第二百十六話 大会議(前編)
---三人称視点---
翌日の4月3日。
新たにヴィオラール王国の若き宰相シーク。
アームカレド教国のアルピエール枢機卿が王都に入城した。
今回の大会議の参加者は――
ホスト国であるニャルザ王国からは、
国王ニャーザレ一世と宰相ニャーフル。
そして軍司令官ニャールマンが参加する。
アスカンテレス王国のラミネス王太子。
パルナ公国の第一公子シャーバット。
ジェルミア共和国のジュリアス将軍と第一統領レーガー。
ヴィオラール王国の若き宰相シーク。
アームカレド教国のアルピエール枢機卿。
サーラ教会騎士団の騎士団長レイラ・ラインベルグ。
そしてエストラーダ王国の国王グレアム三世と第二王女グレイス。
そこに戦乙女のリーファを加えた総勢十三人である。
正午十五時過ぎ。
会議の参加者は、猫族の執事に案内されて、
王城の二階の会議室に到着。
部屋の中央に配置された長テーブルの前の木製の椅子があり、
壁を背にして猫族の国王が上座に座り、
その右隣に宰相ニャーフル、左隣にニャールマン司令官が座る。
長テーブルの右側に、
ジェルミア共和国のジュリアス将軍と第一統領クーガー、
シャーバット公子、グレアム三世とグレイス王女が座っていた。
ラミネス王太子、戦乙女リーファ、
アルピエール枢機卿、騎士団長レイラが左側の椅子に座る。
この総勢十三名で大会議が行われようとしていた。
自然とこの場に独特の緊張感が走り、
最初は重い沈黙があったが、
トンキニーズのニャーザレ一世が場の空気をほぐすように、
ゆったりとした口調で語り出した。
「皆様、この度は遠路はるばるご苦労様でした。
本来ならばゆっくりとお茶でも飲んで、
話し合いたいですけど、
事態が事態なので皆様、真剣に会議に臨んでくだされ!」
この発言によって良い感じで緊張がほぐれたが、
多くの者は、表情を引き締めて、
周囲の言葉に耳を傾けていた。
「では、早速だが大会議を始めたいと思う」
そう切り出したのは、猫族の大臣ニャーフル。
「会議の議題は、云うまでもない。
ガースノイド帝国に関しての事だ。
既に諸君もご存知であろうが、
ペリゾンテ王国が帝国の手に落ちた。
更には帝国軍にデーモン族が手を貸している状態だ。
この状況で我々、連合軍がどう動くか。
それを皆で話し合いたいと思う」
端的に用件を伝える大臣ニャーフル。
これに対して周囲の者は、沈黙を決め込んでいたが、
その中でラミネス王太子が悠然と右手を上げた。
「少し発言して宜しいですか?」
「ええ、構いませんよ」
王太子と大臣がそう言葉を交わす。
発言の許可を得たラミネス王太子が威勢良く口を開く。
「連合軍の総指揮官として、
意見を述べさせて頂きますが、
現状において、これ以上帝国と戦うのは厳しいです。
我々は帝国本土を包囲してますが、
現場の指揮官や兵士達は、疲労の極致にあり、
また兵糧もそろそろ尽きようとしてます」
「確かに、だが自分が厳しい時は相手も厳しい。
帝国も本国から離れて、
ファーランド、ペリゾンテを占領している状態。
ここで帝国の補給線を上手く絶てば、
帝国軍を瓦解させる事も可能では?」
そう一石投じたのは、アルピエール枢機卿。
彼の言う事も一理あるが、
現実的には物事はそう簡単に運ばない。
という事をラミネス王太子が説明する。
「アルピエール枢機卿の言う事も一理あります。
ですが現実的には、
我々も戦線を拡大しすぎて、
全軍の指揮が執れてない状態です。
この状態で今の帝国相手に長期戦を挑むのは危険です」
「ウム、現場を指揮する身としては、
ラミネス王太子の意見に賛成だワン。
ペリゾンテ王国が陥落した現在では、
東部のバールナレス共和国、それとデーモン族の大軍が
本国から派遣される可能性も高い。
この状況で戦線を拡大するのは、危険だワン」
シャーバット公子がそう相槌を打つ。
「それは私も同感です。
とはいえ帝国も厳しい状況なのは同じでしょう。
ナバールとしては、皇太子も取り戻して、
一息つきたいところでしょう。
なので私は帝国軍と停戦協定を結ぶべきと思います」
ジェルミナ共和国の第一統領である黒のライオンラビット――レーガーも賛成の意を示す。
「うむ、ボク……余もレーガー殿と同じ意見ニャン。
無論、いずれは我々の手で帝国を叩き潰したいが、
現状ではそれも難しい。
だからとりあえず停戦協定を結んで、
各国の軍隊を休ませて、
停滞した経済の回復を狙うべきニャン。
停戦の条件として、我が連合軍が帝国本土の包囲網を解く。
と云えば、向こうもそれに応じる可能性は高いニャン」
ニャーザレ一世も停戦交渉に肯定的な考えを示す。
「皆様方の御意見もよく分かります。
ですが現状においては、
我が軍がまだ有利な状況なのは事実。
ここでこちらから停戦協定を結びに行くのは、
いささか消極的と思いますが……」
エルフ族の国王グレアム三世が異論を唱える。
彼はラミネス王太子に対して、
特に負の感情は抱いてなかったが、
一般論として、以上のような意見を述べた。
ラミネス王太子もそれを感じ取ったので、
真っ向からグレアム三世やグレイス王女と舌戦する事はなく、
丁寧かつ明確な言葉で彼等を諭すように心がけた。
するとエルフ族の国王と王女の態度も軟化したが、
この機に便乗して、アルピエール枢機卿が
戦争の継続を周囲に訴えかけた。
これはこの枢機卿の考えよりというよりかは、
彼が属するアームカレド教国の方針なのであろう。
彼等は安全地帯から、言葉のみによって、
周辺国を操ろうという野心があった。
しかし周辺国も馬鹿ではない。
元々、近年ではサーラ教の布教力は下がっており、
アームカレド教国の近隣国であるアスカンテレス王国においても、
人々は神に対する信仰心を失いつつある。
そしてラミネス王太子個人としては、
その流れを変えるつもりもなかった。
元々、彼は生粋の合理主義者。
一度低下した布教力を無理に上げようとしても、
国民の反発を買うだけで、終わる可能性も高い。
だからラミネス王太子は、
最低限の祭祀や冠婚葬祭以外では、
あまり宗教的儀式を行う事を控えていた。
――このような状況で、
――個人の利益を追求するとはな。
――大人しく本国で信者相手に、
――説教でもしておけばいいのに……。
だが近年のアームカレド教国の周辺国における影響力は低下している。
だから私もこの枢機卿とその背後に居る教会の高僧に媚びる気はない。
ラミネス王太子は、心にそう強く刻み込んだ。
そして数十分における王太子とアルピエール枢機卿による舌戦が
繰り広げられた、殆どの者は呆れ果て、
さっさと結論を出して欲しい、という心境の中、
「大会議」の一回目の会議は、
結論が出ないまま閉会となった。
次回の更新は2024年4月24日(水)の予定です。
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