第百七十八話 汗馬之労(中編)
---三人称視点---
「あばよ、帝国兵」
猫族の狙撃手ジョンソンは、そう呟いて漆黒の狙撃銃のトリガーを引いた。
手元に伝わる反動。
だがジョンソンは無表情で、スコープの向こうを見据えていた。
氷と風の合成弾は直進しながら、
標的である帝国軍の騎兵の頭に向かって迫る。
半瞬後、スコープの向こうで標的の頭部がぐらりと揺れた。
約700メーレル(約700メートル)に及ぶ長距離狙撃。
その成功によって、また一人の帝国兵が死に追いやられた。
「ジョンちゃぁん、見事に決まったよ。
これで合計二十九人の狙撃に成功だよ」
ジョンソンの守護聖獣であるクロアールが暢気な声でそう告げた。
「……」
ジョンソンは無言でボルトハンドルを引き、薬莢を排出した。
その姿を見ていた相棒のシリルが口笛を鳴らした。
「ひゅぅ~、もうすぐで三十人じゃない。
いやはや大した腕ね」
「……これがオレの仕事だからニャ。
だがこれ以上、同じ場所に居るのはマズいな。
一度ここを出て、他の家屋へ移ろう」
「そうね、そろそろ敵の反撃が来てもおかしくないね」
と、クロアール。
「私も賛成よ。 敵も流石にこちらに気付いているでしょう。
とはいえここでいくら敵を狙撃しても焼け石に水よね。
敵はまだまだ居るし、数ではこちらが負けている。
アタシ達は体の良い捨て駒だよね」
冷めた口調でそう云うシリル。
「そうボヤくニャ。 獣人が差別されるのは、
今に始まった事ではニャい。
オレ達はオレ達の役割を果たすまでさ。
とはいえオレも犬死にする気はないけどニャ」
「うん、命はやっぱり大事だよ」
「そうね、じゃあちゃっちゃと場所を変えましょう」
ジョンソンは、クロアールとシリルの言葉に無言で頷いた。
その後もジョンソンは何人も長距離狙撃で帝国兵を
射殺したが、帝国軍も対抗策を練ってきた。
騎兵による都市ザクレムの侵入は止めて、
重装歩兵を前線に押し出して、
中衛に魔導師や回復役を置いて、
魔導師が定期的に重装歩兵の前に障壁を張った。
これで長距離狙撃による被害はかなり減少した。
だがこれは連合軍も予想していた状況であった。
そしてこの都市防衛部隊の攻撃隊長を任されたニャールマン司令官は、
次なる手を打つべく、行動を起こした。
まず都市の至る所に犬族のドーベルマン、
シェパード部隊を家屋の死角などに配置して、
敵が通り過ぎるなり、背後から襲いかかった。
狙う相手は魔導師、回復役に限定。
こうする事によって、敵の防御と回復を封じて、
重装歩兵が魔導師達を助けようとしたら、
犬族、猫族の魔導師が火炎属性魔法で攻撃。
重い鎧ごと魔法の炎で焼き殺される重装歩兵。
このような策で都市防衛部隊の兵士達は、
帝国軍の進軍を食い止めていた。
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そして三日間が経って、迎えた2月6日。
この三日間の市街戦で、
帝国軍も少なからずの被害が出ていた。
とはいえ戦局を劇的に変えるほどでもなかった。
そこで帝国軍の指揮官達は、
これ以上の消耗は時間の無駄と悟り、強攻策に出た。
帝国軍としても今後の戦いを考えたら、
これ以上の負傷者及び戦死者は出したくなかった。
だから帝国軍の第五軍は、
プロマテア王国の将軍となったセットレル率いる二万人の部隊に、
カイン同盟軍一万五千人を加えた三万五千人の部隊に、
斥候役から攻撃役を押しつけて、大規模な市街戦を始めた。
「連合軍を叩き潰せっ!」
「何を! 帝国軍なんか返り討ちニャン!」
両軍の兵士達の怒号と悲鳴の飛び交う中、
国旗や帝国旗を掲げた歩兵の一隊が駆け抜けていく。
帝国軍の主力部隊は、
ヒューマンと竜人族で構成されていたのに対して、
連合軍の半数が犬族や猫族といった獣人族。
そしてセットレル将軍率いるプロマテア王国軍は、
屈強な防御役部隊を前線に押し並べて、
力業で連合軍の兵士達に向かって行く。
それに対して連合軍の兵士達は、
ヒューマンとエルフ族を中心とした前衛部隊で、
敵の前衛部隊と真正面からぶつかった。
また犬族や猫族などの獣人部隊は、
先程までのように、
家屋や建物の陰から奇襲をかけて、
神出鬼没の奇襲攻撃を執拗に繰り返した。
何しろ獣人部隊による奇襲攻撃が想像以上であった。
加えて敵の数も正確に把握しきれず、
捕捉した敵を撃滅しようにも、
わずかな隙間を縫うように、
他の獣人部隊が突撃してくる為、
帝国軍の第五軍も苦戦を強いられた。
そのような激しい消耗戦が続く中、
一つの報せがもたらされた。
それは帝国軍の後方に控える魔導師、
弓兵、狙撃部隊のうち、
高台に陣を構えていた部隊からのものであった。
連合軍の残り部隊は多くない。
それが集散離合を繰り返しながら、
奇襲攻撃をしているだけの状態。
だから慌てず相手に付き合う必要はない。
帝国軍の前線部隊を狼狽させた連合軍のこの策は、
あまりに単純であった為、
帝国軍の司令官達に見抜かれるのを少し遅らせた。
だがようやくそれを見抜いた帝国軍の第五軍は、
改めて陣容と人員を整え、
この厄介な前衛部隊や獣人部隊の駆逐に乗り出した。
一人一殺を心がけて、
一人ずつ、一匹ずつ敵を潰していく帝国軍。
そのような戦いが五時間近く続いた。
「どうやらこちらの策もバレたようだな。
こういう風に力押しで来られたらお手上げワン」
味方の奇襲部隊の帰還率が悪化し始めたのを見て、
シャーバットは左手で頭を乱暴に掻いた。
「この策はここまですね。
シャーバット公子殿下、次はどの手を打ちますか?」
と、チワワの副官エーデルバイン。
するとシャーバット公子は、軽いため息をついた。
「これ以上の戦いは無駄だワン。
各部隊を王都エルシャインまで撤退させよ!」
「そうですか、既に第五軍の半数が都市ザクレムから離脱してますが、
残り半数も無事に撤退さえるように心がけます」
「ウム、魔導師部隊にゴーレム生成。
または精霊を召喚させて時間を稼ぐのだ!」
「はいっ!」
その後、連合軍の第五軍は、
シャーバット公子の指示通り、
魔導師部隊にゴーレム生成、及ぶ精霊を召喚させて、
時間稼ぎを始めたが、帝国軍は無理な追撃はしなかった。
「どうやら敵は都市ザクレムを放棄するようだな。
ならば余計な追撃はせず、
都市ザクレムの占領を優先するのだ」
「御意!」
セットレル将軍の迅速な指揮の許、
帝国軍の第五軍は、都市ザクレムを占領した。
これで都市ザクレムにおける戦いは終わったが、
これはまだ序章に過ぎない。
次なる決戦の舞台は、
ファーランド王国の王都エルシャイン。
約一年半ぶりに王都エルシャインで
連合軍と帝国軍の戦いがまた繰り広げられようとしていたが、
多くの兵士は都市の占領、
あるいは撤退作業で頭がいっぱいだった。
次回の更新は2024年1月28日(日)の予定です。
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