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第二百十二話 名誉ある降伏


---三人称視点---



 聖歴せいれき1757年3月24日。

 ペリゾンテ王国軍は、ガースノイド帝国軍に正式に降伏した。

 それによって砦内に残された約5万8000人の部隊は、

 国王の命令に従い、武装解除した。


 そして皇帝ナバールは、

 総参謀長のザイドとタファレル、ハーン、バズレールの三元帥を引き連れて、

 砦内の司令部へ足を運んだ。


 その司令部でグスタフソン将軍、

 サンタナ将軍の両名が国王ミューラー三世の両隣に立っていた。

 

 グスタフソン将軍とサンタナ将軍も降伏には従うつもりだが、

 万が一の事を考えて、国王の傍に立つ事にした。

 だが皇帝ナバールは、

 それらの行動を咎める事なく、

 悠然とした歩調で国王ミューラー三世に近づいた。


「……」


「……」


 かつては義理の親子関係。

 だが今は勝者と敗者。

 たった一年余りで両者の立場は大きく変わった。


 しかし国王ミューラー三世は、

 毅然とした態度と口調で眼前の皇帝に問いかけた。


「……今更、偉そうに言えた立場ではないが、

 どうか兵士達、そしてペリゾンテ王国民には、

 何卒なにとぞ、寛大な処置を……」


「国王陛下、いえあえて云いましょう。

 義父上ちちうえ、そんなにへりくだる必要はないですよ」


 皇帝ナバールがさらりとそう云う。

 しかし国王ミューラー三世は態度を変えない。


「……今の余は――私は敗軍の将に過ぎぬ。

 そして貴公と私の親子関係は、一年以上前に解消された。

 故に今は勝利者として、この話し合いに応じて欲しい」


「成る程、王としての自尊心プライドを捨てて、

 国民と兵士を護る為に、余に頭を下げる訳か」


「余はどうなろうとも構わん。

 だが国民と兵士達には、厚く遇して欲しい」


「……その為にはこちらとしても条件がある。

 まずは皇太子である余の息子を返して欲しい」


「嗚呼、勿論そのつもりだ。

 皇太子は王都ウィーラーのホーランド宮殿で保護している」


「まずは皇太子が無事に帝国に戻る事。

 これが果たされたら、

 我が帝国は貴国の国民と兵士を丁重に扱う事を約束しよう」


「……寛大な処置に感謝する」


「第二の条件は……元皇后のマリベルを

 余の元に引き渡す事だ。

 この第一、第二条件を先に果たす事。

 まず敗戦国である貴国が先に約束を果たせ!」


「……その第二の条件も呑もう」


 するとナバールが驚いたような表情をする。


「……良いのですか?

 愛娘まなむすめを生け贄にするおつもりですか?」


「それで国民と兵士を救えるなら構わんよ。

 娘には亡命しないで、宮殿に残るように伝えている」


「そうですか、まあ口では何とでも言える。

 まずは皇太子、そして元皇后が余の手に戻ってから、

 国王陛下、そしてペリゾンテ王国の国民と兵士を

 どう扱うか、決めたいと思う……」


「ええ、まずはこちらが誠意をお見せしよう」


 国王ミューラー三世がそう言って頭を大きく下げた。

 すると皇帝ナバールは微笑を浮かべて――


「国王陛下、余は貴方を見直しましたよ。

 今までの多くの敗戦国の為政者は、

 自分の保身を優先してきた。

 だが貴公は自身の保身より、

 民や兵を救う事を選んだ。

 これは簡単なようで、そう出来る事ではない」


「余にも国王としての矜持がある。

 例えこの後で処刑されようとも、

 余は国王としての最後の役割を全うする」


「その言や良し!

