第百九十四話 乾坤一擲(中編)
---三人称視点---
王国軍の左翼部隊と連合軍の第五軍が連動して、
帝国軍の右翼部隊に攻勢をかける中、
皇帝ナバールは、帝国軍の本陣の天幕で床几に腰掛けていた。
「どうやら敵も勝負に出てきたようだな。
ならばこちらも遠慮はいらぬ。
攻勢に転じる頃合いだな」
「御意、陛下。 ここは西部エリアに陣取るデーモン族部隊を
動かす頃合いではないでしょうか?」
「そうだな」
総参謀長ザイドの言葉に小さく頷く皇帝ナバール。
そしてナバールは、腰帯のポーチから銀色の「携帯石版」を取り出す。
それから魔力を篭めて、一分近く待った。
すると「携帯石版」がブルブルと振動した。
『……私だ、皇帝ナバールだ』
『おう、皇帝陛下。 ご機嫌麗しゅうございます。
オレだよ、オレ! 『四魔将』の炎のネストールだよ!』
どうやら無事に魔力回線が繋がったようだ。
改めてこの魔道具の便利さを痛感するナバール。
だが次の瞬間には、我に返り威厳ある声で応じた。
『ネストール殿。 貴公に援軍を要請したい』
『成る程、オレ等の力が必要なわけね!』
『嗚呼、そうだ』
『まあ良いッスよ。 高みの見物にも飽きたところだ。
何なりと命じてくださいな~』
『……貴公の部隊に我が左翼部隊の支援に入って頂きたい。
兎に角、敵の右翼部隊の前進を止めて欲しい』
『良いッスよ、オーケー、オーケー。
但しやり方はオレに任せてもらえないか?
オレはちまちまと動くのが苦手だからさあ~』
『嗚呼、やり方は貴公に任せる。
但し左翼部隊と最低限連動して欲しい。
両軍が交えて、陣形が崩れないように配慮してくれ』
『ああ、その辺はわきまえているよ。
んじゃ早速だがオレの部隊を動かすよ。
皇帝陛下は精々、高みの見物でもしててくれ』
そこでネストールとの魔力回線が切れた。
皇帝ナバールは右手に持った『携帯石版』に視線を向ける。
「デーモン族にはあまり過度な期待はしない方が良いのでは?
特にあのネストールという男、あまり信用出来ませぬ」
珍しく愚痴を溢す総参謀長ザイド。
ナバールも感情面で言えば、ザイドと同じ意見だ。
だが全軍を司る皇帝としては、
使える戦力は、余すことなく使いたい。
「大丈夫さ、奴も馬鹿ではない。
そう無茶な真似はしないだろう。
それに使える戦力は使う、これは戦場の鉄則だ」
「確かに……」
こうして帝国軍と王国軍も大きく動き出した。
ネストール率いるデーモン族四万の部隊は、
北東に進んで、帝国軍の左翼部隊と連動して、
王国軍の右翼部隊に魔法攻撃を仕掛けた。
突如、現れた敵の援軍にやや狼狽しながらも、
王国軍の右翼部隊のパウロ・サンタナ将軍は、
右翼部隊を一旦一時停止させて、
敵の魔法攻撃に対して、対魔結界を張るように命じた。
その結果、戦線が硬直した。
しかし帝国軍の左翼部隊もネストールの部隊も無理な攻勢はかけなかった。
その一方で王国軍の左翼部隊と帝国軍の右翼部隊は激しい戦闘を続けていた。
それに加勢する形で連合軍の第五軍も猛攻をかけた。
報奨金と地位という餌に釣られた傭兵及び冒険者部隊は、
馬や自分の足で地を駆ける。
だがマリーダも退くことなく相手を迎え撃った。
「――ダブル・ストライクッ!!」
「ぎ、ぎ、ぎゃあああぁぁっ!!」
迫り来る敵兵を切り捨てるマリーダ。
既に二十数名以上の敵兵を切り捨てていたが、
マリーダは呼吸を乱す事なく、
一人一殺の要領で敵兵を確実に葬る。
「マリーダちゃん、良い調子よ。
魔力は余り減ってない上に
経験値がガンガン貯まっているよ」
「ガーラ、周囲の敵兵はどれくらいかしら?」
「ちょっと待ってね。 今、探索するニャン」
猫妖精ガーラが周囲の敵戦力の探索する。
三十秒後に見事に周囲の敵の魔力反応を探知した。
「マリーダちゃん、まだまだ敵が居るニャン。
軽く見て150人から200人は居るだニャン。
これを全部相手するのは厳しいよ」
「確かに全部は無理ね。
でも数十人なら減らす事が可能よ!
だからガーラ、サポートお願い!」
「了解ニャン! でも魔力切れはしないようにね!」
「勿論、分かっているわぁっ!
ハアアアァッ! ――ダークネス・スティンガー!」
マリーダが右腕を錐揉みさせると漆黒の魔剣の切っ先から、
うねりを生じた薄黒い衝撃波が、
矢のような形状になって放出された。
鋭い矢と化した薄黒い衝撃波は、鋭く横回転しながら、
地面を抉りながら、神速の速さで大気を切り裂く。
「な、なんだぁ!? あ、アレは!?」
「ま、マズい! 回避行動を取るんだぁ!」
「だ、駄目だ、間に合わないっ!?」
「ぎ、ぎゃあああ……あああっっっ!!」
マリーダの放った「ダークネス・スティンガー」は、
王国軍と連合軍の兵士の身体を切り裂きながら、
勢いが弱まる事無く、前進を続けて更なる犠牲者を増やした。
結局、400メーレル(約400メートル)先の敵兵や地面を
容赦なく、抉り裂いて、僅かの間に100人以上の敵兵を
瀕死の重傷、あるいはそのまま屍と変貌させた。
「な、な、何て奴だ……」
「あ、アレが「漆黒の戦女」なのか!?」
俄には信じがたい光景を目の当たりにして、
王国軍と連合軍の兵士達は戦慄した。
戦場に積み上げられる屍。
傭兵や冒険者部隊は、
血気盛んな戦士であったが、彼等にも当然恐怖心はある。
そして地位や報奨金を望む欲望より、
彼等の中で生存本能が優先された。
「ニャハハハ、敵もたまげたようだニャン」
「意外と脆いわね。 少し物足りないわ」
「おっ? マリーダちゃん。
その退屈を吹き飛ばす人物が近づいているニャン」
「リーファ……お義姉様かしら?」
「ご名答、どうやら向こうは一騎打ちを望んでいるみたいよ」
「そう」
マリーダは漆黒の軍馬に跨がりながら、
その青い瞳で前方に視線を向ける。
すると視線の先に、白馬に跨がったリーファの姿が見えた。
見る者を魅了する美貌に加えて、
一部の隙も無い凜々しい出で立ち。
成る程、確かに戦乙女という称号に相応しい女性だ。
それがマリーダの率直な感想であった。
だが彼女には、彼女の立場がある。
戦乙女の対極的な存在。
それが彼女に――マリーダに与えられた役割。
そしてその役割を果たすべく、
マリーダは漆黒の軍馬をゆっくり歩かせた。
――この間の勝負は引き分け。
――だから今度は必ず勝つわ。
――私は既に暗黒神アーディンに魂と生命力を捧げた。
――これで負けたら自分が哀れすぎる。
――だから必ず勝つわ。
――それが今の私に与えられた役割なのよ。
次回の更新は2024年3月3日(日)の予定です。
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