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第二百十三話 歴史の転換点(前編)


---三人称視点---



 皇帝と皇太子の再会。

 それはある意味、歴史的な出来事であったが、

 皇帝以外の者は、戸惑った様子を見せていた。


 そして皇帝ナバールは、

 元国王ミューラー三世は、地下の牢獄に投獄。

 元皇后マリベルは、ホーランド宮殿の三階の客室に

 厳重な警備と監視を置いて、軟禁状態にした。


 だが口には出さなかったが、

 幼い皇太子は久しぶりに会った母親に

 甘えたいと思ったが、それも無理な話であった。


 翌日の聖歴せいれき1757年3月28日。

 こうして王都ウィーラーのホーランド宮殿は、

 皇帝ナバールとその軍隊によって、占拠された。


 この事実は瞬く間に周辺国に伝わった。

 長い目でみれば、ここが歴史の転換点だったと云えよう。

 しかし帝国本土は、連合軍に包囲された状態。


 故にナバールも今後どう動くか、慎重に考えていた。

 そして午後の十五時にマリーダが皇帝に謁見を求めてきた。

 彼女がこのように皇帝に願い出る事は珍しかった。


 だからナバールは、

 ホーランド宮殿の謁見の間に彼女を呼んだ。

 謁見の間の玉座にナバールが座り、

 その近くに総参謀長ザイドが立ち、

 六名の警備兵が等間隔で並んでいた。


 ナバールは気にしてなかったが、

 その気になれば、マリーダ一人でこの部屋の住人を

 殺す事が可能だった。


 だから総参謀長ザイドは、

 皇帝が一人でマリーダに会う事に反対した。

 故にこのように何人かの付き添い及び護衛役が居た。


 しかしマリーダは、そんな事を気にする素振りも見せず、

 いつものように漆黒の鎧姿に白い外套マントという格好で、

 綺麗な姿勢で皇帝の許に歩み寄った。


 そして玉座の少し手前で、

 マリーダは片膝を折りながら、

 身をかがめて、綺麗なお辞儀をした。


「それでマリーダ、今回の謁見の理由は何だ?」


 低い声でそう問う皇帝。

 するとマリーダが凜とした声で応じる。


「今回の勝利で我が軍は、

 ペリゾンテ王国の領土を手に入れましたが、

 陛下は今後、連合軍相手にどう動くのでしょうか?」


「……まだ決めかねているが、

 冷静に見れば、皇太子も帰還した事だし、

 ここでいたずらに戦火を拡大する事もなかろう。

 なので停戦を餌に、帝国本土に敷かれた連合軍の包囲網を

 解くように交渉するつもりだ」


「……それに関しては、政治的判断なので、

 私は口を挟むつもりはないですが、

 一言だけ陛下に進言したい事があります」


「……何だ? 申してみよ」


「……連合軍との交渉の場に、

 警務大臣殿を同席させるのはお止めください」


 マリーダがそう言うと、

 ナバールはしばらく黙っていたが、

 「ふっ」と小さく笑って、言葉を紡いだ。


「貴公はよほど、フーベルク警務大臣が嫌いなようだな。

 だが安心しろ、余も奴を停戦協定の場に同席させる気はない。

 そもそも奴は警務大臣、他国相手の交渉の場に

 わざわざ奴を呼ぶ必要もない」


「それならば安心しました。

 しかし差し出口を承知の上で言いますが、

 私が個人的に調べたところ、

 警務大臣殿は、元宰相ファレイラスと内通してます」


 するとザイド及び周囲の兵士達の表情が少し強張る。

 だが玉座に座る皇帝は、また小さく「ふっ」と笑った。


「そんな事は余も百も承知だ」


「……ご存じだったのですか?」


 と、マリーダ。


「嗚呼、余とて馬鹿ではない。

 警務大臣――フーベルクなど信用してない。

 だから奴にもファレイラスの動向も常に監視している」


「……どうやら私の要らぬ取り越し苦労だったようですね」


「いやそうでもない、貴公の云わんとする事は分かる。

 だが余はフーベルクやファレラスを謀殺する気はない。

 余は国民に選ばれた皇帝だ。

 故に策略や謀略を持って、

 余の臣下、配下を害するつもりはない。

 とはいえ奴等は油断ならぬ曲者だから、

 常に監視しておく必要があるがな」


「……それが分かれば、

 私としても陛下にこれ以上何も申しません」


「いや貴公の意見は貴重だ。

 また何か気になった事があれば、

 遠慮無く申してくれ」


「御意!」


「マリーダ、余は貴公を信頼している。

 だから貴公も余を信頼して欲しい」


「ありがたいお言葉を頂きまして、

 大変光栄に存じます」


 そう言って、マリーダは再び綺麗なお辞儀をする。

 それを見ながら皇帝は満足そうに頷いた。


「貴公は帝国を勝利に導く女神の化身だ。

 これからも余と帝国の為に、力を貸して欲しい」


「……勿論です」


