第二百三十一話 王党派襲撃事件(後編)
---三人称視点---
「「漆黒の戦女」だとっ!?
貴様が今、噂の食人鬼ナバールの飼い犬か!?」
「……」
ファレイラスの言葉に、
マリーダは無言を貫く。
するとファレイラスは露骨に狼狽し始めた。
元帝国宰相。
更には前の王朝時代は、侯爵の爵位を持った大貴族。
容姿も比較的良くて、おまけに高身長、高学歴。
貴族のサロンでは、常に中心人物。
だがそれは平時においての事。
このような戦闘状態では、
そんな経歴など大した意味は持たない。
ファレイラスは床に落ちていた鉄の剣を拾い、
左構えの状態で、腰を落とした。
ファレイラスも大貴族の出。
最低限の剣術の心得はある。
但しその腕前は、騎士見習いにも劣る。
だが無防備で眼前のマリーダと相対するよりかは、
幾分かマシであったといえよう。
「気に入らない不満分子を闇で抹殺。
あのナバールもとうとう落ちるところまで落ちたようだな。
共和国出身の皇帝が聞いて呆れる。
気に入らない者は、問答不要に処刑する。
それではロベルト・ピエサールと同じでないか」
ロベルト・ピエサール。
革命後のガースノイド共和国のトップに立った人物。
だが異様なまでに、猜疑心の強い男で、
不満分子を幾度となく、ギロチン台へ送った。
結局、度が過ぎた為、
部下が反乱を起こして、
ロベルト・ピエサール自身も処刑された。
そのような人物とナバールを同列に扱うのは、
帝国に仕える臣下達にとっては、
最大限の侮辱と言えただろう。
かつてのマリーダなら、この場で激高しただろう。
だが今のマリーダは、
このような侮辱発言にも冷静に対処していた。
「建国記念日に皇太子殿下の暗殺を目論んだ貴様等は、
最早、国家の為ではなく、私情で動くテロリスト。
そのような輩に幾ら罵倒されようが、気にしないわ」
淡々とそう告げるマリーダ。
「……噂通りの不遜な女だな。
貴様はかつてアスカンテレス王国のクーデターを
許嫁を目論んだ傾国の悪女。
それが今では帝国に仕える身。
その変わり身の早さで、
今度はガースノイドを混乱に導くつもりか?」
「……シャドウ・ボルトッ!!」
「な、何をするっ!? が、が、がぎゃあああっ!!」
マリーダは初級の闇属性魔法を範囲を最小限にして、
威力と精度を高めた状態で、
ファレイラスの右手の甲に放った。
それによってファレイラスの右手の甲が綺麗に撃ち抜かれて、
その右手の甲の中央部に綺麗な穴が空いた。
次の瞬間、ファレイラスが激痛によって激しく喘いだ。
「ひ、ひ、酷い……こんな真似するなんて……。
酷い、酷い、酷い、酷い、酷い、酷過ぎる」
呪詛のように同じ言葉を繰り返すファレイラス。
だがマリーダは冷めた表情で、
苦しみ喘ぐファレイラスを見据えた。
「他人の痛みには鈍感だけど、
自分の痛みには非常に敏感のようね。
アンタみたいな自己中心的な貴族は、
このように傷を刻んでやらないと、
痛みの辛さが分からないしょう」
「ま、魔女だ。 き、貴様は帝国に害なす魔女だ。
こ、この私に……このような蛮行に出るとは……。
赦さん、赦さん、赦さん、絶対に赦さない」
「ふうん、それで?」
「……わ、私を殺せば、ナバールの名声は下がるぞ?」
「それも覚悟の上よ。
だからアナタが心配する必要はないわ」
マリーダの声は何処までも冷たい。
ファレイラスもその冷然たる態度に、
身の危険を強く感じた。
そこで彼はある種の賭けに出た。
「……私はレイル十六世の亡命先を知って居る。
この場で私を見逃……ぐぎゃぁぁぁっ!」
ファレイラスが喋り終える前に、
マリーダは右拳を彼の顔面に叩き込んだ。
そこから更にファレイラスの腹部を右膝で膝蹴りを喰らわせた。
「何処まで行っても、
自分の事ばかり、それでいて他人を安易に巻き込む。
それが大貴族の本性なの?
