第二百七話 敗軍の将
---三人称視点---
圧倒的な勝利と敗北。
それを目の辺りにしていた連合軍、王国軍。
そして帝国軍兵士は、しばらく呆然としていた。
だが我に返ったジェインとロミーナがアストロスの許に駆け寄った。
「ロミーナ、兎に角ヒールするワン! 我は汝、汝は我。
女神サーラの加護のもとに! ――ハイ・ヒール!!」
「わ、分かっただわさ! 我は汝、汝は我。
女神サーラの加護のもとに! ――ハイ・ヒール!!』
ジェインとロミーナは、素早く回復魔法を唱えた。
すると目映い光がアストロスの身体を包み、
その傷を癒やしていく。
「ゲホッ……ゴホッ……!」
アストロスが目の焦点を合わないまま、血を吐いて激しくむせた。
どうやらアストロスの意識が戻ったようだ。
「あ、アストロスくん! 大丈夫!」
「あ,ああっ……ああっ……」
「大丈夫じゃないわ! これは顎が割れているわ。
そこに居る誰か……彼に上級回復魔法をかけて!」
「わ、分かったわ!
我は汝、汝は我。 神祖エレーニアの加護のもとに
――ディバイン・ヒール!!』
近くに居た冒険者部隊の女性エルフが上級回復魔法を唱えてくれた。
すると再びアストロスの身体に目映い光が降り注ぎ、
彼の割れた顎が綺麗に元通りになった。
「が、がふっ……な、何とか喋れそうだ」
と、アストロス。
「念の為、万能薬を飲んで!」
「ああ……」
ロミーナに言われて、
アストロスは右手をポーチの中に入れた。
そしてその中から万能薬の入った中瓶を
取り出して、右手の指で栓を抜いて、
その中身を口に流し込んだ。
「……な、何とか動けそうだ」
「でもこれ以上はもう戦えないワン。
誰か彼を野戦病院まで連れっててあげて!」
「……」
ジェインの言葉に周囲の味方兵は無言であった。
彼等もこの状況下で余計なリスクを負いたくないのだろう。
だからここはあえて金で釣る事にした。
「分かったワン。 彼を野戦病院へ連れて行けば、
前金で十万ローム(約十万円)、後金で十万ローム払うワン!」
「……分かった、オレが連れて行くよ」
「俺も! 二人だから成功報酬として、
一人頭十万ロームを貰う形でいいか?」
ヒューマンの青年と男性エルフ族がそう言った。
「それでいいワン!
とりあえずこれが前金ワン!」
ジェインはそう言って、
たくさんの金貨の入った皮袋をヒューマンの青年に投げ渡した。
その中身を確認する青年のヒューマン。
「良し、とりあえず前金は頂いた。
そこのエルフの人、この人を二人で抱えて連れて行こう」
「あ、ああ……」
こうしてアストロスは、
二人に抱えられて、後方に下がって行った。
それと同時にタファレル元帥が周囲に檄を飛ばした。
「あそこに居るのは、戦乙女の盟友の獣人二匹だ。
あの二匹、そして逃げたヒューマンの男を生け捕りにせよ!
それに成功した者は、地位と褒美を与えるぞ!」
「……了解しました。
おい! 皆、やろうぜ!」
「ああ、獣人二匹なら容易い……ぎゃあああぁぁぁ」
そう言っているうちに、
ジェインが眼前の帝国兵に目掛けて、
銀製の手斧の投擲した。
「獣人と思って舐めるじゃないワン」
「そうだわさ、獣人でも戦乙女の盟友なのよ!
舐めていると痛い目に合うわよ!」
ジェインとロミーナがそれぞれミスリル製の手斧、
聖木のブーメランを右手に持って身構える。
「そうか? でも戦闘が開始してもう随分時間が経過した。
貴様等の魔力もそろそろキツいのでは?」
「「……」」
押し黙るジェインとロミーナ。
それは無言の肯定であった。
それと同時にタファレル元帥は、周囲の部下達に命じた。
「我々も苦しいが、相手も苦しい。
ここが正念場だ、そして帝国魂の見せ所でもある!
