第百六十話 星旄電戟(後編)
---三人称視点---
城塞都市フェルトベーグの陥落。
ゲイザーブルグ城の三階の玉座の間にて、
その悲報を聞いた皇帝オスカー二世は激しく狼狽した。
「最終防衛線が突破されたというのか!?」
「は、はい」
ヒューマンの初老男性の宰相ヘイドリックが曖昧に頷いた。
「ですがまだこの帝都に侵入された訳じゃありません。
セットレル将軍の部隊がきっと勝ってくれるでしょう!」
「か、必ず勝つ保障が何処にある!」
オスカー二世は玉座の肘掛けを「ダンッ! 」と叩いた。
「しかしこうなればセットレル将軍を信じるしかありません」
と、宰相ヘイドリック。
「……この帝都に敵軍が来るのも時間の問題だ。
宰相、余を逃がすための手筈を整えよ!」
この言葉には宰相ヘイドリックも目を瞬かせた。
「へ、陛下。 ご正気ですかっ!?」
兵や民を見捨てて、他国に亡命するおつもりですか!」
「余は正気だ。 もし余が帝国軍に捕らえられたら、
良くて人質、悪ければ死罪となるであろう。
ならば今のうちに逃亡……亡命の準備をすべきだ!」
「……分かりました」
「うむ、亡命先はウィオラール王国が良いな。
あそこの宰相シークと連絡を取って、
亡命の手筈を整えよ!」
「……はいっ!」
こうしてオスカー二世は、帝都から逃げ出す準備を始めた。
一個人としては悪くない判断であったが、
国を統べる皇帝としては、最低の判断であった。
そしてこの判断によって、
神聖サーラ帝国の運命は悪い方向へ転がった。
一方、防衛部隊の総司令官を命じられたセットレル将軍は、
カイン川の辺で陣を張った。
総勢兵力五万超えの大軍。
といえば聞こえはいいが、
実際は半数以上の者が新兵であった。
先のバールナレス共和国でのデーモン族との戦いで、
全軍の半数以上を失っており、
兵士の士気も練度も低かった。
だが帝国軍にはそんな事情は関係なかった。
帝国軍はハーン元帥、タファレル元帥、シュバルツ元帥の三部隊が
三軍に分かれて、眼前の神聖サーラ帝国軍に攻め込んだ。
突進、後退、更に突進。
ガースノイド帝国軍と神聖サーラ帝国軍が激突する。
至る所で凄まじい魔法戦と白兵戦が繰り広げられた。
シュバルツ元帥は、飛び込んでは敵を斬り、飛び込んでは敵を斬った。
数の上では互角であったが、
兵士の士気と練度、そして軍としての勢いは如実に違った。
「――ブラッディ・スイングッ!」
「――イーグル・ストライク!」
「――ぎゃあああぁっ!」
シュバルツ元帥とマリーダが手にした武器を力強く振るう。
だが如何せん、敵の数が多すぎた。
斬っても、斬っても、次から次へと敵兵が襲って来る。
だがシュバルツ元帥とマリーダは退かなかった。
自ら最前線に立ち、剣術や槍術を駆使して、
周囲の敵兵を次々と切り伏せていく。
その活躍はまさに獅子奮迅。
そしてそれが周囲の帝国兵にも良い意味で伝染した。
「我々も後に続くぞ!」
「我々は中列に待機したまま、
打ち漏らした敵や逃げた敵を排除するぞ!」
ハーン元帥とタファレル元帥がしきりに叫んだ。
「よし! 基本は一人一殺。
強敵の場合は二人、あるいはそれ以上でかかれ!」
と、ハーン将軍が叫ぶ。
「御意!」
帝国軍の勢いは更に増す。
だがセットレル将軍率いる神聖サーラ帝国軍も意地を見せた。
「この戦いに我が国の命運がかかっている!