自分一人で何かしようと思わないの?」
「げふっ、げふっ……」
「結局、アナタは他人を利用する事しか考えない。
貴族も王族も、そして皇帝陛下も。
まあアナタが貴族と王族とどう付き合うかは、
アナタの自由よ、でもね。
皇帝陛下や皇太子殿下に牙を剥くなら、
私は容赦しないわよ」
「……成り上がりの貧乏貴族じゃないか!
な、ナバールなんて所詮、成り上がりの野心家に過ぎん。
た、たまたま時代の時流に乗って、
う、う、運良く権力の座に就いただけだ!」
「でも自分自身で手に入れた地位よ。
アナタや私のように、
ただ貴族の家に生まれただけの地位じゃない」
「……」
「力が欲しいなら、自分の意思で掴みなさい。
アナタも男でしょ?
何か一つでもいいから、
自分の手で何かを掴みなさいよ」
「……」
「何? 何も言い返せないの?」
「……う、うおおおっ……おおおっ!!」
ファレイラスは逆上した様子で、
左手で床の鉄の剣を拾い、
頭上に掲げて、マリーダに襲いかかった。
しかし負傷に加えて、逆上した状態。
まるでいじめられっ子の子供が
無造作に拳を振るい回すように、
目茶苦茶に鉄の剣を振り回すファレイラス。
「はい、はい、そんな大ぶりだと当たらないわよ」
対するマリーダは上下左右に、
身体と足を動かして、ファレライスの剣を躱す。
「でも少し見直したわよ?
少しは男っぽいところもあるじゃない。
だけどそれに最後まで付き合うほど、
私は暇でも優しくもないわ。
それじゃさ・よ・う・な・ら……イーグル・ストライク」
マリーダはそう言って、
右手に持った漆黒の魔剣で初級剣術スキルを放った。
「が、がはぁぁぁっ……あああっ!」
マリーダの漆黒の魔剣がファレイラスの白い喉を綺麗に斬り裂いた。
完全に急所を狙った一撃に、
ファレイラスも声にならない声を上げて、床に崩れ落ちた。
「……」
その姿を無表情で見据えるマリーダ。
これで当初の目的は無事に果たされたが、
任務を完了しても、マリーダは微妙な気持ちに陥った。
「かつては名を馳せた宰相の最後にしては、お粗末ね。
でも人間の最後なんてこんなものかもしれないわね。
私だって最後はどうなるか、分からないし……」
その時、他の仲間が三階に駈け上がってきた。
「マリーダ殿!」
「……シュバルツ元帥、任務は無事に完了したわ」
「……そこに倒れているのがファレイラスか?」
「ええ、もう一人、貴族らしき男が居たけど、
念の為にその男も始末しておいたわ」
「……そうか」
「我々も二階の敵は全て処断しました」
と、バズレール元帥。
「ならば長居は無用ですね。
これから封印結界を解除するので、
皆で退避しましょう」
「嗚呼、分かった」
と、シュバルツ元帥。
そしてマリーダは、仲間と共に一階に戻り、
宿屋の周囲に張った封印結界を解除した。
その後は各自、バラバラになって、
事前に用意した転移石で各所に転移した。
こうして後に「ポンド・フィールド事件」と呼ばれる帝国軍の重鎮による襲撃事件は、
無事に幕を閉じた。
この「ポンド・フィールド事件」における帝国軍側の被害者はゼロに対して、
王党派側の被害者は、この場に居合わせた二十六人全員が
無残に惨殺される事となった。
この「ポンド・フィールド事件」によってマリーダと襲撃に参加した将帥は、
雷鳴をあげたが、後々に歴史に重大な影響ををもたらす事になった。
そして休戦状態にあった帝国と連合軍も
水面下で敵国に対する妨害行為や襲撃事件を
起こす事になるのであった。
こうしてエレムダール大陸で再び争いが始まろうとしていた。
次回の更新は2024年6月5日(水)の予定です。
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