第百七十九話 汗馬之労(後編)
---三人称視点---
ファーランド王国の都市ザクレムの陥落から、
一週間が過ぎた2月13日。
帝国軍の第五軍は、
都市ザクレムの住民に対して、
略奪及び暴力行為を働く事はなかった。
これは皇帝ナバール一世の占領政策で特に力を入れていた部分である。
むしろ住民達に対して、
水や食料の一部を分けるといった援助を行っていた。
これによって都市ザクレムの住民は、
帝国軍と帝国軍の兵士に対して、歓迎の姿勢を見せた。
やや分かりやすい人気取りの行動であったが、
この都市に残された住民としては、
例え偽善や露骨な人気取りだったとしても、
彼等に対して、好意を抱くのは自然の流れと言えた。
そして都市ザクレムに、
帝国軍の第五軍のハーン元帥の部隊二万人の兵。
タファレル元帥の二万五千人の兵。
バズレール元帥の二万五千人。
合計七万人の兵力に加えて――
プロマテア王国軍のセットレル将軍率いる約二万の部隊。
カイン同盟軍一万五千人。
それらを合わせた総勢約十万の部隊で、
王都エルシャインへ侵攻しようとしていた。
ヴィリニス大公国から、
派遣されたデーモン族とヒューマンと竜人族の混成部隊五万人は、
相変わらず遠目から戦況を見守っていた。
対する連合軍の第五軍は、
シャーバット公子率いる犬族部隊二万五千。
ニャールマン司令官の猫族部隊二万五千。
それと傭兵隊長カーライルが率いる傭兵及び冒険者部隊二万五千人。
ファーランド王国の王城防衛部隊約三万五千人。
それらを全て合わせた十一万に及ぶ大軍で、
帝国軍とデーモン族の混合軍を王都エルシャインで迎え撃とうとしていた。
そしてその陰でリーファ達は、
ファーランド王国の若き国王と王女二人とその従者達を
馬車に乗せて、パルナ公国の古都パールハイムへ向かっていた。
転移魔法陣や転移魔法を使えば、
この逃亡劇も随分と楽になるのたが、
ファーランド王国の若き国王と王女二人は、
あまり自国の外に出てなかったので、
転移魔法や転移石による転移が出来なかった。
また若き国王や王女二人の従者もそれなりの数が
居たので、全員程よい感じに馬車に乗せると、
それ相応の数と護衛が必要となったので、まずは安全を優先した。
そして馬車で移動する事、十日余り。
パルナ公国の古都パールハイムまで後、
もう少しというところで、
帝国本土の東側に陣取っていたラミネス王太子に、
ジェルミア共和国の都市パルガまで来るようにと呼びつけられた。
これに対してリーファとその盟友は難色を示したが、
同行者である若き国王と王女二人は、
「是非とも王太子殿下とお会いしたいっ!」
意気揚々とそう言い放った。
――どうせ王太子殿下に、
――アスカンテレスの亡命を申し出るのでしょ。
そしてそれはリーファの想像ではなく、
若き国王と王女達はそう懇願するつもりであった。
そうなればリーファは、
シャーバット公子の面子を潰す事になる。
だから個人的にはこの呼び出しに応じたくなかったが、
相手はあのラミネス王太子。
ここで彼を無視する程、リーファも愚かではなかった。
よってリーファ達はラミネス王太子の呼び出しに応じた。
馬車を北西に移動させる事、数十時間。
リーファ達はジェルミナ共和国の都市パルガに到着。
リーファ達は、都市パルガの関所で、
自分達の冒険者の証を見せて、門番に事情を説明した。
「了解致しました。 お通りくださいっ!」
面倒事に巻き込まれたくない。
そういった表情でヒューマンの中年男性の門番は、
リーファ達を都市パルガに招き入れた。
ジェルミナ共和国の北部にある都市パルガは、
この一帯で最も古い都市といわれている。
基本的に都市パルガは、
ジェルミナ共和国の領土の一つだが、
先のガースノイド帝国との戦いで一時的に
帝国領になっていた事もあって、
都市の住民は兎人だけでなく、
犬族、猫族の獣人の姿も多い。
そしてヒューマンの数も街の人口の四割強を占めていた。
街の区画は他の街でもよく見かける冒険者区、
商業区、居住区、娯楽区の四区画に分けられている。
街の造りは石造りの建物が多いが、
程よく木造建築も取り入れられていた。
住人の大半が獣人である為に、
様々なサイズが獣人サイズであったが、
ヒューマンの住人も多かったので、
ヒューマンサイズのものも珍しくなかった。
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リーファ達はとりあえず冒険者区の馬屋に
馬車を置くスペースの確保を願い出た。
最初は馬屋の兎人の主人も難色を示していた。
だが若き国王ファン一世が――
「我はファーランド王国の国王ファン一世である!
これが王家の証である王家の紋章とパルナ公国の
シャーバット公子殿下から授かった書状である!」
と、身分を明かしたので、
兎人の主人も態度を改めて、
「それではこちらで馬車をお預かりします。
しかし馬車を置くスペースが大きいので、
料金は前払いで半金頂きます」
「うむっ、それぐらい払ってくれるわ!」
若き国王は、従者に命じて前金を払った。
これでとりあえず馬車の問題は片づいた。
後は長時間の馬車移動で御者やリーファ達も
疲労していたので、寝床の確保に奔走した。
仮にも国王と王女二人を連れた状態で、
安価な宿に泊めるという選択肢は選べない。
だから高級宿を探し回ったが、
何処の宿も飛び込み客を安易に受け入れてくれなかった。
すると痺れを切らした若き国王が身分を明かして――
「我はファーランド王国の国王ファン一世である!
これが王家の証である王家の紋章だぁっ!
それと金ならあるぞっ!!」
と、王族らしい強引な交渉で高級宿を確保した。
そして宿の受付をして、
雌兎人の女将に案内された部屋の内装は、
とても豪華なものであった。
大きくて柔らかいベッドが人数分あり、
リーファとエイシル、ロミーナの三人で、
使うには贅沢すぎた。
キラキラした装飾品や高級な調度品がふんだんに、
使われた部屋であった。
この部屋には女性陣三人で泊まり、
隣の部屋にはアストロスとジェインの男性陣二人が泊まる。
そして男性陣の部屋も同じくらいに豪華であった。
尤も若き国王や王女二人が泊まる部屋は、
この部屋以上に豪華であったが、
料金は国王払いだったので、
リーファ達も文句を言うことはなかった。
そして既に十九時を過ぎていたので、
居住区の大貴族の邸に滞在していたラミネス王太子に、
「王太子殿下との謁見は明日でお願いします」と
従者に命じて明日に会う約束を取り付けた。
それから食堂で夕食を摂ったが、
高級宿だけあって、料理はとても美味しかった。
それから部屋のシャワーボックスで、
それぞれ汗を流して、今夜は疲れていたので早めに就寝する殊にした。
王太子の用件が気になるところであったが、
今はゆっくり休むべく、
リーファはベッドの中で両眼を瞑って、深い眠りに就いた。
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