第二百九話 女神と再会(後編)
---主人公視点---
「……」
さて、まずは現状を知る必要があるわね。
ここは大人しく眼前の女神の言葉を聞きましょう。
すると女神サーラがゆっくりとした口調で語り始めた。
「まず漆黒の戦女がこの世に降臨した事によって、
アストラル界のバランスが微妙に崩れました。
漆黒の戦女の契約主である暗黒神アーディンは、
現世の人間の霊魂を強く欲します。
そして漆黒の戦女が現世で倒した者の霊魂は、
暗黒神アーディンに捧げられます」
「成る程、確かにマリーダは物凄い勢いで、
敵兵を抹殺し続けているわ。
その抹殺された者の霊魂が暗黒神に捧げられる。
それによって暗黒神は力を強めて、
逆に貴方……女神サーラの力が弱まる、といった感じかしら?」
「……端的に言えばそうです」
これが事実としたら厄介ね。
マリーダの戦闘力は、
今では私と互角、あるいはそれ以上。
だから彼女はこれからもドンドン人を殺すでしょう。
それ自体は戦場の出来事だから仕方ない面もあるわ。
でもそれによって、このアストラル界のパワーバランスが
崩れるのは色々とマズい気がするわ。
……一方の私はどうなんだろうか?
私はアストラル界にどのような影響を与えているのか?
「そこに気付くとは流石です。
でも貴方は彼女――マリーダとは対極的な立ち位置です」
「……対極的な立ち位置?」
私の問いに女神サーラが「ええ」と小さく頷いた。
「貴方は倒した対象者の霊魂を浄化させて、
このアストラル界に送っています。
そして私がその浄化された霊魂を
選別して、天界……または地獄に送る形です」
「へえ、本当に天界と地獄って存在するのね」
「ええ、貴方や一般の方々が想像するのとは、
少し違う世界ですが、形としてはそうなります」
「戦乙女の使命の一つが戦った相手の霊魂を浄化する。
という事なの? あ、でも思い出せば私は、
帝国の将帥の決闘後、相手に対して慈悲の心。
のようなものを持って、接していた気がするわ……」
「ええ、貴方の従来の性格なのか。
いずれにせよ、貴方は慈悲の心を持って、
戦死者の霊魂を浄化してきました。
それによって、このアストラル界のバランスも保たれてきました」
成る程。
それが戦乙女の役割の一つなのね。
でも今はそのバランスが崩れつつある。
「ふうん、無意識の間に私は死者の霊魂に、
安らぎを与えていたようね。
でもマリーダが台頭している現状はマズいわね。
その為に貴方と新たな契約を結んで、
私自身の能力を底上げする、という筋書きかしら?」
「ご理解が早くて助かります。
ご説明したように、漆黒の戦女は、
今も多くの人々を死に追いやってます。
このままでは暗黒神アーディンの力は増すばかりです……」
「でも私は前言通り貴方と新契約を結ぶつもりはないわ。
というか端的に云えば、マリーダを倒す、殺せば、
漆黒の戦女もこの世から消滅するから、
暗黒神アーディンの力も相対的に弱まるのよね?
つまり私がマリーダを倒せば良いだけの話でしょ?」
「……物凄く簡潔に云えば、そうなりますが
今の彼女は――マリーダは、物凄い勢いで成長しています。、
正直もう数ヶ月もあれば、
貴方でも太刀打ち出来なくなる可能性が高いです」
「その為に私が犠牲になれ、というのかしら?
ならばハッキリ云うわ。
そんなの真っ平御免よ。
そして私は貴方の力を借りる事なく、
あの女――マリーダをこの手で倒してみせるわ」
確かにマリーダは急速に強くなっている。
だがあくまで人として強くなっているレベル。
私の剣技や魔法攻撃がまるで効かない。
とかいうレベルの強さではない。
要するに物凄く強い一個人の人間なのだ。
それであるならば、
私が勝つ可能性は、まだまだ残されている。
端的に云えば、私が後レベル三十くらい上げたら、
マリーダ相手でも圧倒出来るでしょう。
要するにまだ人力で何とかなるレベルの話だ。
そんな状況で女神サーラと新契約を結び、
私はまた何らかの代償を払う。
なんて真似をする程、馬鹿じゃないわ。
「貴方の決意は固いようですね」
「ええ、悪いけど新契約を結ぶつもりはないわ。
でも安心して、マリーダは私が必ず倒すわ。
だから貴方は今のまま高みの見物をして頂戴」
「……貴方なら今の状態でも、
漆黒の戦女に、勝てるかもしれませんね。
貴方の武運を祈ります」
「貴方の期待にも応えてみせるわ」
「ええ、期待してお待ちしております」
女神サーラがそう告げると、
私の身体が眩い光に包まれた。
……意外と有意義な時間だったわね。
貴重な情報も得られたし、まずまずの結果ね。
私は今のまま、マリーダに勝ってみせる。
そうしなければ、私の未来は暗い。
どのみち向こうも私を殺る気満々。
ならばこちらとしても全力で迎え撃つわ。
その為には私はどんな努力も惜しまない。
兎に角、私はマリーダに勝ってみせるわ。
その時に私の本当の人生が始まるのよ。
そしてそこで私の意識は暗転した。
次回の更新は2024年4月7日(日)の予定です。
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