第百五十二話 合従連衡(後編)
---三人称視点---
小休止が終わり会議が再開される。
会議の主題は言うまでもない。
デーモン族との同盟に関してであった。
警務大臣フーベルグは相変わらず批判的な態度であったが、
それ以外の者は、皇帝の提案に徐々に賛成の声を上げた。
彼等とて本心からデーモン族との同盟関係に賛成した訳ではない。
だが現実問題として、
帝国軍だけの力で連合軍と再び戦うのは厳しい。
人材面だけでみてもベルナトッド、ネイラール、
レイ、そしてラングの四将軍を失った。
そして帝国軍の士気に関しても不安要素がある。
かつては人心を掌握したナバールだが、
一度は敗れて、離島に流刑された。
それによって彼の側近も国民もナバールが完全無欠の人間でない事を
知った。 無論、ナバールは元々、完全無欠な人間などではない。
だが戦場での数多の彼の活躍によって、
多くの者が彼に対して、幻想を抱いたのである。
だからこそナバールは負ける訳にはいかない。
今すぐにでも他国に対して勝利を収める必要がある。
ナバールだけっでなく、彼の臣下もその事を理解していた。
だから不本意ながらも、デーモン族との共闘に賛成したのであった。
「しかし具体的にどうやって使者をデーモン族の領土に
派遣するのですか? 東にはファーランド、
その更に東にはバールナレス共和国があります。
この二国の領土を越えない限り、
デーモン族と接触する事は難しいと思われます」
「ええ、迂回しようにも南にはペリゾンテ王国。
北東には神聖サーラ帝国が控えておりますからね」
「……確かに」
そう一石を投じたのは、エマーン将軍。
そしてバズレール元帥と総参謀長ザイドも同調する。
彼等が疑問視するのも当然であった。
だがナバールは彼等の疑問を見事に応えた。
「卿等がそう思うのも無理はない。
だが余はこういう時を想定していて、
約五年前から帝都からファーランド、バールナレスに
転移できる転移魔法陣を地下迷宮に用意しておいた。
連合軍の支配下にあるファーランドに直に転移するのは、
少し危険かもしれんが、
帝都からバールナレスに直接転移すれば、
デーモン族が統治している状態なので危険は減るであろう」
「……その転移魔法陣の安全確認はなされたのですか?」
と、シュバルツ元帥。
「いやまだしてはいない。 だが設置した転移魔法陣は
五つ以上ある。 そのうちの一つくらいなら今でも使えるであろう」
「成る程、流石は皇帝陛下。
五年前に有事を想定して、
このような策を練っていたのは流石の一言に尽きます」
「ええ、全くですな」
「……自分も感激しております」
ハーン元帥、タファレル元帥、レジス将軍が感心気に頷く。
「しかし仮に無事に転移魔法陣を使えたとして、
デーモン族が我々の思うとおりに動きますかね?
最悪、使者が殺される可能性もあります」
あくまで否定的なフーベルク。
するとマリーダが聞こえよがしに「ちっ」と舌打ちする。
当然、フーベルクも臨戦態勢を取るが、
その前にナバールが二人を制すように言葉を発した。
「警務大臣の懸念は至極当然である。
それ故に余はこの使者は、自ら名乗り上げた者に任せる。
少なくとも余の独断で使者を決めたりなどはしない」
「成る程、しかしそのような酔狂な者は居ますかね?」
だがそんなフーベルクの疑念が次の瞬間、一蹴された。
「陛下、私で良ければその役目、お引き受けいたします!」
タファレル将軍が自ら名乗り上げたのである。
これにはフーベルクだけでなく、
ナバール、その臣下達も驚きの表情を浮かべた。
「……タファレル元帥、正気かね?」
「警務大臣殿、私は正気ですよ」
「タファレル元帥、その言葉に偽りはないか?」
「はい、皇帝陛下」
「しかし卿は帝国軍の元帥。
その元帥にこのような使者を任せるのは……」
皇帝もタファレルの志願は意外であった。
だがタファレルはそんな皇帝をやんわりと諭した。
「私は一個人としての戦闘力も指揮能力も
それなりでありますが、戦闘力でも指揮能力でも
シュバルツ元帥やハーン将軍に及びません。
ですが交渉役としては、適任と思ってます」
「確かに卿は、如何なる時でも冷静だ。
それでいて自分にも他人にも公正な人間だ。
そういう意味じゃ確かに使者に向いているかもしれん」
「ええ、それに我等が同盟を結ぶ相手はあのデーモン族。
デーモン族は誇り高い種族であります。
それ故に交渉役にはそれなりの人物を必要とします。
ならばここは元帥である私が交渉役を務めれば、
デーモン族もこちらが本気だという事が伝わるでしょう」
「うむ、だが万が一だが奴等が使者である卿を
害する恐れもある。 そう考えるとやはり……」
「仮にそうなったとしても、私は陛下を恨んだりしません。
兎に角、今ここでデーモン族と同盟を結ぶか、どうかによって、
我が帝国の運命も大きく変わるでしょう。
ですのでここは私にお任せ頂けませんか?」
「……」
タファレルの言葉にナバールも思わず黙った。
どうやらこの男は本気のようだ。
それでいて、この男はネルバ島の流刑の際にも
ナーバルに同行した。 それ故に信頼はおける男だ。
「分かった、タファレル元帥よ。
余は卿を信じる事にする」
「……ありがとうございます」
「卿ならば、この大役を必ず果たせるであろう」
「必ずや陛下のご期待、お応えしてみせましょう」
「うむ、では今日の会議はこれで終わりにしようと思う。
警務大臣も不服はないな?」
「……御意」
こうして会議は無事に終わった。
皇帝、その臣下達も一応は納得したようだが、
まだ正式にデーモン族との同盟が成立した訳ではない。
その使者に選ばれたタファレル元帥は、
ある種の覚悟を決めていた。
――この同盟を成立させるか、どうかで帝国の運命が変わる。
――だから私はその為には、あらゆる手を尽す。
――もう後戻りは出来ない。
――ならばこのまま突き進むまでだ!
次回の更新は2023年11月29日(水)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




