第百九十三話 乾坤一擲(前編)
---三人称視点---
マリーダ部隊と連合軍の第五軍による魔法合戦は、
勝敗がつかないまま、
両者の魔力を浪費するという結果に終わった。
マリーダ側は作戦通り。
連合軍側もマリーダの動きを見て、
相手の魔力と精神を疲弊させる策に切り替えた。
このまま不毛な魔力の消耗戦が続くと想われたが、
第五軍の傭兵隊長カーライル率いる傭兵、冒険者の騎兵隊が
「うおおおっ!」と気勢を上げながら、
マリーダが率いる三百名の騎兵に目掛けて突貫する。
「マリーダちゃん、敵の騎兵隊が来るよぉっ!
数は……五百から六百といった感じだニャン」
「ガーラ、分析ありがとう」
と、マリーダ。
「どうやら全員の士気が高そうだ。
恐らく敵の狙いは、マリーダちゃん、キミだよっ!」
「恐らく私の首を獲れば、報奨金や地位を与える。
とか言ったんでしょうね。
でもこういう局面じゃ効果的な撒き餌ね」
「落ち着いている場合じゃないニャ!
ここは退くか、あるいは魔法攻撃で迎撃しなきゃ!」
「退却は性に合わないわ。
だから魔法攻撃で迎撃するわ。
……行くわよ! 『ソウル・リンク』」
「了解ニャン! 『ソウル・リンク』っ』
『ソウル・リンク』によって、マリーダとガーラの魔力も混ざり合う。
するとマリーダの能力値と魔力も急激に跳ね上がった。
「――続いて『魔力覚醒』っ!!」
マリーダは続けざまに職業能力を発動。
これによってマリーダの魔法能力が倍加された。
そしてマリーダは、漆黒の軍馬に跨がりながら、
左手に魔力を集中させた。
「我は汝、汝は我! 聖なる大地ハイルローガンよ。
我に力を与えたまえ! 行くわよぉっ!! 『フレアバスター』」
腹から声を出しながら、左手を前に突き出すマリーダ。
次の瞬間、マリーダの左掌から眩く輝いた光炎が放出された。
マリーダの聖王級の火炎攻撃魔法。
更にソウル・リンクと「魔力覚醒」で、
威力が強化されたこの一撃は桁違いの破壊力で、
連合軍の騎兵隊を容赦なく焼き殺した。
「う、う、うあああぁァっ!!」
「や、焼けるっ!? 身体が……あ、あ、あ、熱いっっ!!」
「退くな、このまま突撃をかけろ!
馬に相乗りした魔導師は、パートナーに対魔結界を張れ!」
「は、はいっ! ――ライト・ウォール!」
「――ライト・ウォール!」
傭兵及び冒険者の騎兵は、
後ろに魔導師を乗せて、対魔結界を張りながら突撃する。
その間にもマリーダやその周囲の騎兵達も魔法や弓矢で
迎撃するが、全部隊を退けるには至らなかった。
そして魔法攻撃を躱した数十名の騎兵がマリーダに迫る。
「マリーダちゃん! 敵の騎兵が来るよ!」
「ガーラ、分かっているわ!」
「どうするつもいなの!?」
「全員、魔剣の錆にしてあげるわ!」
マリーダはそう言って、左手で馬の手綱を握りながら、
右手で漆黒の魔剣――「戦女の剣」の柄を深く握り込んだ。
「居たぞぉっ! アレが「漆黒の戦女」だァッ!!」
「囲め! 囲め! 皆で囲むんだ!」
「そうはさせませんわっ! ――イーグル・ストライク」
「ぎゃあああぁぁぁっ!」
マリーダは漆黒の軍馬を走らせて、
駆け抜けざまに魔剣で眼前の騎兵の腹部を切り裂く。
敵の騎兵は悲鳴と同時に軍馬の鞍から落下した。
「くっ! 怯むなぁっ!!」
「――遅いですわ! ――ヴォーパル・ドライバー」
今度は渾身の突きで相手の喉元を突き刺した。
見事なまでの急所突き。
攻撃を食らった敵騎兵があっという間に絶命する。
「つ、強いな! だがこちらも遊びでやっている訳じゃない。
おいっ!! 重弩で狙い撃て!!」
「了解した! ――死ねえぇっ!!」
弓騎兵の一人が、重弩の弦を軽々と引き、鋼鉄の矢を放った。
重弩は風切り音を鳴らして、
鋼鉄の矢をターゲットの胸部に撃ち込まれた。
腕も狙いも完璧であった。
しかしマリーダには守護聖獣ガーラがついていた。
「良い腕だニャン!
