第百六十五話 兵戈槍攘(前編)
---三人称視点---
年が明けた聖歴1757年1月2日。
新年を迎えたが、
連合軍と帝国軍の将軍、兵士達にはそんな事関係なかった。
尤も彼等の所属する国家の君主や統治者は、
戦争が始まるという状況にも関わらず、
馳走や酒を味わい、新年を存分に楽しんでいた。
彼等にとって戦争は政治の一形態に過ぎなかった。。
だが戦場で戦う将軍や兵士達の表情は、真剣そのものであった。
この戦いに勝つか、どうかで両軍の運命は大きく変わる。
その空気を感じ取って、
両軍の将軍は各地に部隊を配置する。
まずはエストラーダ王国とガースノイド帝国の国境線である
都市ロスジャイトに、エストラーダ王国軍に三万人。
帝国の北部にヴィオラール王国の遠征部隊二万五千人。
そして東部エリアには、
アスカンテレス王国軍、ペリゾンテ王国軍を合わせた五万人。
南部エリアには、ジェルミナ共和国の兎人二万五千の部隊。
更にサーラ教会騎士団の一万人を加えた三万五千人の部隊。
この約十四万に及ぶ大軍を持って、
帝国の本土を四方八方から包囲した。
しかしそれに対して帝国軍は慌てる事無く、
皇帝ナバールの指示通りに、防衛部隊を配置する。
まずは西部にシュバルツ元帥率いる第一軍四万人。
北部にエマーン将軍率いる約三万の第二軍。
そして本陣となる皇帝ナバール率いる約七万の第三軍を
東部エリアにあたるファーランド王国の国境線付近に配置。
南部エリアにはレジス隊長率いる約四万人の第四軍。
これらの約十八万人の部隊に加えて、
東部エリアを除いたエリアの四聖龍を解放して、
竜騎士の指揮のもと、連合軍と戦った。
尤も帝国本土の侵攻部隊は無理に攻撃する事なく、
陣形と隊列を維持したまま、
矢や銃弾、そして魔法攻撃で遠距離攻撃で相手の様子を伺った。
先の戦いで四聖龍の力を目の当たりにした連合軍の各将帥は、
無理に攻勢に転じることなく、
ジワリジワリと帝国軍に嫌がらせに近い攻撃を仕掛ける。
その動きを見て本陣の皇帝ナバールは、
連合軍の動きを瞬時に看破した。
「どうやら帝国本土方面の敵は、
本命ではないようだな。
奴等も四聖龍の力を恐れてか、動きが鈍い。
ならば我等も奴等同様に、
防衛線を維持したまま、防御に徹するぞ!」
「御意」
総参謀長を任されたザイドが野太い声で応じる。
「となれば我が軍としても、
旧神聖サーラ帝国とファーランド王国の北部国境線の戦いに、
力を入れるまでだ。 あの北部国境線の部隊には、
ハーン、タファレル、バズレールの三元帥を配置した。
更には「漆黒の戦女」も居る。
ここはまず北緯国境線の戦いに力を入れるように、
三元帥に指示を送れ!」
「畏まりました」
と、総参謀長ザイド。
「そして我が軍がファーランド北部を制圧したら、
余が率いる本隊も東進して、
ファーランドの西部エリアを攻め立てる!」
「御意、全軍にそのように伝えます」
「うむ、まあ今回の戦いの鍵を握るのは、
やはり「漆黒の戦女」であろう。
ここは彼女の戦いぶりに期待しよう」
皇帝ナバールはそう言って、本陣の床几に腰掛けた。
今回の戦いは基本的に帝国の本土の防衛。
そして旧神聖サーラ帝国からファーランド北部へ侵攻。
といった具合に戦場がそこまで広くなかったので、
全軍にナバールの指示が行き届いていたので、
前回敗北した時のような状況とは少し違った。
そんな中、戦いの鍵を握るハーン、タファレル、
バズレール等の三元帥の部隊である第五軍が南下して国境線に到達。
帝国軍の第五軍はハーン元帥が二万五千人の兵。
タファレル元帥が二万五千人の兵。
バズレール元帥が二万五千人。
合計七万五千人の兵力に加えて――
旧神聖サーラ帝国の北部エリアのプロマテア王国将軍、
となったセットレル率いる二万の部隊。
中央エリアのカイン同盟軍一万五千人。
その戦力の総勢はなんと約十一万人。
そして南部エリアのヴィリニス大公国から、
デーモン族とヒューマンと竜人族の混成部隊五万人が
戦闘には参加はせず、遠目から戦況を見守っていた。
対する連合軍は、
シャーバット公子率いる犬族部隊三万。
ニャールマン司令官の猫族部隊二万五千。
それとオルセニア将軍率いる傭兵及び冒険者部隊三万人。
ファーランド王国からも、
二万五千人の増援部隊を派遣させて、合計十一万の兵力。
この連合軍の第五軍と帝国軍の第五軍は、
兵力に関しては拮抗していたといえる。
そして南西部にある国境線に広がるグラファド草原で、
帝国軍のハーン元帥率いる『ネオ・ブラックフォース騎士団』の騎馬隊が
心地よい風が吹き渡る中で、
連合軍の騎兵隊と衝突を繰り返していた。
帝国軍の騎兵隊を率いるのは、ハーン元帥。
彼は前帝政時代の末期には、皇帝ナバールを裏切ったが、
再び皇帝の前で膝を屈する事となった。
だがもしここで無様に敗れたら、
彼の名声は地に落ちるであろう。
だからハーン将軍も黒い軍服の上に軽鎧を装備して、
背中に鋼の弓を背負いながら、
中衛に陣取り、前方の騎兵隊に指示を飛ばす。
「ここが勝負の分かれ目だ。
故に我が『ネオ・ブラックフォース騎士団』の力の見せ所だ!
基本は弓による攻撃で、敵の騎兵隊を各個撃破せよっ!
敵が接近して来たら、重騎兵隊が迎撃せよっ!」
ハーン元帥はそう叫んで、右手を肩の線まであげた。
「撃て!」というハーン元帥の掛け声と共に、
突撃してくる連合軍の騎兵隊の一団に目掛けて、
帝国軍の弓騎兵が一斉に矢を放った。
無数の射線となった矢の雨が、
馬上の連合軍騎兵隊の甲冑や肉体に突き刺さる。
連合軍の騎兵隊の面々は、
手にした長剣や長槍、斧槍を時計回りに回転させて、
矢を弾くなどの防御に徹したが、
帝国軍の騎兵隊の第二射がまたもや連合軍騎兵隊を襲う。
「くっ、大した弓術だ。
的確に急所を狙い撃っている。
こちらは半数近くが犬族と猫族の部隊。
ならばこの騎兵戦では、我々が軸となって戦うべきであろう」
オルセニア将軍は、
鹿毛の軍馬に騎乗しながら、冷静に状況を分析した。
――ここは戦乙女とその盟友に協力を請うか。
――いやまだ早いな。
――まずは俺自身の手腕によって。帝国兵を蹴散らす。
「よし、我が部隊の兵士達に告ぐ!
まずは我々が先陣を切って、敵の騎兵隊を撃滅する。
隊長や将軍の首を取った者は、
一兵卒でも褒美も賞金も思いのままだぁ!」
「おおっ!」
分かりやすい飴であったが、
こういう状況では分かりやすい褒美の方が効果的であった。
そして連合軍の騎兵隊と帝国軍の騎兵隊が、
それぞれ気勢を上げながら、
国境線に広がるグラファド草原で激しい戦いが繰り広げられた。
次回の更新は2023年12月30日(土)の予定です。
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