第二百二十七話 奸智術数(前編)
---三人称視点---
その後、マリーダはカリルとイザック。
それに加えて総参謀長ザイドの協力を得て、
帝国内の諜報部「狼の牙」。
それと暗殺部隊と連動して動き、
水面下で動く王党派の動きを追った。
現在の王党派は、
ナバールが帝位に返り咲いて以降、
王族や大貴族の大半は、国外に亡命していたが、
帝国内に潜伏する王党派も一定数存在した。
それらの多くの者が大貴族や貴族の倅であった。
彼等は若くて鋭気もあり、
そして何より理想を抱いていた。
自分達の手でガースノイド王国を取り戻す。
と、息巻いており、実際に水面下で暗躍していた。
だが王党派の軍事力では、
現状の帝国軍と真正面から戦えない。
だから彼等はテロ行為によって、
まずは皇太子ナバール二世の暗殺を目論んでいた。
その中心に居る人物がブリッケン伯爵。
そして彼を中心として、
シャルグレア子爵などの貴族の子息。
またガースノイドを拠点とするラザル商会。
その商会長のアルチュール・ラザルが
資金面や軍事物資の類いを王党派に提供していた。
この話を聞いた時に、
マリーダは今まで以上に強い警戒心を抱いた。
どうやら彼女が想像していた以上に、
帝国内に反ナバールの気運があるようだ。
だからこそこのテロを成功させてはならない。
マリーダは総参謀長ザイドに入手した状況を提供して、
彼の協力を取り付ける事に成功。
「どうやら私や君だけに留めておく話ではなくなってきたな。
これは頃合いを見て、皇帝陛下。
そして各将軍、各元帥に伝える必要があるな」
ザイドは渋い表情でそう言った。
「そうですわね。
但し総参謀長閣下。
フーベルグ警務大臣にだけは情報を伝えないでください」
「勿論だ、私も奴の事は信用していない」
マリーダの言葉にザイドが小さく頷く。
「奴と情報を共有したら、
ファレイラスにも情報が筒抜けになる。
せっかく獲物が射程圏内に入ったのだ。
私も君と同じでこれを機にファレイラスを
逆に暗殺すべきと思っているよ。
だから君がその件を皇帝陛下に上申すれば、
私も賛同する事をこの場で誓うよ」
「それはとても心強いですわ」
「だから今後も王党派の動きを追い、
奴等が皇太子殿下の暗殺計画を
実行する寸前で、襲撃をかけたいと思う」
「ええ、それがいいですわね」
「うむ、では私の方から早速この件を
皇帝陛下に伝えようと思う。
恐らく数日後に会議が開かれる事になるだろう」
「ええ、その辺は総参謀長閣下にお任せしますわ」
「嗚呼」
そしてザイドは帝城に戻るなり、
これらの一件を皇帝ナバールに伝えた。
「成る程、王太子の暗殺計画か。
これは看過出来ぬ状況だな。
良かろう、ザイド。 貴公の云うとおり
将軍、元帥、そしてマリーダを招集して
明後日の7月4日に二階の会議室で対策会議を行う事にしよう」
「御意」
二日後の7月4日。
ガルネス城の二階の会議室において、
皇帝ナバールと臣下が集まり、
帝国の今後の方針を決める会議が始まろうとしていた。
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ガルネス城の二階の会議室。
その会議室内の大理石の長テーブルの上座に皇帝が座り、
左側の席にシュバルツ、タファレル、ハーン。
そしてバズレールを加えた四元帥が椅子に座り、
右側の席に総参謀長ザイド、漆黒の戦女マリーダ。
更にエマーン将軍とレジス将軍が椅子に腰掛けていた。
これだけの面子が揃った会議は、久しぶりであった。
そういう経緯もあり、室内は独特の緊張感で満ちていた。
そんな中、総参謀長ザイドが口火を切った。
「今回この場に集まって頂いたのは、
帝国内に潜む不満分子や王党派に関しての事であります。
私とマリーダ殿が調べた結果――」
ザイドは話の内容を端的にまとめて周囲に伝えた。
すると皇帝を初めとした将帥の表情も緊張で強張った。
「成る程、王党派の跳ねっ返りがテロ行為を目論んでいるのか。
それもその標的が皇太子とは……」
と、皇帝ナバール。
「これは我々に対する挑戦と言っても過言はないでしょう」
シュバルツ元帥が憤慨してそう言うと、
タファレル、ハーン元帥も同調する。
「ええ、流石にこれは看過出来ませんよ」
「私も同意見です。 王党派の雑魚共め!
