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第二百十一話 撤退


---主人公視点---


「……」


 突然の事態に私達はしばらく黙っていた。 

 するとエイシル達の視線が私に向けられた。

 恐らく私の判断と言葉を待っているのでしょう。


 とはいえ何て言えばいいのかしら?

 ストレートに「この場から撤退します」、

 と言うのは少し気が引けるわ。


 私が言葉に困っていると、

 眼前の壮年男性ヒューマンの軍医がやんわりと言葉を紡ぐ。


戦乙女ヴァルキュリア殿とその盟友一行は、

 ご自分で動けるようになったら、

 ラミネス王太子がご用意した軍用馬車で、

 ラミネス王太子が陣取る帝国の東部エリアまで、

 撤退させよ、とのご伝言を承っております」


「……そうでしたの」


「ええ、だから我々に気兼ねする事なく、

 この野戦病院から、お早めに移動してください」


 ……。

 どうやらラミネス王太子は、

 まだ私を見限ってはいないようね。


 彼は頭脳明晰だけど、クールでドライな性格。

 だからマリーダに負けて商品価値の暴落した私を見限る。

 見捨てると思っていたけど、

 彼もそこまで薄情じゃないようね。

 まあ彼の真意は彼にしか分からないけど……。


「総指揮官のラミネス王太子のお言葉には素直に従います。

 しかし余計な差し出口かもしれませんが、

 王国軍が劣勢な今、この野戦病院も危険な状態にあるのでは?」


「ええ、そうです。 ここには連合軍の兵士も居ますが、

 傷病兵の大半はペリゾンテ王国軍の兵士です。 

 ですが皇帝ナバールは、

 冷血に見えて、最低限の倫理観を持ち合わせた君主です。

 ただベッドに横たわる傷病兵を害する事はないでしょう。

 まあこれはあくまで私個人の見解ですが……」


 確かにその通りだわ。

 ナバールは世間では、怪物や食人鬼と呼ばれているけど、

 捕虜や傷病兵に対する扱いは、

 軍規や条約に則って的確に対応しているわ。


「……私もペリゾンテ王国の人間です。

 我が王国軍が負けるのは、時間の問題でしょう。

 でも私は戦いが終わるまで母国を離れるつもりはないです。

 そして私は軍医でもあります。

 身動き出来ない同胞の兵士を見捨てて、

 自分だけ安全圏に逃亡する、なんて真似はしたくないです」


「……そうですか」


 見た目は普通の中年男性だけど、

 中身は医師としての使命感に満ちた好人物ね。

 こういう貴重な人材を戦場で失う。

 なんて事は日常茶飯事でしょうが、

 この人には今後も軍医として働いて欲しい。

 というのは私の身勝手な思い込み……なのかな?


「兎に角、我々の事は気になさらず、

 あなた方は王太子殿下のご命令に従いください」


「分かったわ、最後に一つだけ聞いて良いかしら?」


「……何でしょうか?」


「先生のお名前を聞かせて欲しいです」


「私は……ゲオルク・バルリングという名です」


「……バルリング先生、貴方の事は忘れないわ」


「私もです、戦乙女ヴァルキュリア殿のご武運をお祈りいたします」


「さよう……ありがとう、バルリング先生」


 そして私達は野戦病院から外へ出た。

 すると私達が外に出るなり、

 二十代半ばくらいの騎士らしき、

 ヒューマンの男女二人組がこちらに寄って来た。


戦乙女ヴァルキュリア殿とその盟友の皆様ですね?」


 銀の鎧姿のヒューマンの女性がそう尋ねてきた。


「はい、そうですが……」


「私はアスカンテレス王国軍の騎士フローラです。

 こちらは同じく王国軍の騎士バジーリオです」


「王国軍の騎士バジーリオ・カランドラです」


「この度は我々二人が戦乙女ヴァルキュリア殿達の付き添い人に

 なる事になりました。 我々が責任を持って、

 ラミネス王太子殿下の許までお連れするので、

 どうかご安心ください」


 と、女性騎士フローラ。


「……宜しく」


「こちらこそ宜しくお願いします。

 それではこちらに軍用馬車を用意しましたので、

 お乗りください」


 女性騎士フローラがそう言うと、

 近くに無骨な感じの軍用馬車が二台あった。

 やや古びた感じだけど、贅沢を言える状況じゃないわ。


「分かりました、では乗りましょうか?」


「「はい」」「「うん」」


 とりあえず一台目の馬車には、

 私とフローラ、それとアストロスとエイシル。


 二台目の馬車には、

 ジェインとロミーナ、そして騎士バジーリオが座った。


「ここから帝国の東部領へは馬車移動で、

 約三日間はかかりますが、

 味方の勢力圏内なので敵襲の心配はありませんので、

 どうかご安心ください」


 そう言って愛想良く笑う女性騎士フローラ。

 まあそんなに悪い人じゃなさそうね。

 でも油断は出来ないわ。


 敗北を喫した私達を王太子殿下がどう扱うのか。

 それがまだ不透明だから、気は引き締めておこう。

 そう思いながら、私は馬車の窓から

 遠ざかっていく野戦病院にちらりと視線を向けた。


 バルリング先生。

 あの人は本当に軍医の鏡よ。

 願うことなら今後とも彼には無事で居て欲しい。


 私はしばらくそう思案していたが、

 移動する度に馬車の座席が思いのほか、

 揺れたので、やや不満を感じながらも

 両眼を瞑って、一休みする。


 ……。

 とうとうペリゾンテ王国も陥落か。

 次の戦いはどうなるのか?