なんとしても敵軍を撃退して、帝都を護るぞ!」
「おおっ!」
セットレル将軍の言葉と共に兵士達も奮闘する。
だが皮肉な事に彼等の君主であるオスカー二世は、
既に帝都から逃げ出す準備に入っていた。
しかしそんな中でも兵士達は、懸命に戦った。
愛する祖国の為、愛する恋人、家族の為。
それぞれが似たような思いを抱きながら戦う。
「――ダブル・ストライクッ!」
「ぎ、ぎゃあああっ!?」
そんな中でも漆黒の戦女マリーダは、
水を得た魚のように、その力を存分に発揮した。
元々、運動神経や剣術のセンスは悪くなかった。
またネルバ島に流刑されてからの約一年間で
身長も一気に伸びて、162セレチ(約162センチ)までなった。
尤も彼女が活躍出来る最大の理由は、
やはり漆黒の戦女になったからであろう。
兎に角、人並み外れた能力値。
それと敵を倒すのに躊躇しないマリーダの精神。
一度全てを失った彼女に怖いものはなかった。
なにせ漆黒の戦女になる為に、
自身の寿命と魂を捧げたのだ。
だから彼女にはこれ以上失うものがなかった。
「――ヴォーパル・ドライバー」
「ぐ、ぐ、ぐあああぁっ!」
渾身の突きを繰り出すマリーダ。
この時点で既に四十人近くの敵兵を切り捨てていた。
だが相手も必死だ、だからマリーダは追い打ちをかけるべく、
剣術から魔法攻撃に切り替えた。
「『能力覚醒』っ!!」
マリーダは職業能力・『能力覚醒』を発動させた。
これで五分間、マリーダの能力値の数値が倍となった。
「――シャドウ・インパクトッ!」
マリーダの左手から放たれた漆黒の波動が前方の敵集団に命中。
「う、う、うおおおぉっ!?」
「……何という魔力! あああぁっ!!」
漆黒の波動に呑み込まれた兵士達が断末魔を上げる。
今の一撃だけで、百人以上の敵が死亡、戦闘不能状態となる。
だがマリーダは更に攻撃魔法を唱えた。
「――シャドウ・フレアァッ!!」
続いてマリーダの左腕から闇色の炎が高速で放たれた。
半瞬後に敵の前方部隊の前に着弾する。
そこから先は先程と同じだ。
闇色の炎に焼かれた敵兵が悲鳴を上げながら、
両手を上げて、「誰か! ヒールを!」と叫ぶが
周囲の魔導師や回復役も同様に焼かれていた。
「よし、ここがチャンスだぁ!
攻撃役は最前線に、
支援職及び魔導師は中衛。
そして回復役は後衛に陣取れ!
この陣形を維持したまま、全軍突撃だぁっ!!」
「はいっ!!」
そこから帝国軍は全軍をあげて総攻撃を仕掛けた。
先陣を切るマリーダ。
シュバルツ元帥やハーン元帥、タファレル元帥の部隊も
視界に入る者をひたすら切り捨てた。
そして戦闘経過時間が十時間を過ぎた頃。
既にセットレル将軍が率いる防衛部隊は、
半数まで減っており、後退に後退を重ねて、
帝都レーゲンブルグに帰還した。
だが彼等が帰還した頃には、
皇帝オスカー二世とその親族、従者は、
ゲイザーブルグ城から持てるだけの金銀財宝を持って、
転移魔法陣を駆使して、帝都から飛び立っていた。
この事実にセットレル将軍も愕然としたが、
これ以上の抵抗は無意味と悟り、
彼と残された全軍が白旗を揚げて、降伏した。
これによって帝国軍の第一軍は、
事実上の無血開城として、帝都レーゲンブルグの制圧に成功。
この勝利によって皇帝ナバールと新生ガースノイド帝国は、
また歴史の表舞台に立つ事となった。
次回の更新は2023年12月17日(日)の予定です。
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