でも残念~、当たらないよん! ――ノワール・バリアァッ!!」
ガーラがそう言うなり、
マリーダの前方に漆黒の壁が生み出されて、
飛んできた鋼鉄の矢をいとも簡単に跳ね返した。
「なっ!?」
「今だよ、マリーダちゃん!」
「分かっているわ!」
マリーダは馬の手綱を引いて。前方の漆黒の壁を迂回して、
前方の敵騎兵隊に狙いを定めた。
「――シャドウ・フレアァッ!!」
マリーダはそう叫んで、左腕から闇色の炎を放射する。
完全に不意を突かれた敵騎兵は、身動き一つ取れず、
マリーダの放った闇色の炎をまともに受けた。
ドゴオオオオオッッ!!
爆音と爆風と共に周囲の空気が震える。
今の一撃だけで十数人の騎兵を瞬殺した。
マリーダとこの戦闘技術とセンスは、
ここ数ヶ月という短期間で磨かれたものだ。
元々、比較の対象がリーファであった為、
彼女の能力や数々の技能が低く見られがちであったが、
平均的な人間と比較すると、
マリーダの能力や技能は決して低くなかった。
いやむしろ高かった、とういうべきであろう。
そして「漆黒の戦女」となって、
彼女のそれらの能力や技能が生かされる時が来たのだ。
更には今のマリーダには、強い意志と覚悟があった。
そんな彼女を前にしても、
連合軍の傭兵及び冒険者の騎兵は退かなかった。
「退くな、退くな。 皆、覚悟を決めるんだ!」
「おう、死なば諸共よ!」
「くっ! 相手の闘志は本物だニャン!
マリーダちゃん、ここは退くんだニャン」
「そうね、流石に全部は相手に出来ないわね」
次々と襲いかかって来る連合軍の騎兵隊。
マリーダも漆黒の魔剣を縦横に振るい、
応戦するが、流石に相手の数が多すぎた。
その結果、マリーダの騎兵隊も防戦気味になった。
「どうやら「漆黒の戦女」の動きが鈍っているようだな。
伝令兵、今だ。 国王陛下に戦乙女殿を派遣するように伝えよ!」
「ははっ!」
「そして我が左翼部隊も前進するぞ。
両翼から帝国軍を打ち崩すチャンスだ!」
ソルダッシュ元帥は、状況を即座に把握して、
周囲の者達にそう命令を下した。
そして王国軍の左翼部隊が前進を開始。
それを中央の本陣で見ていた国王ミューラー三世は――
「良し、機は熟した。 今が絶好の好機。
戦乙女殿とその盟友に
二百名の騎兵隊をつけて、敵の右翼に攻めるように伝えよ!」
「了解致しましたぁっ!」
国王の言葉に大声で応じる副官シャミル。
そしてリーファ達に正式な命令が下された。
リーファ達はそれぞれ軍馬や大型犬、ポニーに乗りながら、
周囲を王国軍の騎兵に囲まれて、敵の右翼へ移動する。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「アストロス、気遣いありがとう。
でも私は誰が相手でも負けるつもりはないわ。
それがかつての義妹であっても同じ話よ」
「うん、お姉ちゃんは必ず勝つもん」
「でも油断は駄目だわさ。
だからあたし達が全力でサポートするわよ」
ジェインとロミーナが言葉を並べる。
「はい、ボクも頑張ります」
控えめにそう言うエイシル。
そしてリーファも普段通りの表情で、
敵の右翼部隊目指して、白馬を走らせた。
だがリーファは思い知る事になる。
マリーダはリーファの予想に反して、
一人の剣士、魔導師としては、
異常な速度で成長している事実を。
こうして再び姉妹喧嘩の舞台は整った。
そしてその姉妹喧嘩は、
前回に増して苛烈になろうとしていた。
次回の更新は2024年3月2日(土)の予定です。
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