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第百七十七話 汗馬之労(前編)



---三人称視点---



 戦場を都市ザクレムに移して十日以上が過ぎた。

 そして迎えた2月3日の正午過ぎ。

 ハーン、タファレル、バズレール元帥達の部隊は、

 南下を続けて、都市ザクレムの防衛部隊と肉薄していた。


 だが連合軍の第五軍の司令官シャーバット公子は、

 都市ザクレムの住人を戦闘に参加させなかった。

 むしろ移住を求める住人達を他の街や村へ護衛付きで移動させていた。


 戦場の指揮官としては、あまり褒められた行動ではないが、

 民の治める者としては、評価に値する行動であった。


 そして既存の戦力である犬族ワンマン部隊二万二千。

 ニャールマン司令官の猫族ニャーマン部隊二万一千。

 傭兵及び冒険者部隊約二万三千人。

 この約6万6000の兵の内、約三万をザクレムの防衛。


 そして残り約三万六千の兵を王都の防衛に回して、

 ファーランド王国の二万五千人の部隊と、

 合わせた合計6万1000の兵力で、

 王都エルシャインの防衛にあたろうとしていた。


 戦力的には両軍にそれ程差があった訳ではない。

 だがやはり敵軍に居る「漆黒ブラックの戦女(・ヴァルキリー)」マリーダが各局面で、

 じりじりと戦果を上げていった。


 とはいえシャーバット公子もリーファに宣言した通り、

 マリーダの剣技ソード・スキルや魔法を細かく分析して、

 彼女の戦闘力と能力の限界を推し量った。


 それらのデータを収集した結果、

 マリーダの戦闘能力や使うスキル

 能力アビリティを把握する事に成功した。


 確かに「漆黒ブラックの戦女(・ヴァルキリー)」は強い。

 それは紛れもない事実だ。

 だが彼女一人で戦争に勝てる訳ではない。


 リーファと同様にマリーダもあくまで一個人の戦力。

 どんなに強かろうと、一人で一千人の相手が務まる訳ではない。

 また彼女の守護聖獣ガーラの能力もある程度把握した。


 強力な魔力吸収、それを契約者マスターに受け渡す事も可能だ。

 また守護聖獣自体もそれなりの戦闘力を有している。

 だがマリーダとガーラだけで戦争に勝つ事は出来ない。


 シャーバット公子は、その事を全軍に伝えて、

 なるべくマリーダとの交戦は避けるようにと指示を下した。

 そしてこの都市ザクレムでゲリラ戦を挑む事にした。


 多くの者が家屋や建物の陰や二階に陣取り、

 不意打ち、あるいは魔法銃や弓矢で敵を狙い撃つ。

 といった戦術で迫り来る帝国軍の第五軍を迎え撃った。



「どうやら敵は街に身を潜めて、

 ゲリラ戦を仕掛けるつもりのようだな」


「ハーン元帥、では我々としてはどうするべきでしょうか?」


 バズレール元帥は、鹿毛の軍馬に跨がって、そう問う。


「そうですな、ここは変に小細工を弄さず、

 真正面から敵を迎え撃つべきでしょう。

 恐らく敵もこのザクレムの防衛は、あくまで時間稼ぎ。

 鍵となるのはやはり王都エルシャインでの戦いでしょう」


「しかし敵も都市の一つを簡単に明け渡すような真似は、

 しないでしょう。 恐らく嫌がらせに近い妨害攻撃をしてくるでしょう」


 と、黒鹿毛の軍馬に乗ったタファレル元帥。


「いやここは多少兵を失ってもこのザクレムを

 早急に落とすべきでしょう。

 そこの騎兵隊! 貴公等が先行して敵の様子を見よ!」


「はっ!」


 騎兵隊の面々がハーン元帥の命令に従い、馬を走らせた。


「ハーン元帥、ここは慎重に行くべきです!」


「タファレル元帥、あの騎兵隊は私の指揮下の部隊。

 故に卿の指示を聞くいわれはな――」


 次の瞬間、周囲に「パアン」という乾いた音が響いた。

 それと同時に先頭に居た騎兵の額から鮮血が飛び散った。


「なっ、何が起こった!?」


「ハーン元帥、前へ出てはいけません」


 タファレル元帥が咄嗟にそう叫んだ。

 それとほぼ同時にまた「パアン」と音がして、

 目視できない何かが元帥達の横を駆け抜けた。 


「恐らく敵の狙撃手スナイパーによる長距離狙撃でしょう」


 と、タファレル元帥。


