第二百十四話 歴史の転換点(後編)
---三人称視点---
聖歴1757年3月29日。
帝国軍の侵攻により、ペリゾンテ王国が陥落。
この重大事件は、エレムダール大陸全土を震撼させた。
一度は流刑となったナバール・ボルティネスは、
再び皇帝となって、
神聖サーラ帝国、ペリゾンテ王国を次々と陥落。
この事実に連合軍だけでなく、
エレムダール大陸の各国民も不安を募らせた。
このまま帝国軍の進軍が続くのでは?
と、各国の首脳部や王族、貴族が右往左往する中、
連合軍の総司令官ラミネス王太子は、
連合軍の首脳部に呼びかけて、
五日後の4月3日に猫族領の王都ニャナルドライドで、
今後の方針を決める会議を行いたい、と提案した。
これに対する連合軍の首脳部の反応は様々であった。
犬族、猫族、兎人の三獣人は――
「その意見に賛成だ、今すぐ会議を行うべきであろう」
と言った返事をしたが、
エルフ族のエストラーダ王国は静観を決め込み、
サーラ教の総本山であるアームカレド教国は、
「ここでナバールに屈する訳にはいかぬ!
例えエレムダール大陸が焦土と化しても、
帝国独裁主義と真っ向から戦うべきだ!」
と、サーラ教皇を筆頭に、
枢機卿や大司教の老人達が強い反発心を見せた。
だがそれは彼等が安全圏に居るが故に、
この戦いの惨状を見えてない証明であった。
既に多くの国は、
度重なる出兵で国も民も疲弊した状態。
この状態で帝国本土に包囲網を敷きつつ、
ナバール率いる帝国軍の本隊を叩き潰す。
なんて真似をやれというのは、無責任な上層部のみ。
以上の理由から、二日後の3月31日には、
三獣人だけでなく、エストラーダ王国、
ヴィオラール王国も緊急会議を行う事に賛成の意を示した。
鉄は熱いうちに打て!
と言わんばかりに、ラミネス王太子は、
猫族の了承を得て、
獣人三種族、エルフ族、ヴィオラール王国の首脳部と、
猫族領の王都ニャナルドライドで、
救急会議を行う舞台を整えた。
「この際、サーラ教会や反対国の意見は無視して良い。
まずはこちらの方針を固めて、
その後に帝国と停戦協定を結ばねばならんっ!」
ラミネス王太子は、自身の判断を優先させて、
母国アスカンテレス王国の国王にも、
「帝国と停戦協定を締結する」意思を書状で伝えた。
それに対して、
アスカンテレス王国の国王ネビル二世は――
「この件に関しては、貴公の判断に全て任せる!」
との意思を示した。
これによって反対の姿勢を見せていたサーラ教会や
アームカレド教国、その他の周辺国も態度を軟化させた。
この動きを見て、
ラミネス王太子は、副官ブラッカーとリーファ。
そして三千人の兵士を連れて、
馬車に乗って、ニャルザ王国の王都ニャナルドライドへ向かった。
ちなみにリーファを除いた盟友一行も
違う馬車で王太子とリーファの後を追った。
リーファは王太子と副官ブラッカーと一緒に
豪奢な馬車に乗って、窓の外の景色を眺めていた。
「急な話で、無理に同行させて申し訳なかったね」
と、優しい声音で云うラミネス王太子。
対するリーファも微笑みながら、返事する。
「いえいえ、今は緊急事態ですから……。
王太子殿下の早いご決断に感服しております」
「ふっ、流石は元侯爵令嬢。 世辞が上手いな」
「お世辞じゃありませんわ」
「うむ、そういう事にしておこう。
それで話は変わるが、「漆黒の戦女」は、
君の手に余るほどの強敵なのかね?」
軽く探りを入れるラミネス王太子。
対するリーファは、やや表情を引き締める。
ここはどう返すべきか?
とりあえずジャブを入れる感じで、
王太子殿下の動きに探りを入れよう。
と、リーファは言葉を選びながら発言する。
「……ええ、強敵です。 勝利に対する執念が凄まじいです。
ですがまるで歯が立たない相手というわけでもありません。
雪辱の機会があれば、この手で必ず倒してみます」
「そうか、ならば次回は必ず勝って欲しい。
君は今や連合軍の象徴というべき存在だが、
二度も同じ相手に負けると、
周囲の目や意見も自然と厳しいものになるであろう」
「ええ、分かってますわ」
「うむ、君には期待しているよ」
「……ご期待に沿えるように頑張ります」
「「……」」
その後、しばらく馬車の中が静かになった。
ラミネス王太子とリーファも何やら物思いにふけていた。
約十分間の間、誰も言葉を発しない状態が続いたが、
沈黙に耐えかねた副官ブラッカーが口を開いた。
「それはそうと、会議の方が心配ですね。
獣人三種族は、我々に賛成の意を示してますが、
エルフ族、それにサーラ教会がどう動くか、
現時点では不透明ですね」
「そうだな、だがいずれは賛成の意を示すだろう。
正直この状態で帝国と戦い続けるのはリスクが大きい。
無論、仮に停戦協定を締結出来たところで、
そう長くは平和は続かないであろう。
場合によっては、二、三ヶ月で、協定が破棄されるかもしれん」
「……それは有り得る話ですね」
副官ブラッカーが小さく相槌を打つ。
「だが二、三ヶ月でも時間が出来るのは助かる。
次の戦いでは、戦場でナバールを討たねばならん。
奴の手に皇太子が戻った今、
帝国を長らく栄えさせるわけにはいかない。
我々にはもう余り時間が残されてないのだ……」
「確かに奴がまた新たな皇后を迎える可能性も
ありますからね、そして世継ぎが新たに産まれれば、
帝国の地盤は固まる、それは何とか避けたいですね」
と、ブラッカー。
「うむ、だから停戦協定が長く続き過ぎるのも困る。
そうなれば連合軍の加盟諸国の中にも帝国にすり寄る
連中も出てくるであろう。
だから停戦期間が短すぎても困るが、
長すぎても困る、まあ色々と悩ましい問題だよ」
リーファは王太子の考えを聞いて、
改めてラミネス王太子という人物を再評価した。
やはりこの人は頼りになる指揮官だ。
だからこそ彼の信頼には応えなくてはならない。
同じ相手に二度負ける訳にはいかないわ。
リーファは、そう心に強く刻み込んだ。
「いずれにせよ、我々には余裕がない。
だから的確に状況を把握して、
その場その場で正しい決断をする必要がある」
「そうですね」
リーファは、ラミネス王太子の言葉に大きく頷いた。
「とりあえず王都ニャナルドライドに着くまで、
まだ時間があるから、今のうちに仮眠を取っておこう」
「「はい」」
そしてリーファは目を瞑り、しばしの休息を取った。
次回の更新は2024年4月20日(土)の予定です。
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