第二百二十八話 奸智術数(後編)
---三人称視点---
「それで王党派の根城は何処なのだ?」
と、皇帝ナバールがマリーダに聞いた。
「私達が調べましたところ、
帝都の北側にあるラザル商会が経営する高級宿の
「ポンド・フィールド」を根城にしているようです」
「成る程、高級宿を根城にしてるのか」
皇帝の言葉にマリーダが「ええ」と頷く。
「既に諜報部「狼の牙」の諜報員マントを
「ポンド・フィールド」の従業員として潜入させて、
王党派の動きを探らせています」
と、総参謀長ザイド。
「ほう、手際が良いな。
ならば善は急げだ、危険な芽は早い段階で摘むべきであろう」
「はい、諜報部「狼の牙」と暗殺部隊と連動して、
何時でも襲撃できる状況を整えてます」
皇帝の問いに淡々と答えるザイド。
「この襲撃部隊の指揮は、
この私が執らせて頂きます」
マリーダが凜とした声で言った。
自信と覇気に満ちた良い声だ。
彼女の意思の固さが周囲にも伝わった。
「襲撃部隊はマリーダ殿と諜報部、暗殺部隊だけで、
編成するおつもりですか?」
と、シュバルツ元帥。
「ええ、これは言わば「暗殺業務」。
端的に云えば、汚れ仕事でございますわ。
このような汚れ仕事に帝国の将軍や元帥を
巻き込む訳にはいきませんわ」
この発言はマリーダの本心であった。
彼女は自分の評価がどんなに下がろうと、
気にしなかったが、
その価値観を周囲に押しつける気はなかった。
だからこういう汚れ仕事をするのは、
自分や諜報部、暗殺部隊が請け負うべきだ。
彼女は本心でそう思っていた。
「いやこれはある種の帝国の今後を担う重要任務。
またマリーダ殿だけに、汚れ仕事を押しつける気はない。
我々は既にもう運命共同体なのだ。
ですので皇帝陛下、私にもこの任務に参加させて頂けませんか?」
「ううむ、シュバルツ。 それは卿の本心か?」
「はい、少なくとも私は本気でございます」
「そうか、ならば卿もこの任務に参加するが良い」
「ありがとうございます」
これでシュバルツ元帥の参加が決定した。
すると周囲の将軍、元帥達も急に色めき立った。
「シュバルツ元帥だけにお任せ出来ませんよ。
元帥が仰るように我等は運命共同体。
戦場における武勲や栄誉だけでなく、
汚名も平等にかぶるべきと思います」
「私もハーン元帥と同意見です」
「自分もハーン元帥の意見に賛成です」
ハーン元帥の言葉に、
タファレル元帥とバズレール元帥が相槌を打つ。
するとエマーン、レジス両将軍も後に続いた。
「ファレイラス元宰相は、
今となっては我が帝国の天敵。
皇帝陛下のお許しが出た今、
その災いの根源である彼の人物を討つべきです」
「エマーン将軍の仰る通りです。
ここは将軍と元帥が団結して、
行動を移すべきでしょう!」
勇ましい声でそう叫ぶレジス将軍。
こうなれば彼等の協力を断る訳にもいかない。
とはいえ将軍、元帥を全員現場へ連れて行く事は出来ない。
元々、この件はザイドとマリーダが企てた計画。
それを横から手柄を奪う。
という図式にしてはならない。
ナバールは瞬時にその事を理解して、
襲撃部隊に加える将軍と元帥を厳選した。
「卿等の厚い忠義心は、余にも深く伝わった。
だが事が事だ、卿等、全員を襲撃部隊に加える訳にはいかぬ」
ナバールはそう言って、場の熱気を少し下げた。
すると周囲の将軍や元帥も少し落ち着きを取り戻した。
「であるから襲撃メンバーに加える将帥は、
余、自らが決めようと思う。
ザイドもマリーダもこの条件なら異存はないな?」
「「御意」」
「うむ、では余の口から直接伝えよう。
シュバルツ、バズレール、エマーン、レジス!」
「「「「はっ!!」」」」
「卿等、四名はマリーダと共に襲撃部隊に加われ!」
「「「「御意」」」」
「ハーン、タファレル元帥!!」
「卿等は五十人程の精鋭部隊を率いて、
王党派が陣取るラザル商会の高級宿の周囲に、
網を張って、奴等の逃亡を未然に防げ!」
「「はっ!」」
こうして王党派に対する襲撃が正式に決定した。
その後、王党派の拠点に潜入した諜報員マントから――
「王党派の首魁が7月9日の今夜二十一時。
高級宿「ポンド・フィールド」に集結する事が決定」
との情報がザイドやマリーダ達に伝わった。
その事を皇帝に上申して、
帝国軍による王党派の襲撃の許可を正式に得た。
「ここまで来れば、もう後戻りは出来ませんわね」
「嗚呼、やるからには必ず成功させよう」
と、総参謀長ザイド。
「兎に角、ファレイラスだけでも確実に仕留めよう」
シュバルツ元帥の言葉に周囲の者達も小さく頷く。
そしてマリーダ達は、
闇夜に紛れて、王党派が潜む帝都の北側へ向かった。
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マリーダ達は、この襲撃にあたって、
その数日前から綿密に標的である高級宿の付近を探っていた。
この帝都の北側エリアは、
帝都でも有数の宿屋街で、
この往来には小中大の宿屋がひしめていた。
高級宿「ポンド・フィールド」も、その一軒であった。
間口は広く部屋も多い三階建てであった。
王党派の連中は、昨日からこの高級宿を貸し切っていた。
そして迎えた7月9日の夜二十一時の五分前。
この襲撃部隊の参加者は、
マリーダを筆頭にシュバルツ、バズレールの元帥二人。
エマーン、レジスの両将軍。
それに魔剣士カリルと暗殺者イザック。
暗殺者部隊の男女四名を加えた総勢十一人。
この十一人によって、
王党派の襲撃が行われようとしていた。
各自、それぞれ「耳錠の魔道具」を装着。
また撤退用に一人一人が転移石を所持している。
そうした中、マリーダが周囲の者達に凜とした声で指示を出す。
「今頃、宿の中は、潜入工作員のマントが
酒に盛った睡眠薬で、
王党派の連中を昏睡させているでしょう。
とはいえ油断してはいけませんわ。
まずはこの宿の周囲に封印結界を張ります。
そして封印結界を無事に張れたら、
中に突入して、王党派の連中を斬り捨てましょう。
それが終わったら、私が封印結界を解除するので、
皆さんはそれぞれ自分の転移石を使用して、撤退してください」
マリーダの言葉に周囲の者達が首を縦に振る。
するとそれが作戦開始の合図となった。
「我は汝、汝は我。 嗚呼、母なる大地ハイルローガンよ!
我が願いを叶えたまえっ! 『封印結界』ッ!!」
マリーダがそう呪文を唱えると、
高級宿の周囲がドーム状の透明な結界で覆われた。
闇色の夜空に染まり、
透明な結界が漆黒に染め上げられた。
「良し、これで準備は万端よ!
これより王党派のメンバーを襲撃するわ。
まずは第一目標は、帝国の元宰相ファレイラス。
この男の首を斬った者には、
皇帝陛下から恩賞が出るわ。
さあ、それでは行くわよ!」
そしてマリーダ達は、
腰の剣帯から片手剣や長剣。
あるいは斧槍や戦斧、戦鎚を
利き手に持って、
身に纏った黒いフーデットローブのフード部分を目深に被った。
次回の更新は2024年5月25日(土曜)の予定です。
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