「うむ、ではもう下がって良いぞ」


「はい、失礼致します」


 そう言って、マリーダは踵を返した。

 そして皇帝ナバールは、

 その背中を目で追いながら、独り呟く。


「良くも悪くも歴史の転換点を迎えたようだな」



---------


 少し時が遡って、

 聖歴せいれき1757年3月24日の正午一時過ぎ。

 リーファ達の乗せた馬車が帝国領東部のカルフェル荒野に到着。


 この東部エリアには、

 アスカンテレス王国軍が約三万人駐留していた。

 リーファ達は、騎士フローラとバジーリオに連れられて、

 ラミネス王太子が陣取る天幕まで案内された。


 天幕の出入り口には、

 男性ヒューマンの屈強な兵士が二人立っていた。

 するとフローラが懐から、

 自分の冒険者の証を取り出して、兵士に手渡した。


「フローラ・ファディーニ、

 バジーリオ・カランドラの両名が戦乙女ヴァルキュリア殿とその盟友を

 お連れした、と王太子殿下にお伝えください」


「……少々お待ちください」


 すると兵士の一人が天幕の中に入った。

 その間にバジーリオも自分の冒険者の証を兵士に提示する。

 それから一分後、

 天幕の中から先程の兵士が戻って来た。


「王太子殿下が中に入れ、との事です」


「了解です、じゃあリーファさんと盟友の皆さん。

 この天幕の中に入りましょう」


「ええ……」


 フローラに言われて、

 リーファ達も天幕の中へ入った。

 すると天幕の中央で、

 ラミネス王太子が床几しょうぎに腰掛けていた。

 その近くに王太子の副官レオ・ブラッカーが立っていた。


「おお、リーファ殿に盟友一行よ、ご無事であったか」


 若き王太子は、リーファ達を見るなり笑顔を浮かべた。

 するとリーファ達も少しだけ緊張を解いた。


「今回の戦いでは、貴公等に負担をかけたが、

 リーファ嬢や盟友一行の身体の傷は、もう大丈夫なのかね?」


「ええ、お陰様で体調の方も良くなりました」


 と、リーファ。


「そうか、まあ周囲の者は、「戦乙女ヴァルキュリアが負けた」と、

 騒いでるが、どんな勇者ゆうしゃも生涯無敗ではいられない。

 だから貴公もこの度の敗北を気にする必要はない」


「……お心遣いに感謝致します」


「しかし「漆黒ブラックの戦女(・ヴァルキリー)」は、

 思いのほか、強敵のようだな。

 今回は負けたが、次回は貴公の為にも、

 津辱してもらいたいものだ」


「はい、次は必ず勝って見せます」


 リーファは凜とした声でそう答えた。

 すると眼前の若き王太子も満足げに「うむ」と頷く。


「ペリゾンテ王国が陥落した今、

 我が連合軍も慎重に動かざるを得ない。

 帝国次第だが、奴等がこちらの休戦協定に応じるなら、

 我々も帝国本土に敷いた包囲網を解いても良い。

 正直、これ以上、包囲戦を続けるのは厳しいからな」


「私はあくまで一兵士に過ぎません。

 ですのでラミネス王太子のご指示に従うまでです」


 と、リーファ。


「うむ、そう言ってくれると助かる。

 では長旅の疲労もあるであろう。

 とりあえずはこの野営地で、ゆっくりするが良い」


「はいっ!」


「ではもう行くが良い」


「はっ!」


 王太子がそう言うと、リーファ達はこの場から去った。

 その後ろ姿を目で追いながら、

 ラミネス王太子は、真剣な表情で一言漏らした。


「ここで戦乙女ヴァルキュリアという切り札を切り捨てるのは、

 勿体ない。 相手に「漆黒ブラックの戦女(・ヴァルキリー)」が居る限り、

 こちらとしても、戦乙女ヴァルキュリアには、

 まだまだ活躍してもらわんとな」


「ええ、彼女はまだまだ利用価値があります」


 と、副官のレオ・ブラッカー。


「嗚呼、だがまずは帝国とどう停戦協定を結ぶかだ。

 とりあえず連合軍の加盟諸国の首脳部を説得しないとな。

 これは少し骨が折れる作業になりそうだ」


 こうしてラミネス王太子は、

 帝国との停戦協定の締結を試みるが、

 その前に各種族、各国の代表を交えて、

 停戦会議を行う必要があった。


 今まさに歴史的な転換点を迎えようとしていていた。


次回の更新は2024年4月17日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 色々なところで様々な策謀がねられていますね。 とりあえず目指すべきところは停戦でしょうか。 「 だが口には出さなかったが、  幼い皇太子は久しぶりに会った母親に  甘…
[良い点] 漆黒のヴァルキリーであるマリーダ。彼女を倒さなければ帝国は倒せない…… 果たしてこの物語はどうなるのか楽しみにしています!
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