第二百二十五話 密談
---三人称視点---
聖歴1757年6月16日。
連合軍と帝国軍の休戦協定が締結されて約二ヶ月が過ぎた。
皇帝ナバールは、連合軍から受け取った賠償金の六割りを
給料未払いであった兵士達にきちんと給料を支払った。
これによって、
帝国本土でのナバールの支持率が一時的に上昇した。
また残りの賠償金も国内の経済対策に充てて、
国内の景気もやや上昇気流に乗った。
平和かつ景気の上昇によって、
帝国民の心にも余裕が生まれ始めた。
それと同時に裏で暗躍する連中も増え始めた。
その大半が王党派のシンパである。
たった一年余りで再び亡命する事となった前国王レイル十六世。
彼の支持者、あるいは深い繋がりがある貴族連中が
夜二十二過ぎに貴族の邸宅に集まって、密談していた。
「全く少し賠償金を取って、
未払いの給料を払ったり、景気が少し上向いた程度で、
多くの市民があの成り上がりの皇帝を再び支持している。
市民の手の平返しには、正直ウンザリしますよ」
「ええ、ごく当たり前の事をしただけだのに、
あの野蛮人を再び祭り上げるんですからね。
しかしこの流れは我々にとって不利な状況では?」
そう云ったのは、壮年の男性貴族のシャルグレア子爵。
それに対して、王党派の中でも力を持つ男性貴族ブリッケン伯爵が――
「シャルグレア子爵の仰る通りです。
全くもって嘆かわしい状況ですよ」
「……休戦協定は何時まで続くんでしょうか?」
と、シャルグレア子爵。
「正直分からないな。 ナバール自身も戦争を敬遠しているようだ。
とはいえ所詮は軍事力で持っている独裁政権。
いずれはまた戦争を始めて、
このガルネスだけでなく、
エレムダール大陸全土に厄災をもたらすであろう」
男性独特の艶のある声でそう言うブリッケン伯爵。
すると周囲の王都派のシンパ達も「ううむ」と唸った。
「ならばやはり我々が一致団結して、
ヴィオラール王国に亡命中のレイル十六世陛下を
帰国させて、再び王座に就かせるべきですね」
そう熱弁するのは、中年男性の貴族ジラール男爵。
だが周囲の反応は、何処か白けた感じであった。
「だがレイル十六世は、王座に就いてと時も
まともに政策を行わず、
連日連夜、遊び呆けていたからな。
彼の頭の中は、あの革命時代の前で止まっている。
現状ではナバールの代わりになるのは無理であっろう」
と、ブリッケン伯爵。
「確かにそうですね。 ナバールは戦争狂であると同時に
政治力に長けた君主でもあります。
現状においては、レイル十六世陛下が
王座に返り咲くのは難しいと思われますね」
と、シャルグレア子爵。
「ぬうう……するとこのガースノイドは、
まだしばらくはナバールの天下が続く訳ですか……」
うな垂れながらそう漏らすジラール男爵。
重々しいジラール男爵の言葉にブリッケン伯爵は、
頷きで肯定を示し、言葉を紡いだ。
「だが今のナバールもかつてのような盤石な体制が
敷かれている訳じゃない。 今は休戦中だが、
いずれはまた連合国と戦う事になるであろう。
そして一度でも敗れたら、
奴を取り巻く環境も一変するであろう。
我々が動くとすればその時だ」
と、ブリッケン伯爵
「そうですね、ならば今は動く時ではないですね。
それはさておき、ブリッケン伯爵。
最近ファレイラス元宰相やフーベルグ警務大臣と
連絡は取れてるでしょうか?」
シャルグレア子爵の問いかけに、
ブリッケン伯爵が力なく首を左右に振った。
「いや最近はあのお二方と連絡は取れてない。
フーベルグ警務大臣は、この状況を静観しているようだ。
ファレイラス殿に関しては、
海外の潜伏先も分からない状態だ」
「フーベルグ殿は日和見主義ですからね。
レイル十六世陛下の統治下では、
我等、王族や貴族に対して良い顔をしてましたが、
ナバールが帝位に返り咲くなり、
のうのうと警務大臣の座に就きましたからね」
ジラール男爵がやや批判するような口調でそう言った。
それに関しては、ブリッケン伯爵達も同意見であったが、
彼等は色々な事態を想定して、
ジラール男爵の言葉をはっきりとは肯定しなかった。
「確かにフーベルグ警務大臣は日和見主義だ。
だが彼は優秀な政治家でもある。
我々が事を起こす際には、
彼の力も必要となるであろう。
だからそのように彼を批判する事は控えたまえ」
「は、はい」
ブリッケン伯爵の言葉にややたじろぐジラール男爵。
勿論、腹の中ではブリッケン伯爵達も
フーベルクやファレイラスを嫌っていた。
だが彼等は政争にも長けた貴族。
それ故に彼等は、簡単に結論を出すような発言をしない。
良くも悪くもその辺りは、大人の対応といえた。
「しかし帝国がデーモン族と手を結んだ件も
気になりますね。 ナバール相手でも大変なのに、
デーモン族が相手となると話が通じるか、どうか……」
と、シャルグレア子爵。
「確かにその件は色々と厄介だ。
しかしデーモン族も本気で連合軍に
戦争を挑んでいる訳ではなさそうだ。
大方、帝国と手を結んで漁夫の利でも狙っているのであろう」
神妙な顔でそう云うブリッケン伯爵。
「そうですな、あっ……話は変わりますが、
数週間前に我等、王党派の同士がこのような
話し合いをした帰り道に、何者かに襲われたようです」
「何? それは本当かね?」
ブリッケン伯爵の言葉に「ええ」と頷くジラール男爵。
するとジラール男爵は、得意げな表情で語り出した。
「ええ、なんでも相手は、
漆黒の仮面をつけた黒づくめの女騎士との話です。
なので皆様も帰り道は気をつけてましょう」
「……そうだな、もう遅いし、
今日の会合はこれぐらいにしていおこう。
皆の者も帰り道は気をつけるように!」
ブリッケン伯爵の言葉に周囲の王党派メンバーも「はい」と頷く。
そしてこの場に集結した王党派メンバーがブリッケン伯爵の邸を後にした。
「もう夜の午前0時過ぎか。
時間が経つのは早いものだ」
薄暗い裏道を歩きながら、
ジラール男爵は、ズボンのポケットに入れた金の懐中時計を
右手に持ちながら、そう呟いた。
「……」
ジラール男爵はその時、異変に気付いた。
物静かな裏通りは薄闇に包まれており、
周囲には明かりが全くない。
よく見ると周囲の魔石灯や吊るされたランプが、
ものの見事に破砕されていた。
すると建物と建物の細い間隙から、
三人の人影がゆっくりと歩み出てきた。
「な、何者だぁっ!?」
思わず叫ぶジラール男爵。
だが三人の人影は何も云わず、
右手に持った片手剣を構えながら、
ゆっくりとジラール男爵に近づいた。
そして漆黒の仮面をつけた黒づくめの女騎士。
「漆黒の戦女」マリーダが一言告げた。
「王党派のシンパ――ジラール男爵。
貴殿の命はこの私が貰い受けるっ!!」
次回の更新は2024年5月15日(水)の予定です。
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