第二百四十六話 竜虎相搏(前編)
---三人称視点---
聖歴1757年10月15日。
皇帝ナバールと魔女帝ドミニクは、
パールハイム城に陣取りながら、
部下達に周囲の街、村の平定を命じた。
その平定作戦は順調に事が運んだ。
周辺の街、村の領主や統治者が
ほぼ無条件で、降伏してきた為である。
これにはナバールもドミニクも若干拍子抜けしたが、
簡単に平定できた事を二人は素直に喜んだ。
どうやら話に聞く限り、
シャーバット公子と公王ラキンが帝国軍に降伏しても、
咎めないと事前に伝えていたようだ。
「ほう、犬族など、
只の犬コロと思っていたが、
意外と物事の本質が見れているようだな」
「余もそう思う。 だが喜んでばかりではいられない。
南部エリアに撤退した公王と軍を指揮する第一公子は、
各地の兵力を集結させて、
南部エリアの周辺に軍隊を配置してるようだ」
そう言葉を交わすドミニクとナバール。
二人はパールハイム城の玉座の間で、
ドミニクが玉座に座り、
ナバールはその左横に立った状態で会話を続ける。
「皇帝ナバールよ。
貴公に単刀直入に問う。
貴公は南部エリアの犬コロ共をどうすべきと思う?」
「では余の意見を述べさせて頂く。
余としては、犬族の残党など気にせず、
西進して、当初の予定通りアスカンテレス王国を攻めるべきだ」
「ふむ、その理由を聞かせてもらえるか?」
「嗚呼、連合軍は表向きは団結しているように見えるが、
その内情は打算で成り立っている関係に過ぎん。
いざ自分の国が攻められたら、
仲間意識より自己の安全を優先するだろう。
現に連合軍がこのパルナ公国に、
援軍を派遣するような気配はない。
だから烏合の衆と化した犬族など無視すべきだ」
「うむ、そうか」
ナバールの言葉にドミニクは納得した表情を浮かべた。
「だがこのパルナ公国に最低限の駐留部隊を
置く必要があるな。 貴公としては、
どれぐらいの戦力を残すべきと思う?」
「そうだな、このパールハイム城。
あるいは公都サルファイムの防御は、
タファレル元帥と冒険者及び傭兵部隊にませようと思う。
防衛部隊は……まあ六万も居ればいいだろう」
「成る程、妾も貴公の意見に賛成じゃ。
ならば残る約十四万の大軍で、
アスカンテレス王国へ攻め込むか!」
「いや念の為にニャルザ王国にも部隊を派遣したい。
連中はヒューマンやエルフ族と違って、
お人好しの部分があるから、
犬族やヒューマンに増援を出す可能性が高い。
だから連中を牽制する二万程の部隊が欲しい」
「ならば我が軍から、その部隊を派遣しよう。
そうだな、「炎のネストール」にその件をませよう」
「それは有り難いが、大丈夫なのか?」
「何がじゃ?」
ナバールの言葉にドミニクが軽く首を傾げた。
「あのネストールという男は、
見るからに好戦的な男だ。
そんな奴を主戦場から外すと、
後々に揉める原因にならないか?」
「嗚呼、だから妾は奴を主戦場から外す。
但し時々はニャルザ王国軍へ攻撃するように、
命じるつもりだ。 これで奴に戦場を掻き回されない上に、
邪魔な猫共の動きを封じる事が可能となる」
「成る程、貴公も色々考えているんだな」
ナバールの言葉に、
魔女帝ドミニクは、口の端を持ち上げた。
「妾も貴公と同じく専制君主。
部下の扱いには長けている」
「残った戦力は約十四万人か。
これだけの戦力があれば、
アスカンテレス王国軍とも互角に戦えるな」
「嗚呼、だが油断は禁物じゃ。
アスカンテレス王国軍との戦いは、
我等の運命を大きく変える戦いになるであろう。
だから何としても勝たねばならん。
何としてもな……」
「うむ、共に力を合わせて、
必ず勝利を掴もう!」
そして皇帝ナバールと魔女帝ドミニクは、
十四万の兵士を連れて、
アスカンテレス王国領ワールスリーへと向かった。
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「炎のネストール」率いる約二万の部隊は、
ニャルザ王国領のニャルダイム方面に陣取り、
ニャルザ王国軍とパルナ公国軍を分断させた。
その戦況を見て、
ニャルザ王国軍を指揮するニャールマン司令官は、
本陣の床几に腰掛けて、渋面になって唸った。
「うぬううぅっ……。
ニャルダイム方面に陣取る部隊は、
どうやらデーモン族部隊のようだニャン。
ここは攻勢をかけるべきか」
「司令官閣下、もう少し敵の様子を見ませんか?
敵の数は約二万、この程度の戦力ならば、
我が軍で対応できますが、
敵の真意が分からない状態での交戦は控えましょう」
そう具申したのは、
ニャールマン司令官の副官ニャーモンだ。
品種はバリニーズ。 身長は六十セレチ(約六十センチ)前後。
上下共に黒い軍服姿だ。
「しかし現状だと、
我が軍とパルナ公国軍が分断された状態だ。
おまけに敵の本隊がアスカンテレス方面に進軍中。
この状況をただ見守れというのか?」
「確かに由々しき事態であります。
ですがパルナ公国軍はまだしも、
アスカンテレス王国軍は、
この状況でも我等やパルナ公国軍の援軍に
駆けつけない有り様です。
ならば我々も自国の防衛に専念すべきです」
「ニャニャニャァァァ……」
副官ニャーモンにニャールマン司令官は、再度唸る。
確かにこの状況下で、
他国の支援を優先させて、
自国の防衛を疎かにする訳にはいかない。
「貴公の云うことも一理あるニャン。
既にパルナ公国は、公都から公王や公族が
撤退した状況、油断すれば我等も同じ轍を踏む事に
なりかねん、それだけは何としても回避せねばならん」
「ええ、まずは優先すべきは、
自国の防衛、そして国民の安全を守る事です」
「だが何もしない訳にもいかぬ。
とりあえず約二万の部隊を持って、
ニャルダイム方面のデーモン族部隊を牽制せよ」
「了解しました、すぐに部隊を向かわせます」
そしてニャルザ王国軍は、
同数の二万の部隊を持って、
ネストール率いる部隊に牽制攻撃をかけた。
それに対してネストールは、
同じく牽制攻撃を掛けながらも、
部隊を大きく動かす事はなく、
言われた通りに陽動役、牽制に徹した。
するとニャルザ王国軍も無理に攻め込みはせず、
国境線付近に防衛部隊を配置して、
事の成り行きを見守った。
そうしているうちにも、
ナバールとドミニク率いる帝国、デーモン族軍の第一軍は、
進軍を続けて、目の前の敵を蹴散らせて、
10月18日に、アスカンテレス王国領の北部ワールスリーに到着。
それに対して、
連合軍の総司令官ラミネス王太子も
十万を超えるアスカンテレス王国軍、
騎士団長レイラ率いるサーラ教会騎士団の一万五千人の第四軍を率いて、
この戦いの最大の山場になる大決戦に挑もうとしていた。
次回の更新は2024年7月27日(土)の予定です。
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