第百七十六話 四苦八苦(後編)
---三人称視点---
王都エルシャイン。
その王城内の謁見の間に、
国王ファン一世と第一王女と第二王女。
それに加えて宰相ラステバンとシャーバット公子。
そしてリーファとその盟友が集結していた。
謁見の内容は言うまでもない。
王都陥落が時間の問題となった今、
現政府の国王と第一王女オリビアと第二王女ライム。
それと何人かの臣下と従者達の亡命先に関して言葉を交わした。
「シャーバット公子殿下、やはりこの王都が落ちるのも時間の問題ですかね?」
「ラステバン宰相、そう長くは持たないでしょう」
「……帝国軍がこの王都に来たら、
恐らく先代王――父上が再び王座に就くであろう。
そうなれば私は用無し、どころか父上や帝国の者によって
良くて幽閉、悪ければ処刑されるであろう……」
玉座に座りながら弱々しくそう言う国王ファン一世。
この件に関しては、若き国王の言うとおりであったので、
ラステバンもシャーバット公子も否定する事はなかった。
「ファン一世陛下、我々連合軍は、
むざむざと陛下を帝国に引き渡すような真似はしません」
「シャーバット公子殿下、
つまり連合軍は我々を亡命させてくれると言うのだな」
「その通りです」
と、シャーバット公子。
するとファン一世と王女達の表情が僅かに和らいだ。
そしてちらちらとシャーバット公子に視線を向けて声をかけた。
「……亡命先はどの国になるのだろうか?
アスカンテレス王国かな?」
「……なにぶん急な話なので、
とりあえずは我が母国に亡命してもらおうと思ってます」
「我が母国? つまりパルナ公国か?」
若き国王の声がトーンダウンする。
どうやら獣人の国ではご不満のようだ。
こんな状況で獣人を差別する選民意識。
シャーバット公子は半ば呆れながらも、
表情を変える事事なく、言葉を重ねた。
「仮にアスカンテレス王国に亡命するとしても、
とりあえずの亡命先として古都パールハイムを選べば、
アスカンテレス王国の国王陛下や王太子殿下とも
話し合いがしやすくなるでしょう」
「余としては出来れば、
すぐにでもアスカンテレス王国に亡命したい。
オリビアもライムもそうだろ?」
「ええ」
「まあ……そうですわね」
若き国王の言葉に若き王女達も相槌を打つ。
この光景を見てリーファとその盟友は呆れていたが、
シャーバット公子は、少なからずの怒りを感じていた。
「そうですね、ならば我々は陛下達の亡命に加担しません。
後はアスカンテレス王国の方々と直接交渉してください」
「そ、それは困る!?」
「国王陛下、あまり我が儘を申さないで下さい。
ここでシャーバット公子殿下に見捨てられたら、
我々はお終いです。 ラミネス王太子は、
自国の利益にならない事はなさらない御方です。
仮に亡命を望むのであれば、
それなりの見返りが必要でしょう」
「ら、ラステバン宰相。
では余にどうしろと言うのだ?」
「この先、生きる事をお望みでしたら、
立場を弁えるべきでしょうね。
それこそ獣人差別などはもってのほかです」
「い、いや余はそのような……」
「では亡命先はパルナ公国で問題ないですね?」
「あ、ああっ……」
「オリビア様とライム様は?」
宰相ラステバンは、
睨めつけるような視線を二人の王女に向ける。
「え、ええ。 わたくしも問題ありませんわ」
「わ、私も同じ意見ですわ」
「となれば一刻も早くこの場から去りましょう。
勿論、金銀財宝や美術品の類いも持って行きましょう。
そこに居る戦乙女殿とその盟友がパルナ公国まで、
ご同行して頂けるので、ご安心ください」
「あ、ああ……では早速亡命の準備をしよう」
若き国王はそう言って、
周囲の従者達にあれこれと命令を下した。
そんな光景の中、リーファが宰相ラステバンに問うた。
「護衛を命じたのであれば、
素直にそれに従いますが、宰相閣下はどうなされるのですか?」
「私は限界までこの国に残るつもりです。
王無き後に国を動かす者は必要でしょう。
宰相の私まで亡命したら、
残された兵士達の士気が下がるのは明白。
そんな状況で私は自分だけ亡命する気にはなれません」
「しかし王都が陥落して、
この王城に帝国軍が入城したら、
宰相閣下は無事では済まないでしょう?」
リーファの問いに宰相ラステバンが小さく頷いた。
どうやら宰相は既に覚悟を決めているようだ。
だからリーファとしては、
それ以上言うべき言葉が見つからなかった。
「戦乙女殿、そんなに心配なさらないでください。
私も人の子です、最終的には自己の安全を優先しますよ。
ですが王都が陥落するまでは、
宰相としての務めを果たすつもりです」
「そうですか」
「宰相閣下のご覚悟に自分も感心しております」
「シャーバット公子殿下、私とその盟友が護衛のために、
一時的に戦場を離れますが、大丈夫でしょうか?」
「ん? 何に対して言ってるのかな?」
「当然あの漆黒の戦女の事です。
自分で言うのも少しアレですが、
あの女――マリーダの相手になるのは、
並大抵の事では務まりませんよ」
リーファが心配するのも無理はなかった。
「現に今もあのマリーダ相手に大きな損害が出てます。
やはりここは他の者にファン一世陛下達の護衛を任せて、
私と盟友達があの女の相手を務めるねきかと……」
だがシャーバット公子は、リーファの提案をあっさりと断った。
「リーファ殿の仰りたい事は私にもよく分かります。
ですが言いにくいことですが、
先日の一騎打ちは引き分けという形に終わりましたよね?」
「はい……」
「リーファ殿は今や連合軍にとっての勝利の女神なのですワン。
ですが相手があの漆黒の戦女となれば、
リーファ殿ですら負ける可能性が出てきました。
なのでしばらくはリーファ殿は、
あの女――マリーダと戦う事を控えて頂きたい」
「……理由を聞かせて頂きますか?」
自然と不機嫌な声になるリーファ。
だがシャーバット公子は淡々と理由を述べていく。
「どういう理由であれ戦場でリーファ殿が負けたら、
我が軍の士気が下がり、帝国軍の士気が上がります。
まずそれが理由の一つだワン。
そして二つ目の理由は、
貴方には常勝の存在で居てもらいたい。
だから貴方が戦線を離れているうちに、
あらゆる手を尽してマリーダの情報を収集します。
そしてデータ分析して、貴方の勝因が高まれば、
貴方が望まなくても一騎打ちをしてもらう事になります」
「そうですか」
シャーバット公子の言う事は一理あった。
リーファ個人としては、
今すぐにでも自分の手でマリーダを討ち取りたかった。
だが現実はそんなに甘くない。
またリーファもその事を熟知していた。
だからこの場の空気を読んで大人しく従う事にした。
「了解致しました。
ファーランド王国の王族護衛の任務に専念します」
「うむ、貴方が帰るまで、
マリーダのデータを集めておくから、
まずは王族護衛の任務に専念したまえ!」
「……はい」
こうしてリーファとその盟友は、
一時的に戦場から離れる事となった。
結果的に見ればシャーバット公子のこの判断は正しかったが、
リーファはやや不満を抱きつつも、身支度を調えて、
王族護衛の任務に就くことになった。
次回の更新は2024年1月24日(水)の予定です。
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