 よって余も貴公を条約に基づいて、

 丁重に扱う事をここで約束する」


 そう言って、皇帝ナバールは右手を大きく上げた。

 するとタファレル、ハーン、

 バズレールの三元帥が素早く動いて、

 ミューラー三世とグスタフソン将軍とサンタナ将軍を

 拘束して、その両手に金属製の手錠を嵌めた。


 こうしてカルネイス砦は、

 帝国軍の占領下に置かれた。

 だが皇帝ナバールは、気を緩める事なく、

 砦内に五千人の駐留兵を置いて、

 残った全軍を王都ウィーラーへ向かわせた。


 こうしてペリゾンテ王国は歴史の転換点を迎えた。


---------


 三日後の聖歴せいれき1757年3月27日。

 ガースノイド帝国軍は、王都ウィーラーに入城。


 王族や大貴族、その家族や従者は、

 王都から逃げ出して国外に亡命していたが、

 元皇后マリベルは、父親の命令通り王都に留まった。


 但し彼女の侍従武官じじゅうぶかんであったライトベルグ・ベルクヴァインは、

 他の貴族に追従して、この王都を発った。

 彼も最初は――


「私はマリベル様と共にこの宮殿に残ります」


 と、言っていたが――


「私はともかく元皇后の愛人と知ったら、

 あの男は――皇帝ナバールは貴方を八つ裂きにするでしょう」


 と、マリベルが返すと、

 ベルクヴァインも陶酔状態から冷めて、

 適当な言葉を言って、マリベルの許から去った。


 だがマリベルは彼を責めるつもりはなかった。

 そして恐怖を必死に押し殺して、

 元夫である皇帝ナバールとホーランド宮殿で再会を果たした。


「……お久しぶりです、皇帝陛下」


「……皇太子は何処に居る?」


 そう返したナバールの声はとても冷たかった。

 その声音を聞いて、マリベルも表情を引きつらせた。

 だが彼女も元皇后。


 めいいっぱいの作り笑いを浮かべて、

 元夫の言葉に丁寧に答えた。


「皇太子は二階の私室に居ます」


「……誰か! 皇太子を迎えに行け!」


「はっ!」


 総参謀長ザイドが真っ先に返事した。

 そしてザイドは周囲の兵士に目配せする。

 それと同時に周囲の兵士が二階の皇太子の私室へ大急ぎで向かう。


「……」


「……」


 この二階の謁見の間が重い静寂に包まれた。

 皇帝ナバールは、眼前の元皇后にまるで興味を示さず、

 元皇后は重い表情で辛抱強く皇帝の言葉を待つ。

 だがナバールの頭の中は、皇太子しか考えてなかった。


 一年前に離縁した事によって、

 ナバールはマリベルに対して興味を失ったようだ。

 マリベルもナバールの拒絶の意思を明確に受け取った。

 それ故に彼女は言葉を発さず、沈黙に身を挺した。


 そして十五分後。

 兵士達に連れられて、皇太子ナバール二世が現れた。

 また五歳という年齢もあって、

 幼年の皇太子は事態を理解してなかった。


 だが愛息の姿を見るなり、

 ナバールは皇太子に歩み寄って、

 両手で彼の身体を抱え込んだ。


「おおっ……我が愛しの息子よ。

 私がお前の父親……ナバール一世だ」


 感極まった皇帝は、両眼から涙を流す。

 だが当の皇太子は戸惑った様子であったが、

 

「……父上、お久しぶりです」


 と、周囲に再開時にこの言葉を言え!

 と言われたままの言葉で返した。

 するとナバールは両眼を瞬かせた。


「……嗚呼、こうして再会出来た事を

 神に感謝するよ……嗚呼、神はやはり実在したのだ……」


 と、独り感情を爆発させる皇帝。

 それに対して周囲の者は、

 やや困惑した表情で、この場を見守っていた。


次回の更新は2024年4月14日(日)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 ミューラー三世、この物語だとかなり異質な存在ですね。 彼は処刑されないことを願います。この物語唯一の良心のある皇帝。 そして、我が子との再会に涙する皇帝。 肯定も1人…
[良い点] この作品は見事としか言いようが無いです。自身も負けずに精一杯頑張ります!
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