「そ、そうか。 確かにそうとしか考えられんな。

 仕方ない、ここは我等元帥は一度下がって、

 中衛から部隊を指揮しよう」


「ハーン元帥、私もそれが良いと思います。


 バズレール元帥もそう相槌を打った。

 そして三元帥は周囲に護衛をつけながら、

 中衛まで下がって、そこから指揮を執ることにした。


---------


「チッ、僅かに外してしまったニャ」


 都市ザクレム内の古い家屋の二階の窓辺で、

 上下共に半袖の迷彩服に、

 額には眼装ゴーグルという恰好の雄猫族おすニャーマンがそう漏らした。


 たくましい筋肉を適度な脂肪が覆っており、

 頭部が大きく、広く丸い額に卵形の頬。

 アーモンド形の両眼、長く真っ直ぐなしっぽ。

 品種はサイベリアン。


 そうあの聖龍ラグナールとの戦いで、

 リーファ達と一緒に戦った狙撃手スナイパーのジョンソンだ。

 漆黒の狙撃銃を両手で持って、狙撃ポイントを確保している。


 彼の傍に随分と小柄な猫が宙に浮いていた。

 体長はおよそ30セレチ(約30センチ)。

 品種はクロアシネコ。

 だが只のクロアシネコじゃない。

 ジョンソンの守護聖獣のクロアールだ。


「ジョンちゃぁん、惜しかったニャ!

 もう少しで敵の司令官を狙い撃ち出来たのにね~」


「嗚呼、実に惜しかったぜ。

 クロアール、敵の司令官はもう後退したかニャ?」


「うん、レベル45以上の奴が三人居たけど。

 今はもう居ないニャ、今居るのはレベル25~30の敵にゃ」


 会話内容だけ聞いていれば、

 微笑ましい部分もあるが、

 クロアールは遠方一キール(約一キロ)までなら、

 標的の能力値ステータスを複数同時に索敵サーチする事が可能であった。


「アンタ達の会話を聞いていると緊張感が抜けるわ」


 そう言ったのは、白いシャツに白いズボンという格好の雌猫族めすニャーマン

 ゴージャスで美しい被毛のチンチラ猫で

 愛嬌たっぷりの顔に、ずんぐりむっくりとした体型だ。

 

 彼女の名はシリル・グライソン。

 職業ジョブはレベル35のハイ・レンジャー。

 回復魔法も使えて、トラップを仕掛けたり、解除したり、

 更にはピッキングから投擲、弓術を得意としている便利な存在である。


 この場だけでなく、

 都市ザクレムの家屋や古アパート二、三階などで、

 狙撃手スナイパーとレンジャーなどの支援職しえんしょく

 二人一組で組んで、このように長距離狙撃を仕掛けていた。


「シリル、そういうニャよ?

 ある程度、リラックスしニャいといざって時に

 スナイプ出来なくなる。

 だからオレ達はあえて軽口を叩いてるニャ」


「うん、ジョンちゃんの言うとおりニャン」


 守護聖獣クロアールも相槌を打つ。

 だがシリルは冷めた表情で首を左右に振った。


「アンタ等、場の空気で適当な事言ってるでしょ?」


「あ、バレた」


「うん、実はそうニャン」


 あっさりと自白するジョンソンとクロアール。

 するとシリルが両肩を竦めて笑った。


「でもそういう乗り嫌いじゃないわ」


「だろ? 楽しめる時は楽しむ。

 そうでなきゃ狙撃手スナイパーなんかやってられないニャ」

 

 そしてジョンソンは、

 再び窓から身を乗り出して狙撃銃を撃った。

 氷と風の合成弾は、まっすぐ飛んで、

 700メーレル先の騎兵隊の中隊長の額に命中。

 

 それと同時に中隊長が鞍から崩れ落ちた。

 見事なヘッド・ショットが決まり、

 今日だけで二十五人以上の敵兵を倒した。


 だがジョンソンは喜ばない。

 まるで何かの作業を無表情で続けるように、

 淡々と長距離狙撃を続けて、

 一人、また一人と犠牲者を増やしていった。


次回の更新は2024年1月27日(土)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 元帥3人と猫3匹。両方とも可愛かったですね。 猫側、1匹は守護聖獣ですけれど。 特におじさん3人が仲良く後退するのは見ていてほっこりしました(笑)
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