前言通り戦乙女の盟友を生け捕りにしたら、
地位と報酬を約束する。 だから全員、気合いを入れて戦えっ!」
「おおっ!!」
タファレル元帥は、
膠着状態に入る前に上手く部下を煽る事に成功。
そこから帝国軍の右翼部隊は、
前進して連合軍及び王国軍の左翼部隊に大攻勢をかけた。
度重なる連戦。
それに加えて戦乙女とその盟友の敗北。
その事実は連合軍の第五軍と王国軍の左翼部隊の士気にも
少なからず影響を及ぼした。
気がつけば王国軍の左翼部隊と連合軍の第五軍は、
帝国軍の大攻勢に呑まれて、後退を余儀なくされた。
また帝国軍の左翼部隊に、
加勢したネストール率いる四万のデーモン族部隊も
次々と王国軍の右翼部隊の兵士達を撃破して行く。
気がつけば夜の二十時を過ぎていた。
そこで帝国軍は一旦、両翼の前進を停止させた。
だがネストール率いるデーモン族部隊は、
夜目の利く魔物や魔獣を引き連れて、
二時間おきに休憩を入れながら、王国軍に夜襲をかけた。
王国軍の右翼部隊のパウロ・サンタナ将軍は、
最初こそ敵の夜襲にムキになって応戦していたが、
連戦に次ぐ連戦で兵士達の体力と士気は既に限界であった。
結局、夜の一時過ぎに、
前衛部隊に防御力の高い騎士と戦士。
そしてそのサポート役に魔導師や回復役を置いて、
敵の夜襲に応戦しながら、
ゆっくりと王国軍の右翼部隊を後退させた。
それを本陣の天幕で戦況を聞いた国王ミューラー三世は、
このマリアーテ草原の戦いでの勝利を諦めた。
「……最早、我が軍の勝利の目は消えたな。
シャミル副官、両翼に合わせて中央の部隊も後退させよ!」
「しかしこのまま撤退しても、
王都ウィーラーが帝国軍に侵入されますが……」
「嗚呼、どのみち勝てる事はないだろうが、
まずはカルネイス砦まで全軍を後退。
そしてカルネイス砦を最終防衛線として、
我が軍の限界が来るまで籠城戦を行う」
「……陛下のお考えはよく分かりますが、
物事には引き際というものがあります。
この際、無駄な抵抗は止めて降伏すべきでは?」
副官シャミルが遠回しに降伏を勧めてきた。
それに対してミューラー三世が持論を述べた。
「現時点で降伏するつもりはない。
というか我々が戦うのは、色んな問題に対処する為だ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「端的に云えば一部の王族や貴族が国外に亡命する
時間稼ぎをするつもりだ。 但し余は亡命するつもりはない。
最終的には降伏する事になるだろうが、
余は最後までペリゾンテ王国の国王としての責務を全うする」
「……成る程、陛下は亡命を望む方々の為に、
国王としての責務を果たすおつもりなんですね」
と、シャミル。
「嗚呼、余自身は最後まで国王として戦う。
まあ余とナバールは義理とはいえ親子関係。
故に彼奴も表だって余を害する事はないだろう」
「でも謀殺される可能性はありますよ?」
「その時はその時だ。
まあ余も醜い形で生に執着したくない。
だけど余のその考えを周囲に押しつける気はない」
「……分かりました、私は最後まで陛下にお供します」
「……好きにするが良い!」
翌朝の聖歴1757年3月17日。
それから王国軍は、全軍をカルネイス砦まで撤退させた。
勿論、帝国軍の追撃を受けて少なくない被害を受けたが、
全軍の陣形を何とか維持したまま、
素早く後退させて、被害を最小限に抑えた。
そして王国軍は、十数時間に及ぶ逃亡劇の末に、
3月18日の早朝九時にカルネイス砦に到着。
この時点でペリゾンテ王国の全土から、
一部の王族や貴族が資財を抱えて、
国外に亡命する為に奔走していた。
この時点でペリゾンテ王国としての歴史は終焉を迎えていたが、
国王ミューラー三世は、国王としての立場を全うする為、
残った兵士を率いて、
勝ち目のない無毛な戦いを挑もうとしていた。
次回の更新は2024年4月3日(水)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。