第二百五十八話 枕戈寝甲(前編)
-----三人称視点---
聖歴1757年10月19日。
ワールスリー地方で戦いが始まって、約一日が過ぎた。
昨日から降っていた雨は綺麗に止んで、
少しは戦いやすい状況になっていた。
昨日の戦いだけで、
帝国軍、連合軍共に多くの戦死者を出していた。
その戦力の穴を埋めるべく。
両軍は各地から援軍を呼び寄せた。
帝国軍は帝国の南部エリアから、
シュバルツ元帥率いる第二軍。
そしてパルナ公国領から、
タファレル元帥率いる第五軍。
更には傭兵隊長マクトレフ率いる傭兵、冒険者部隊が
ワールスリー地方に駐屯する帝国軍の主力部隊に合流した。
一方のラミネス王太子率いる連合軍の主力部隊も
エストラーダ王国とニャルザ王国に、
援軍要請したが、エストラーダ王国は援軍を拒否。
ニャルザ王国は、
ニャールマン司令官と側近が緊急会議を行い、
散々話し合った結果、
ニャールマン司令官が約二万五千の大軍を率いて、
ワールスリーの戦いに参戦する事となった。
この背景には、
敵、味方に囲まれたニャルザ王国が
今後の戦い、また戦後を見据えて、
ラミネス王太子とアスカンテレス王国に恩を売る為、
援軍を派遣する事となった。
またアスカンテレス王国に、
待機させていた予備戦力の三万五千人。
更にはサーラ教会騎士団の予備戦力の五千人の部隊も
呼び寄せて、戦力の補充に成功。
こうして 帝国軍の総数約十八万人。
連合軍の総数約十八万人。
両軍合せて三十六万人を超える大軍が
ワールスリー地方に集結しつつあった。
そして翌日の10月20日。
両軍の増援部隊が無事に到着した。
その最中、ラミネス王太子は、
本陣の床几に腰掛けて、
副官レオ・ブラッカーと今後の方針について語り合う場を設けた。
「どうやら無事に援軍が到着したようだな」
「ええ、雨も止みましたし、
少しは戦いやすい状況になりました」
淡々と答える副官レオ・ブラッカー。
「各地の戦況はどうなっている?」
と、ラミネス王太子。
「相変わらず膠着状態ですね。
両軍共に決定打が欠けている模様です」
「そうか、だがこういう場合は一度均衡が崩れると、
一気に瓦解するものだ」
「ええ、どうにも聖龍に手を焼いてるようです」
「……聖龍か」
「でも逆説的に言うのであれば、
聖龍さえ倒せれば、一気に戦局は我が軍に傾くでしょう」
「それはこのワールスリーでも同じ事が言える。
ならばそろそろこちらも切り札を切るか?」
「……切り札ですか?」
言葉の意味が分からず副官レオ・ブラッカーがそう問うた。
するとラミネス王太子がその件に関して、
分かりやすい形で説明を始める。
「……戦乙女の事だよ。
彼女は昨日の戦いで、また敵将を倒したようだ。
それによって彼女はまた成長したであろう」
「でも相手も……漆黒の戦女もレイラ団長を倒した模様。
成長しているのは、彼女――リーファ殿だけではないでしょう」
「無論、そんな事は百も承知だ。
だがここら辺で大きな戦果が欲しいのも事実。
だから私の独断で彼女を、戦乙女を動かすつもりだ」
「分かりました、では今すぐ彼女をお呼びしますか?」
「……うむ、そうしよう」
そして三十分後。
ラミネス王太子と副官が陣取る本陣に、
リーファとその盟友がやって来た。
「リーファ嬢、そして盟友の方々。
よく来てくれた。 とりあえず楽な姿勢を取ってくれ」
「はいっ!」
王太子の言葉に従い、
リーファ達は休めの姿勢を取った。
「では単刀直入に言うが、
リーファ嬢とその盟友には、
私が率いる本隊に駐留してもらいつつ、
戦場に漆黒の戦女が現れたら、
貴公等の手でその動きを封じてもらいたい」
「……はい」
この時が来たか。
だが本音を言えば、まだ時期尚早な気がする。
と、思いつつもここは素直に従おう。
リーファはそう自分に言い聞かせた。
「先日、私はリーファ嬢の事をアスカンテレス王国軍の象徴。
と言ったが、今こそ君に動いて欲しい。
そしてその手であの漆黒の戦女を倒して欲しい。
そうすれば我が軍の士気は上がり、
今後の戦いが有利になるであろう」
「はい、尽力を尽します」
リーファの凜とした声が周囲に響いた。
ラミネス王太子は、
そのリーファの姿をジッと見据えた。
「それで勝機はあるかね?」
「全力を尽しますが、
必ず勝てるとはいえません。
ですが……」
「ですが……何だね?」
「私も後がない身なのは百も承知です。
ですので全身全霊で彼女――マリーダを食い止めます」
そう言うリーファは、
何処か達観したような雰囲気を漂わせていたが、
ある種の覚悟を決めた目をしていた。
「良い表情だ、それだけの覚悟があれば、
きっと勝利の女神も君に微笑むであろう」
「王太子殿下、マリーダと戦う前に、
もう一度スキルポイントを振って、
対マリーダ戦に向けて、
仲間と話し合いたいので、
少しばかりお時間を頂けませんか?」
「うむ、そうだな。
ならば三時間ほど君達に休養を与えよう。
話し合いの場は、
近くの空いている野営テントを使うが良い。
君だけでなく、君の盟友。
そして連合軍の運命を握る戦いになるであろうから、
君も悔いの無いように、気が済むまでやりたまえっ!」
「王太子殿下、お心遣い感謝致します」
深々と頭を下げるリーファとその盟友。
「うむ、そこの兵士。
彼女等を適当な場所に案内したまえっ!」
「は、はいっ!」
王太子の近くに居た兵士がリーファ達を
近くの空いている大きめの野営テントへ案内した。
その姿を見て、
ラミネス王太子は、僅かに口の端を持ち上げた。
「彼女はあのマリーダに勝てるでしょうか?」
王太子を横目で見て、
副官レオ・ブラッカーがそう言う。
するとラミネス王太子は、不敵な笑みを浮かべた。
「それは分からんさ。
だがあのリーファ嬢は、
今までも多くの強敵を倒してきた。
対してマリーダは、漆黒の戦女は、
破竹の勢いで連戦連勝を重ねているが、
元々は貴族の令嬢。 それ程、武芸や戦闘に長けている訳ではなかろう。
恐らく漆黒の戦女の従来の力に依存した形で、
勝ち続けているだろうが、何処に穴がある筈。
そしてリーファ殿ならその穴に気付くであろう」
「……そうだと良いですね」
「嗚呼、私も彼女の事が好きだからな。
出来る事なら彼女には、
まだまだ私の許で働いて欲しい」
「……私も彼女の勝利を願います」
「嗚呼、彼女は優秀だからな。
彼女がマリーダに勝てば、
我々も今後戦いやすくなる。
だから是が非でも彼女に勝って欲しいものだ」
そう言う王太子の言葉には偽りはなかった。
だがそれと同時にリーファが負けた時の想定もしていた。
彼個人としては、リーファに好感情を抱いていたが、
連合軍の総司令官としての立場は、決して忘れてなかった。
こうしてリーファとマリーダの三度目の戦い。
因縁のラバーマッチは、ゆっくりと幕を開けようとしていた。
次回の更新は2024年9月7日(土)の予定です。
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