第二百三十話 王党派襲撃事件(中編)
---三人称視点---
高級宿屋「ポンド・フィールド」。
そこで繰り広げられる激しい死闘。
既に王党派側は、八名以上の死者を出していた。
彼等は旧王朝時代には、
国を担う貴族である者が大半で、
最低限の剣術や武術の心得はあった。
だが百戦錬磨の帝国軍の将軍、元帥。
そして「漆黒の戦女」を相手にしては、
彼等の剣術や武術では太刀打ち出来なかった。
だがこういう事態をまるで想定してなかった訳ではない。
彼等は今夜の集会にも、
帝都や帝国内で名を馳せた冒険者を五人程、同行させていた。
それによって王党派が帝国側の襲撃部隊に、
あえなく殺される事態は、避けられた。
だが所詮は雇い兵。
この場に居合わせた冒険者達は、
あくまで王党派に雇われた私兵に過ぎない。
彼等は金の為に、王党派と繋がっていたが、
現在の帝国の支配者である皇帝ナバールに、
反旗を翻すつもりはなかった。
とはいえこのままでは、自分達も一緒に処刑される。
その事を悟った雇われた冒険者達も、
手にした武具を懸命に振るい、応戦した。
既に王党派は、剣を振るって戦う者。
攻撃魔法で応戦する者、
部屋にある物を巧妙に使いさばく者など、
二十数人が死を覚悟して戦っていた。
数の上では帝国の襲撃部隊が不利であったが、
襲撃部隊の帝国の将軍や元帥は、
一人一人が腕に覚えのある猛者の集団。
数的不利など元ともせず、
手にした武器を振るい、
次々と王党派連中を斬り捨てて行く。
そんな中、最上階の三階では、
マリーダと王党派側に雇われた冒険者達が相対していた。
「ふう、金で雇われた冒険者にしてはやるわね」
マリーダはそう言って、
前方で大剣を構える黒い肌の巨漢のヒューマンを見据えた。
「……女の刺客か。
だが腕は相当のモノだな。
このオレ以外の仲間を既に三人も斬り捨てた。
だがオレはそう簡単にはやられんぞ」
黒い肌の巨漢の冒険者は、
両手で大剣の柄を握りながら、摺り足で間合いを取る。
マリーダの身長が162セレチ(約162センチ)に対して、
この巨漢のヒューマンは、身長185を優に超えていた。
この体格差は、流石にマリーダでも苦戦していた。
先程から何度か剣技を放っていたが、
その度に相手も剣技を使い、
マリーダの攻撃を正面から防いでいた。
――あまりここで時間を潰したくないわ。
――この間にファレイラスに逃げられたら元も子もない。
――ならばここは奥義を駆使して、この男を倒す。
マリーダはそう心に刻み、先手を打った。
「――能力覚醒っ!」
マリーダは職業能力「能力覚醒」を発動。
これによって、彼女の能力値が倍加される。
「洒落臭いっ! ――レイジング・バスターッ!」
戦いの流れを掴むべく、
巨漢のヒューマン――冒険者ガラハールは、
手にした大剣を振るい、英雄級の大剣スキルを放つ。
「遅いわっ! ――ハイ・カウンターッ!」
それに対してマリーダは、
迎撃用の英雄級の剣術スキルで応戦。
「ぐ、ぐはあぁぁぁっ……」
マリーダの薙ぎ払いが冒険者ガラハールの腹部を綺麗に切り裂いた。
でもこれで終わりではなかった。
むしろ始まりと言えた。
「――掌底打ちっ!!」
マリーダは左構えから、
左手を前に突き出して、
ガラハールの腹部に掌底打ちを繰り出す。
「ご、ごふっっ……うううっ……」
ガラハールの腹部に激痛が走る。
この時点で勝負は既に決まっていた。
だがマリーダは完全に止めを刺しに行く。
「――デス・ブラッドォォォッ!!」
マリーダは、そう叫ぶと同時に高速の袈裟斬りを放った。
炎の闘気が宿った袈裟斬りが
ガラハールの身体に鋭い剣傷を刻み込んだ。
そこから更にマリーダは、
漆黒の魔剣を逆手に持って、
Xの文字を刻むように、
下から上へ切り上げる風の闘気を宿らせた逆袈裟を放つ。
「ぎ、ぎ、ぎゃあああっ……あああぁぁっ!?」
マリーダの独創的技・「デス・ブラッド」が見事に命中。
でもこれで終わりではない。
マリーダは右手で魔剣を握りながら、
左手をガラハールの胸部に当てた。
「あ、あっ……あああぁぁぁっ!?」
「これで終わりよ! ――シャドウ・フレアァッ!!」
魔法攻撃による零距離射撃。
零距離で放たれた闇炎がガラハールの身体を焼き尽くす。
そして爆音と共にガラハールの身体が後方に十メーレル(約十メートル)程、吹っ飛んだ。
ガラハール何度も何度も身体を床に打ち付けて転び回る。
「が、が……がああぁぁぁっ……」
ガラハールは床に大の字に倒れて、断末魔を上げた。
この一連の攻撃でガラハールは、命を落とした。
しかしこのガラハールは、言わば番犬。
そして番犬の飼い主はまだ生きている。
「せいやぁっ!!」
マリーダは三階の大部屋の扉を蹴破った。
そして漆黒の魔剣を右手に持って、
部屋の中へ飛び込んだ。
すると大部屋の中には、
高そうな服を着た貴族らしき中年男性のヒューマンが二人居た。
一人はこの集会を仕切る王党派のブリッケン伯爵。
だがこちらの人物は後回しで良かった。
そしてもう一人の男こそがマリーダの標的であった。
身長180以上、黑を基調とした豪奢な礼服姿。
そう、この人物こそが元帝国宰相ヴェルムード・ファレイラスであった。
どうやらまだ逃げてないようだ。
ならばここで確実に止めを刺す。
そう思うマリーダに、
ブリッケン伯爵が銀の片手剣を両手に持ちながら、突貫して来た。
「う、うおおおっ……おおおっ!!」
殺られる前に殺る!
その精神でブリッケン伯爵は、先手を打った。
だが彼は所詮、剣術をかじった程度の腕前。
「漆黒の戦女」となったマリーダの敵ではなかった。
「ヴォーパル・ドライバーッ!」
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃあああ……あああぁっ!?」
ブリッケン伯爵はマリーダの渾身の突きを
右手にまともに喰らい、絶叫と共に銀の片手剣を床に落とした。
「アナタは誰かしら?
まあ別に誰でもいいけど……」
「う、う、う、うっ……帝国の狗があぁぁぁっ!」
「そうね、それで?」
「うううっ……うううっ……ガースノイド王国に栄光あれ!」
「この状況で自身の信念を押し通すのは立派ね。
だからご褒美に楽に殺してあげるわ。
これで終わりよ! ――ダブル・ストライクッ!」
「が、が、が、がギャアァァァ……あああっ!」
マリーダは咄嗟に二連撃を放ち、
ブリッケン伯爵の首筋と腹部を綺麗に斬り裂いた。
眼前の伯爵の地獄のような断末魔が周囲に反響した。
そして屍となった伯爵は、床へ転げ落ちた。
残されたのは元帝国宰相ファレイラスのみ。
するとマリーダは、
双眸を細めて眼前の男を睨みつけた。
「売国奴ヴェルムード・ファレイラス。
貴様の命は、この漆黒の戦女マリーダが頂く!」
次回の更新は2024年6月1日(土)の予定です。
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