第二百十九話 機略縦横(中編)
---三人称視点---
4月8日の夕方十八時過ぎ。
ラミネス王太子等、連合軍の和平の使者は、
宮殿の客室を与えられた。
部屋の割り振りは、全部で三部屋で、
一部屋めがラミネス王太子、シーク宰相、シャーバット公子。
二部屋めがニャールマン司令官、レーガー統領、ジュリアス将軍。
そして三部屋めがリーファ、グレイス、騎士団長レイラ。
といった具合の部屋割りとなった。
だが合計で九人という人数は、
皇帝ナバールや臣下達としては、予定外の人数であった。
帝国側の会議の参加者は、皇帝ナバール、総参謀長ザイド。
タファレル、ハーン、バズレールの三元帥に、
マリーダを加えた合計六人。
こういう大きな会議では、
会議の参加者の数は重要となる。
発言権もそうだが、味方側より敵側の人数が多いのは、
帝国側としては、看過できない問題であった。
とはいえ各国の代表にこの場で、
会議の参加を許可しない、と伝えるのは、
後々になって悔恨を残す可能性があった。
故に皇帝ナバールは、臣下達と話し合って、
ジュリアス将軍と騎士団長レイラの会議の参加を拒んだ。
これに対して、ジュリアス将軍は素直に従ったが、
騎士団長レイラは露骨に不快感を露わにした。
なので皇帝ナバールは、戦乙女リーファも
会議に不参加をさせて、レイラの顔を立てようとした。
だがそれに異を唱えたのがマリーダであった。
「確かに相手の顔ぶれを見れば、
戦乙女を不参加にすべきでしょう。
ですがここは私情も挟んだ上で申しますが、
「我が帝国の勝利」の印象を強める為に、
私と敵国の戦乙女を同席させて欲しいです。
無論、皇帝陛下がどうしえも「無理」と仰るなら、
私も陛下のご判断に従います」
マリーダの言葉にナバールは、しばし沈思黙考する。
そしてナバールは一つの結論を出した。
「マリーダ、貴公の云うことも一理ある。
良かろう、戦乙女の会議の参加を認めよう。
但し公の場で、興奮して舌戦を繰り広げる。
ような真似は控えてくれ」
「はい、肝に銘じておきます」
「うむ、では連合軍側にこの事を伝えよ」
そして帝国側の初老の執事が連合軍側に以上の内容を伝えた。
すると騎士団長レイラは、柳眉を逆立てて、
執事、ひいては皇帝ナバールに抗議したが――
「生憎、この宮殿の会議室はそれ程広くない。
帝国と連合軍を合せて、総勢十三人。
これくらいの数なら、一室になんとか収容出来そうだ」
と云って、レイラの抗議を撥ね除けた。
しかしそれでもレイラの怒りは収らず、
その後、二時間に渡って、抗議と待遇の改善を求めた。
だが帝国側は、最初の方針を変えず、
ジュリアス将軍と騎士団長レイラを除いた十三人で
「停戦協定会議」を行う、と高らかに宣言した。
結局、騎士団長レイラが折れる形となったが、
その後の彼女は、終始不機嫌な様子で、
同部屋のリーファやグレイスも気まずい感じとなった。
そして翌日の聖歴1757年4月9日の早朝七時。
ラミネス王太子一行は、一階の食堂で朝食を摂った。
食事に毒が盛られてないかと、
ラミネス王太子は、心配したが、
帝国側の女性給仕が目の前で毒見してくれた。
どうやら杞憂だったようだ。
気を取り直して、ラミネス王太子一行は食事を食べた。
味付けは少し濃かったが、充分美味といえた。
それから数時間の小休止を挟んで、
迎えた正午十三時過ぎ。
皇帝ナバールとその臣下達。
そしてラミネス王太子一行が二階の会議室に集結した。
この会議の結果如何で、
連合軍と帝国軍の運命が大きく変わる。
各自、その事を十分に踏まえて、会議に臨もうとしていた。
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会議室の中は、大きな四角いテーブルを囲んで、
円卓会議っぽく演出されていた。
壁を背にして皇帝ナバールが上座に座り、