 でも今は考えるのは止めましょう。

 兎に角、少しでも身体と心を休ませよう……。



---三人称視点---


 聖歴せいれき1757年3月19日。

 王都ウィーラー近辺にある防衛拠点カルネイス砦。

 度重なる敵軍の魔法攻撃と大砲による砲撃の衝撃と爆音が、

 この無骨な砦内に響き渡っていた


 国王ミューラー三世は、

 砦内の司令部の床几しょうぎに腰掛けており、

 落ち着かない素振りで足を揺すらせていた。


「国王陛下、お話があります」


 そう言って三人の将帥が司令部に入ってきた。

 ラル・ソルダッシュ元帥。

 レミュエル・グスタフソン将軍。

 パウロ・サンタナ将軍の三将帥は、

 興奮した様子で国王に問いかける。


「陛下、既に我が軍の兵力は劣勢になりつつあります。

 このままではこのカルネイス砦が陥落するのも

 時間の問題です。 なので何か打開策を提案していただけませんか?」


 ソルダッシュ元帥が意気揚々とそう言う。

 グスタフソン将軍とサンタナ将軍も小さく頷きながら、相槌を打つ。


 それに対して国王ミューラー三世は、

 冷めた口調で彼等の問いに応じた。


「今更、何を云うか。

 我が軍の敗北は時間の問題だ。

 今は時間稼ぎしているに過ぎん。

 だから後、一週間……いや三日間だけ耐えれば良い」


「なっ……陛下、正気ですかっ!?」


 両眼を見開いて、驚くグスタフソン将軍。


「貴公等も本心では分かっているのであろう?

 「もう王国軍と王国が敗れるのは確定事項」だという事実に。

 それを体裁を気にして、

 やる気のない戦いを長引かせるのは、時間と人材の浪費に過ぎん」


「で、では陛下は今後どうなさるつもりですか!?」


「そ、そうです。 我々の肩にペリゾンテ王国の未来が

 大きくのし掛かっているのですよ?」


 そうわめき立つソルダッシュ元帥とサンタナ将軍。

 それを諭すように眼前の国王が言葉を紡ぐ。


「ならば今この場でハッキリ云っておこう。

 余は頃合いを見計らって、帝国に降伏するつもりだ。

 とはいえ余の保身に民や兵を売るつもりはない。

 むしろ逆じゃ、今ここで耐えている間に、

 国内の王族、貴族が国外に亡命しているであろう。

 まあ全ての者が亡命する余裕はなかろう。

 でもそれでも今のうちならば、亡命も可能だ。

 貴公等も己の未来を大切にするならば、

 今すぐこの場から去って、

 今後の身の振り方を考えるが良い」


「へ、陛下……そのお考えは変わらないのでしょうか?」


 青ざめた表情でそう問うソルダッシュ元帥。

 それに対して、国王は大きく頷いて肯定する。


「余は娘……マリベルと共にナバールに降伏するつもりだ。

 余と娘の身を差し出し、皇太子ナバール二世を

 無事に帝国へ戻せば、ナバールもこのペリゾンテ王国を

 焼け野原にする事はないだろう」


「「「……」」」


「だから妙な自尊心は捨てて、

 貴公等も自らが望む行動を起こすが良い」


「……陛下、この砦が陥落すれば、

 帝国軍が王都ウィーラーに攻めるのは時間の問題。

 なので私は一部の兵を率いて、

 王都に戻り、王国民を護りたいと思います」


「うむ、好きにするが良い。

 でグスタフソン将軍、サンタナ将軍。

 貴公等はどうするつもりだ?」


「……私は最後まで陛下にお供します」


「わ、私もです」


 両将軍は動揺しながらも、

 軍人としての義務を果たそうとしていた。


「そうか、ならば好きにするが良い……」


「「はい」」


「……では私は失礼します」


 そう言って、ソルダッシュ元帥は踵を返した。

 尤もここに居る三人は、

 彼が国外に逃亡する事を理解していた。


 しかし三人ともそれを咎めるつもりはなかった。

 このまま国王として、

 王国軍の将軍として最後まで戦う。


 それが国王として、将軍としての役割ロール

 でもそれを他者に押しつけるつもりはない。

 こうしてソルダッシュ元帥は、

 一万の兵を引き連れて、王都ウィーラーへ向かった。


 このカルネイス砦に残された兵士は約六万人。

 最後まで勇敢に戦う兵士も居れば、

 現状に悲観して自暴自棄になる者。

 また敵前逃亡する者も一定数居た。


 そんな状況でも残された国王と将帥は、

 砦の付近に強力な対魔結界と障壁バリアを張って、

 帝国軍の猛攻を防ぎ続けたが、

 三日後の3月22日。


 まだ多少の余力を残していたが、

 これ以上の戦死者や負傷者を出す前に、

 国王ミューラー三世は、

 使者を帝国軍の許に向かわせて、降伏を申し出た。


 だが皇帝ナバールは、直ぐには返事せず、

 約一日だけ間を置いた。

 そして翌日の3月24日。


 帝国軍は、ペリゾンテ王国軍の降伏を正式に受け入れた。

 こうしてペリゾンテ王国における戦いは、

 予想に反して、呆気なく幕を閉じた。


次回の更新は2024年4月13日(土)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 ペリゾンテ王国の敗北。 物語がドンドン暗い方へ進んでいるような気がしますね。 帝国編の終わりは予想できますが、その道のりが全く予想できません。 戦争は小休止を挟むよう…
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