第百六十八話 オルセニア将軍対マリーダ(前編)
---三人称視点---
「――イーグル・ストライク」
「喰らうものか! ――せいやぁっ!!」
鋼の大剣を構えるオルセニア将軍に、
マリーダは黒い軍馬を疾駆させて、
すれ違いざまに斬撃を繰り出した。
武器が激突する金属音が響き、
オルセニア将軍の体勢が僅かにぐらついた。
「ちっ、あの華奢な身体でこれ程の一撃を繰り出すとは……。
どうやら漆黒の戦女の名は伊達じゃないようだな」
このままではジリ貧だ。
いずれ力負けして、倒されるのも時間の問題だ。
だがここは部隊を預かる将軍として退く事は出来ぬ。
オルセニア将軍は、胸にそう刻みながら、
左手を地面に向けて、自身の守護聖獣を召喚した。
「我が守護聖獣ホークルンよ。
我の元に顕現せよっ!!」
オルセニア将軍が早口でそう言葉を紡ぐなり、
彼の足元に魔法陣が現れて、眩い光を放った。
次の瞬間、魔法陣の色が次々と変わり、強い魔力が生じる。
「ピッピー、ピッピーッ!」
すると魔法陣の中から体長六十セレチ(約六十センチ)くらいの黒い鷹が現れた。
凜々しい双眸の黒い鷹。
格好良くもあり、可愛らしさも兼ねた見た目と体型。
これがオルセニア将軍の守護聖獣の黒い鷹ホークルンだ。
「ホークルン。 『ソウル・リンク』だぁっ!
はあああぁぁぁっ!! 『ソウル・リンク』ッ!!
「承知したッピ、リンク・スタートォッ!!」
そしてオルセニア将軍とホークルンの魔力が混ざり合い、
オルセニア将軍の能力値と魔力が急激に跳ね上がった。
身体中に力が漲り、オルセニア将軍も勇ましい表情を浮かべた。
だが恐らく敵も直ぐに『ソウル・リンク』して来るであろう。
となれば条件は互角。
オルセニア将軍はそう思いながら、
やや間合いを取りながら、マリーダの出方を伺う。
「……」
「……」
だがマリーダは守護聖獣を召喚する素振りを見せなかった。
これはどういう事であろうか?
まさか力を温存していうのか?
あるいはこちらを完全に舐めているのか?
オルセニア将軍が視線をマリーダに向けて真偽を問う。
「……どういうつもりだ?
何故、自分の守護聖獣を召喚しないのだ?」
「……その必要がないからよ。
貴方くらいなら素のままで倒せるわ!」
「な、何をっ!?」
マリーダの言葉に激怒するオルセニア将軍。
いくら相手が漆黒の戦女といえど、
このような侮辱をされては、怒るのも当然の事。
だが対するマリーダは平常心を保っていた。
彼女の能力値や魔力、闘気は現時点でも一級品であった。
しかし彼女には戦闘における経験が欠けていた。
彼女の最終目標はあくまで打倒・戦乙女。
だけど戦闘スキルや経験で大きさ差があるのは明白。
マリーダはその事を熟知しながら、
眼前のヒューマンの将軍との戦いに挑む事にした。
マリーダはネルバ島に流刑される前は、
身長155前後であったが、
流刑後に幸か不幸か、身長が8セレチ(約8センチ)以上伸びた。
それによって体格面では、
女性としては恵まれている部類に入るが、
男性と比べたら、やはり色々な面で劣っていた。
それ故に体格が上回る男性相手に
何処まで戦えるか、自分の力量を測ろうとしていた。
尤もオルセニア将軍は、マリーダのそんな思惑は知らない。
だがオルセニア将軍も激怒しつつも、逆上はせず様子を見る。
どうやら相手は本気で守護聖獣を召喚する気がないようだ。
「……貴様のその選択を後悔させてやるっ!」
オルセニア将軍は、再び馬を走らせてマリーダに迫った。
だがマリーダも退くことはなく、
オルセニア将軍を迎え撃つ。
再度、馬上で激しい斬り合いと体捌きが応酬される。
大剣と魔剣が衝突する金属音、
馬の激しい嘶き、だが両者一歩も退かない。
「レイジング・バスターッ!」
流れを掴むべく、オルセニア将軍が英雄級の大剣スキルを放った。
漆黒の魔剣を構えるマリーダ。
それに対してオルセニア将軍は、
愛馬を走らせて、駆け抜けざまに強烈な斬撃を叩きつける。
激しい金属音と共に、
斬撃による衝撃でマリーダの身体が鞍から跳ね飛ばされた。
だがマリーダは空中で体勢を立て直して、
片膝をついて、綺麗に地面に着地する。
「まだだ! これならどうだぁ! クレセント・ストライクッ!」
オルセニア将軍は、
立て続けに帝王級の大剣スキルを繰り出した。
「――ハイ・カウンター」
対するマリーダも迎撃用の英雄級の剣術スキルで迎え撃った。
弧を描いたオルセニア将軍の斬撃に対して、
マリーダは漆黒の魔剣による強烈な突きを放つ。
刃鳴りが連鎖して、周囲に火花を散らした。
見た目は互角の攻防に見えたが、
能力値や体格面ではマリーダが不利であった。
だがこの戦いの間にも、
彼女は様々なスキルと技術を駆使して、
戦い慣れして、戦闘経験を着実に積んでいた。
「ふんっ! 確かに只の小娘ではなさそうだな」
「貴方も只の中年男ではないようね」
軽く煽り返すマリーダ。
「口は達者のようだな。
その巧みな話術で皇帝にでも取り入ったのか?」
「どうかしら?」
「まあ良い、俺ももう手加減はしない。
貴様を倒して、その首をナバールに突きつけてくれよう」
オルセニア将軍が再び馬を走らせる。
そして距離を詰めるなり、
右手に持った鋼の大剣を頭上に振り上げて、
綺麗な縦斬りを放った。
マリーダはバックステップで回避を試みたが、
完全に避ける事は出来ず、
その顔を覆っていた漆黒の仮面が綺麗に真っ二つに割れた。
仮面が割れてマリーダの顔が露わになる。
切れ長の青い瞳。 秀麗な眉目。
だがいかにも気が強そうな顔立ちをしていた。
その姿を見たリーファは唖然とした表情になる。
多少、身長の違いはあるが見覚えのある顔だ。
そして出来れば二度と見たくない顔であった。
――何故この場にこの女が居るの!?
その答えは分からないが、
冷静沈着なリーファもこの状況に少なからず動揺した。
リーファは胸の奥から、
表現しがたい感情が押し寄せる中、思わず叫んだ。
「――マリーダ!」
次回の更新は2024年1月6日(土)の予定です。
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