第百五十三話 獅子身中の虫
---三人称視点---
会議が終わり、ナバールが、
二階の会議室から三階へ向かおうとする中、
彼を呼び止める声が聞こえてきた。
「皇帝陛下、お待ち下さい」
「マリーダか、余に何か用か?」
「皇帝陛下にお話があります」
「そうか、それでどんな話だ?」
「ここではちょっと……」
「そうか、ならば三階の謁見の間へ行こう」
「はい」
ナバールは総参謀長ザイドとマリーダを
引き連れながら、三階の謁見の間に向かう。
途中で会う兵士や従者達は、
ナバールを見るなり、敬礼や会釈をするが、
隣に居るマリーダに好奇の視線を向けていた。
かつては侯爵令嬢。
そしてアスカンテレス王国では、
国を二分する内乱にも加担して、僻地へ流刑。
そこから常闇の儀式を通過して、
『漆黒の戦女』となった元侯爵令嬢。
その彼女に対して、好奇の視線が集まるのも無理はなかった。
そして六分後。
ナバール達は三階の謁見の間に到着。
ナバールは玉座に深々と座り、
玉座の肘置きに肘をつき、
頬杖をついた状態でマリーダを見据えた。
「それでマリーダ、余に何の話だ?」
マリーダは直利不動の体勢のまま、凜とした声で応じる。
「単刀直入に申し上げます。
誠に僭越ながら、ご進言申し上げます。
陛下、警務大臣殿をこのまま野放しに
しておくのは、危険と思われます」
成る程。
マリーダはフーベルクの事を危険視しているのか。
まあマリーダとフーベルクは折り合いが悪いが、
個人的感情だけで、このような事を言っている訳ではない。
と、マリーダの心情を察しながら、ナバールは言葉を発した。
「成る程、貴公はフーベルグが好かぬのか?」
「いえ個人的感情で申し上げているのではりません。
彼は恐らく現時点でも王党派や元宰相であるファレイラス殿とも
通じているでしょう。 ですので早い段階で彼を処断すべきです」
「そんな事は余も百も承知だ」
「えっ?」
マリーダは予想外の言葉に呆けた声を上げた。
そしてナバールは、彼女の疑問を解くべく持論を述べた。
「彼の者、フーベルグが余に対して、
いや帝国に対して、私心を抱いている事は分かっている。
その上で余はフーベルグを警務大臣に就けたのだ」
「……それはどういう意図があるのでしょうか?
陛下のお考えを是非、お聞かせください」
「単純な話だ。 彼奴は味方にしても厄介だが、
敵に回すともっと厄介だ。 だから彼奴を
どういう形であれ、余の臣下として置いているのだ」
「成る程、でもいずれ敵になるのであれば、
早い段階で処断……謀殺すべきじゃありませんか?」
「だが余は彼奴を殺すつもりはない」
「それは何故でしょうか?」
「いくら皇帝と言えど、
余の好き嫌いで臣下を殺したりせぬ。
余はその方針を今まで貫いてきた。
だが余がここで態度を急変させて、フーベルクを殺してみろ?
臣下や民は一気に余に不信感を抱く事になるぞ。
そうなれば余にも帝国にも未来はない」
「……」
マリーダは皇帝の言葉を聞いて、
自分の浅はかな考えを悔いた。
成る程、流石は皇帝にまでなった人物。
目の先の利益に捕らわれず、
広い視野で物事を見ている。
マリーダはそう思いながら、虚空を見据えた。
「マリーダよ、納得したか?」
「ええ、警務大臣は帝国の獅子身中の虫ですが、
それを踏まえた上で、私も今後は発言する事にします」
「嗚呼、分かってくれたのであれば、それで良い。
まあこのように帝国も内部に問題を抱えている状態だ。
だからマリーダ、余も君には期待しているよ」
「はい、陛下のご期待に応えてみせますっ!」
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一方、その頃。
帝都ガルネスの郊外のフーベルグ邸。
警務大臣ジョナサン・フーベルグは、
幾人かの政治家、貴族を集めて彼等に向けて持論を説いた。
「かつては天才と呼ばれたあの男も
今では只の妄執に囚われた戦争狂に過ぎぬ」
「フーベルク殿、そんな事を仰って大丈夫なのですか?
せっかく警務大臣に取り立てられたのに……」
と、壮年の男性貴族のシャルグレア子爵。
「ふっ、この私がそれをありがたがって、
落ち目のあの男に忠義を尽すとでも……?
あの男――ナバールには既に世の流れが見えてない。
国民が今、本当に望んでいるのは、平和なのだ。
だというのにあの男ときたら、新たな徴兵と言い出した。
その為に各地で農民の不満が爆発していることも知らない」
「た、確かに……」
「これ以上の徴兵は国が傾きかねない」
フーベルグの言葉に同調する政治家や貴族。
フーベルクはさも当然と言わんばかりに、
何処か突き放した口調で言葉を紡ぐ。
「アスカンテレス王国、獣人三国、ペリゾンテ王国は、
自分達の敵はガースノイドではなく、
皇帝ナバール個人と見ているのですよ」
「ふむ、その五国の極秘会議にフーベルグ殿が
ご自分の使者を送られているというのは本当ですか?」
と、シャルグレア子爵。
「その五国ばかりではない。
この私の邸には、再び亡命されたレイル十六世からの
使い、またペリゾンテ王国に滞在中のファレイラス殿からの
使いもちょくちょく訪ねていますよ」
予想外の言葉に周囲の者達が「おお!」と沸いた。
だがそんなフーベルグにも予想外の出来事があった。
それはアスカンテレスの戦乙女の義妹マリーダが
試練を越えて『漆黒の戦女』になった事だ。
正直、彼女の力は未知数だ。
だが状況次第では、また帝国軍に戦局が傾く可能性もある。
それ故にとりあえずは様子見をしながら、
自分がどのような道を歩むかを決める。
フーベルグの生き方は、風見鶏そのものかもしれない。
だがこのような激動の時代においては、
彼のような人間の方が生き残る術に長けているのであった。
次回の更新は2023年12月2日(土)の予定です。
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