その右隣に総参謀長ザイド。
左隣に漆黒の戦女マリーダが座る。
ナバールの左手側の席に、
タファレル元帥、ハーン元帥、バズレール元帥が座っていた。
なのでラミネス王太子は下座の席に着いた。
それから王太子の右隣にレーガー統領。
左隣にシャーバット公子が座り、
残りの四人は、下座から観て左側の席に、
リーファ、ニャールマン、グレイス王女、宰相シークという順に腰掛けた。
室内には独特の緊張感が充満していた。
何しろこれだけの顔ぶれが一つの場に集まっているのだ。
緊張するなという方が無理という話だ。
そんな中、皇帝ナバールが落ち着いた口調で沈黙を破った。
「では帝国軍と連合軍による会議を始めたいと思う
会議の議題は、我が帝国と連合軍の休戦協定を結ぶか、
どうかという話になるが、最初に申し上げておくが、
我々が納得出来ない条約内容であれば、
今回の休戦協定はなかったものにしたいと思う」
ナバールは、最初から自身の意思を正確に伝えた。
実際に現状においては、
帝国軍の方が有利な状態にある。
だからナバールしても、
自身や帝国に益がなければ、
この休戦協定を破棄して、戦争を継続する。
という判断は皇帝としても、
国の為政者としても正しいと云えた。
ラミネス王太子は、その事を理解した上で、
相手の様子を窺うべく、一言発した。
「帝国側としては、妥当な判断と云えるでしょう。
だが我々も伊達や酔狂でこの場に来た訳ではない。
なのでこの場を通して、
お互いに利益のある話し合いをしたいと思う」
「うむ、それで連合軍は具体的にどのような利益を
我が帝国に提供して頂けるのかね?」
そう言って双眸を細める皇帝ナバール。
対するラミネス王太子は、
毅然とした態度で皇帝の問いに答えた。
「休戦協定が締結されたら、
我々、連合軍が帝国本土に敷いた包囲網を
無条件で解こうと思います」
「うむ、だがそれはこちらとしては、
最低限の条件だ。 貴公――王太子殿は、
それ以外にどのような条件を提供してくれるのだ?」
「……」
ここが正念場だ。
この場に居る誰もがそう思った。
ラミネス王太子は、周囲の味方を一瞥する。
すると彼等は無言でラミネス王太子を見据えていた。
自分を信頼してくれている。
というよりかは自分で責任を負いたくないのであろう。
その空気を察した王太子は、
ある種の覚悟を決めて、
帝国に対する条件を述べた。
「ここ数年における戦いで連合軍と帝国軍も
疲弊した状態にあります。
これ以上の戦争行為は両国にとって、
さして益を生まないでしょう。
なのでこの辺りで、今までの事を水に流して、
我々は帝国に譲歩した形で停戦協定の締結を望みます」
「余もそれは理解している。
だからこそ、貴公等に歩み寄る姿勢と誠意を
見せて欲しいのだ、聡い王太子殿ならこの意味は分かるであろう?」
「ええ、我々の望みはあくまで平和です。
そして我等が帝国に対する停戦の条件として、
旧神聖サーラ帝国、旧ファーランド王国。
そして旧ペリゾンテ王国に関する帝国の統治を認めた上で、
我々と帝国軍の今後に関して議論したいと思います」
「成る程……」
王太子の言葉に、帝国の皇帝が微笑を浮かべる。
良し、食らいついた。
ここからが本番だ。
ラミネス王太子は、心の中でそう思いながら、
次に紡ぐ言葉を慎重に選別しながら、
あえて一呼吸を置いた。
さて、ここは一度様子を見るか。
若き王太子はそう思いながら、
帝国の皇帝に対して、こう問いかけた。
「現時点で我々が提供する条件は以上です。
これに対する皇帝陛下の御意見をお聞かせ願います」
すると皇帝ナバールは、無表情になった。
そして彼が次に発した言葉は――
次回の更新は2024年5月1日(水)の予定です。
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