第百五十六話 虚虚実実(後編)
---三人称視点---
「貴方が帝国軍の使者ですか。
そのお顔には見覚えがあります。
確かタファレル将軍でしたね。
私はバールナレス共和国の第一統領ルドラーでございます」
「今は元帥であります」
「そうでしたか、立ち話もなんなので、どうぞ椅子にお座りください」
「はい、では……」
そう言葉を交わして。タファレルは右側の椅子に腰掛けた。
第一統領ルドラーは、壮年の男性竜人族だが
想像していた以上に腰が低いように思えた。
黒い礼服に首本には赤いネッカチーフを巻いているが、
細身でありながらも、服の上からでも分かる筋肉質の体格だ。
タファレルの対面には、
デーモン族の『四魔将』である炎のネストール、
水のエレミーナ、風のメルクマイヤーが座っていた。
タファレルは見るからに強そうな連中を前にして、
口を真一文字に引き結び、緊張感を高めた。
するとそう空気を察した統領ルドラーが口を開いた。
「では早速ですが、タファレル……元帥が本国に
使者として訪れた理由をお聞きしたいと思います」
「はい、私は皇帝陛下の代理人として、
デーモン族に同盟関係を締結する為に、
こうして貴国に訪れました」
「成る程、そういう事でしたか」
と、ルドラー。
「でも只の同盟じゃねえみたいだぜ?
そこのはげちゃんピンに曰く、
『秘密裏の同盟』を結びたいとの話だ」
「貴公はネストール殿でしたな?」
低い声で問うタファレル。
「ああ、そうだがそれが何か?」
するとタファレルは椅子から立ち上がり――
「その物言いはあまりにも失礼でしょ!
それに他人の身体的特徴をこのような公の場で、
このような物言いをするのは、
あまりにも非常識じゃありませんか?」
タファレルは珍しく怒りを露わにした。
だが当のネストールは両肩を竦めて――
「あい、あい、確かに言い過ぎだな。
ちょっと改めるよ。 禿頭の元帥さん」
「……」
タファレルの怒りはまだ収らなかったが、
場が場であったので、ここはぐっと堪えた。
そこで統領ルドラーが違う質問して、場の空気を変える。
「それで『秘密裏の同盟』とはどのようなものでしょうか?」
「それは――」
タファレルは話をかいつまんで説明する。
帝国はデーモン族と同盟を結びたいが、
あくまで秘密裏の同盟であって、
同盟締結後はそれぞれ自由に動く、と伝えた。
すると統領ルドラーの表情が少し強張った。
「成る程、帝国の四魔将の皆様は如何ですか?」
「まあオレは構わないぜ」
「私も構わないわ」
と、ネストールとエレミーナ。
「私個人も賛成だが、魔女帝陛下のご意見を聞く必要があるな」
そういったのは全身、黄緑の風のメルクマイヤー。
身長は175前後、少し長めの銀髪を後ろで結っている。
顔は整っており、美丈夫と言っても過言はないだろう。
痩躯だが全身からは、強者特有の威圧感を発していた。
「つまり我が帝国との同盟締結を受けて入れて頂けるのでしょうか?」
「ん、まあ一応ロリ婆の了承取る事になると思うが、
結果的にはそうなると思うぜ」
と、ネストール。
「ええ、そうなるでしょうね」と、エレミーナ。
「ちょっとお待ち下さい」
そう言ったのは統領ルドラー。
周囲の者の視線が自然と彼に向く。
するとルドラーが軽く「こほん」と咳払いした。
「帝国とデーモン族はそれで良いでしょうが、
我が国バールナレスの扱いも考慮して頂きたい」
「ええ、勿論そのつもりですよ」
「我が共和国は帝国との同盟関係にありましたが、
その後、デーモン族軍の侵攻を受けて、
実質今の我が国は、彼等の支配下にある状態です。
ですが現時点でも帝国は我が国の為に動く事はせず、
デーモン族相手に同盟関係を申し出ました」
「……そうですね」と、タファレル。
「そして今回、帝国とのデーモン族と同盟関係が
正式に結ばれたら、我が国は連合軍の攻撃対象となります。
でもその際には帝国もデーモン族も我が国の為に
動いてくれはしないでしょう。 違いますかな?」
静かだが鋭い声でそう問う統領ルドラー。
「否定は出来ませんな」
渋々頷くタファレル。
「まあ……そうかもな」
「ええ」
ネストールとエレミーナも同意する。
「嗚呼、それで貴国はどうしたいのだ?」
と、メルクマイヤー。
「では端的に申し上げます。
我が国としては、
帝国とデーモン族とも良好な関係を築きたいですが、
情勢が悪化した場合は、連合軍に降伏したいと思います」
「貴国の立場ならそう動くのも無理はないですな」
と、タファレル。
「ああ、別にオリャ構いやしねえぜ?」
「私もよ」
「まあ妥当な判断だな」と、メルクマイヤー。
「ご理解して頂き、誠に官舎します。
ですが我が国も出来る限りは、
帝国とデーモン族に協力したいと思います」
「ええ、宜しくお願いします」
「ああ、よろしゅうに!」
「宜しく……」
タファレル、ネストール、エレミーナがそう口にした。
「そのような事態にならないように、
我々デーモン族も尽力を尽そう!」
メルクマイヤーが力強くそう言った。
こうしてバールナレス共和国は、
帝国とデーモン族との協力態勢を築き上げた。
またデーモン族も伝書鳩を魔帝都サーラリアペルグに飛ばした。
そして返信の文書には、
「妾は貴公等の判断を信じる」と書かれていた。
これによって帝国とデーモン族と秘密裏の同盟関係も成立。
こうしてエレムダール大陸に、
また再び戦乱が起ころうとしていた。
次回の更新は2023年12月9日(土)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。