは、興奮するでもなく淡々と言葉を紡ぐ。
「所詮は俄仕込みなのよ。
少なくとも今の私には勝てないわ。
だから無駄な抵抗は止めなさい」
この言葉にマリーダは、言い知れぬ怒りを覚えた。
そう、この女のこういう所が特に嫌いなのだ。
何かを悟ったような顔で、
相手の感情を無視して、事実だけを述べる。
その言葉はおおよそ正しい。
だが正しい言葉が正しい結論や結末を迎える訳じゃない。
むしろ的を得ている分、
言われた方の神経を逆撫でするケースが多い。
リーファとて馬鹿ではない。
それを分かった上で、このように宣告しているのだ。
それがマリーダにとっては、
何よりも許せない、という感情を抱かせた。
「貴方はそうやっていつも高見から、
私を見下ろしている。
いや私だけじゃない。
自分が認めた者以外に対しては、
そのような態度で接している。
私は貴方のそういう所が何よりも嫌いよ」
だがリーファは平然とした表情で――
「そう? 私も別にアナタに好かれたくないわ」
「……持てる者の余裕ね。
でもね、下の者にもプライドはあるのよ。
あんまり人を莫迦にしないでよっ!
ハアァア……ヴォーパル・ドライバーッ!」
「――ハイ・カウンターッ!」
マリーダが渾身の突きを放つと同時に、
リーファも返し技の薙ぎ払いを放つ。
リーファの聖剣の刃がマリーダの左頬を切り裂き、
その傷口から、赤い血が流れ落ちた。
「チッ……」
マリーダはバックステップして、
左手の甲で左頬の傷口を軽く拭った。
駄目だ、やはり正攻法じゃ勝ち目がない。
残念ながら今のリーファは、
マリーダより確実に強い。
悔しいがそれが現実だ。
だがマリーダは、その現実から逃げなかった。
その辛い現実を認めた上で、
自分がやれる事を全力で模索する。
やはりここは能力値を底上げする能力。
「魔神の肉体」を使うしかない。
少し早いがマリーダは、
なんの躊躇いもなしに切り札を切った。
「――魔神の肉体っ!!」
「こ、これはっ!?」
突然のマリーダの行動にリーファも眼を瞬かせた。
それと同時にマリーダの全身に熱が帯びた。
「う、う、うっ……」
今まで感じた事がない力と魔力が湧き上がってきたが、
その副作用として酷い頭痛が起こり、
身体中を火照らすような熱が生じた。
常人ならば、この時点で立ってられなかった。
だがマリーダは耐えた。
精神力と勝利に対する執念。
そしてリーファに対する憎悪で必死に耐えた。
「リーファ殿、相手の能力値が急増したぞ!
キミも「神の肉体」を使うんだぁっ!」
「わ、分かったわ! ――神の肉体っ!!」
リーファも負けじと「神の肉体」を発動。
その瞬間、リーファの全身に力と魔力が漲る。
だがその対価として。
激しい頭痛、そして焼け付くような熱が全身に帯びた。
「あ、あ、あっ……」
だがリーファも耐えた。
精神力と意地とプライド。
それらの感情でこの苦しみに耐えた。
だが恐らく動けるのは、五分が限界だろう。
そしてマリーダも同じ結論に達した。
「――トリプル・ドライバーッ!」
「っ! ダブル・ストライクッ!」
マリーダは咄嗟に三連撃を放つ。
対するリーファも条件反射的に二連撃で応戦。
魔剣と聖剣が衝突。
すると剣を握る手に強い衝撃が走る。
二人とも全ての衝撃を完全に受け止めきれず、
数セレチ程の距離だが、後方へと下がっていた。
……互角、あるいはそれ以上ね。
この状態なら、この女と互角に戦えるわ。
それを瞬時で悟ったマリーダは、一気に攻勢に転じた。
「――暗黒の連撃っ!!」
「!?」
ここで温存していた剣技を解き放った。
まずは袈裟斬りを放つが、
リーファも同様に袈裟斬りで応戦。
聖剣と魔剣が再び衝突。
だが打ち勝ったのは、マリーダであった。
リーファは斬撃の衝撃で、体勢を崩した。
そこからマリーダは、逆袈裟を放つ。
「き、きゃあああっ……あああっ!」
逆袈裟が見事に決まり、
リーファの身体に剣傷が刻まれる。
だがリーファも両足を踏ん張って、転倒を回避する。
「せいっ!!!」
マリーダは、そこから上中下段に突きを放つ。
リーファも必死に聖剣を振って応戦するが、
上段は防げだが、中段、下段とまともに突きを喰らった。
「がはっ!!」
胸部と腹部を突き刺されたリーファは、
口から赤い鮮血を吐き出した。
「貰ったわぁっ! ――ダークネス・ブレイクッ!」
マリーダはそう叫ぶなり、
全身から魔力を解放する。
そしてその魔力を闇の闘気に返還して、
右手に握る漆黒の魔剣の剣身に宿らせた。
「ああっ……ディバイン・ヒールッ!」
リーファも左手で腹部を押さえて、
短縮詠唱で回復魔法を発動。
対するマリーダは、
右手に持った魔剣を地面に向かって振った。
魔剣が振り下ろされると同時に、
闇を伴った真空波が発生して、
衝撃音と共に地面を綺麗に両断した。
「……ふっ、フライッ!!」
迫り来る真空波。
それを回避すべく、リーファは飛行魔法「フライ」を発動。
するとギリギリの所で、
上空に浮遊して、真空波を何とか回避したが――
「甘いわっ!!」
マリーダも左腕を上空にかざして、
無詠唱で闇属性魔法「シャドウ・フレア」を発動。
すると闇色の炎が解き放たれ、
上空に退避したリーファの身体に命中した。
「あ、あ、ああっ!!」
声にならない声を上げて、
リーファは爆発の衝撃で地面に落下した。
だが魔法を受ける瞬間に、
咄嗟に対魔結界を無詠唱で張ったので、
この一撃で仕留められる、という事態は回避。
両膝を地面につけながらも、
リーファは左手を胸部に当てて、上級回復魔法を使った。
「――ディバイン・ヒールッ!」
斬撃、それと魔法攻撃による傷が癒やされたが、
完治するまでには、至らなかった。
するとそれを観たマリーダが一気に間合いを詰めて来た。
――ここが勝負の分かれ道。
――ここで踏ん張らないと、殺される。
リーファもそれを瞬時で悟り、
痛む身体に鞭を打って、
身体を起こして、右手に聖剣を構える。
リーファとマリーダ。
二人の戦いもそろそろ終幕に差し掛かろうとしていた。
次回の更新は2025年1月11日(土)の予定です。
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