我等、帝国を侮っているな。
ならばこの手で返り討ちにすべきです」
「話はそれだけでは終わりません。
その王党派の中心メンバーと裏で繋がっている人物は、
あの元宰相のファレイラスなのですよ」
「……そうか」
ザイドの言葉に皇帝が低い声で応じる。
ファレイラスの名が出て、また場の空気が緊張感を増した。
そんな中、マリーダが高らかに声を発した。
「もう既に王党派とそのシンパの動きは押さえております。
私はあえて皇帝陛下にお願いします。
陛下のお考えは分かりますが、
これを機に王党派と元宰相ファレイラスを排除すべきです」
「……余も自分の考えを改めるべきと思っている。
ファレイラスは最早、我が帝国にとって不倶戴天の敵。
ならば後顧の憂いを断つべく、
彼奴を我々の手で始末する時が来たようだ。
「私も皇帝陛下の考えに賛成です。
あのファレイラスは、
自分が生き残る為なら何でもする男です。
だから今のうちに我々の手で始末すべきです」
「私もハーン元帥のお考えに賛成です」
「私もです!」
エマーン、レジスの両将軍も賛同する。
「うむ、卿等の気持ちはよく分かった。
ならばザイドとマリーダを中心として、
王党派とファレイラスの暗殺を実行したいと思う。
だがその前に他にも気になる事がある」
「陛下、何を気にされているのですか?」
と、タファレル元帥。
するとナバールは周囲を一望してから、
ゆっくりと言葉を噛みしめて、一言一句を発する|。
「余の気のせいではなく、
休戦後から帝国内への他国からの輸入に
様々な問題が生じてきている。
最初は偶然かと思っていたが、
ここ数週間の間にも、
他国の港からの物資の輸送が滞っている」
「それは私も気にしておりました。
恐らくこれは偶然ではないでしょう。
これを仕掛けているのは、連合軍の首脳部でしょう」
と、シュバルツ元帥。
「嗚呼、奴等は表向きは平和を唱えながらも、
水面下ではこのような卑劣な真似を平然とする。
だが我々が抗議したとしても、
平然とそしらぬ顔をするであろう」
「間違いありませんわ。
元アスカンテレス王国の国民の私が保障致します。
あのラミネス王太子なら、
このような真似を平気でするでしょう」
と、マリーダ。
「嗚呼、あのいけ好かない若造の考えそうな事だ。
どうやら相手も我々と友好関係を保つつもりはないようだ。
恐らくこのような搦め手を使い続けて、
我が帝国の国力を徐々に奪うつもりであろう」
そこで一旦言葉を区切るナバール。
そして彼は勇ましい言葉で新たな言葉を紡いだ。
「相手がその気ならば、
こちらもそれ相応の対抗策を講じるまでだ。
その結果、戦争が再開されても構わぬ!
だから余はここは退かず、あえて前に進もうと思う」
ナバールは、自身の方針を周囲にハッキリと伝えた。
そして周囲の列席者も皇帝と同じ考えであった。
こうして皇帝とその臣下達は、
強い意志によって団結された。
後で思い返せば、
ここが帝国と皇帝ナバールの運命の交差点だったかもしれない。
だが皇帝とその臣下達は、
未来の事よりまずは、
目の前の問題に全力で取り込もうとしていた。
次回の更新は2024年5月22日(水)の予定です。
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