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第百四十八話 常闇の儀式(後編)



---マリーダ視点---



「……」


 眼前の戦乙女ヴァルキュリアは剣を構えたまま、こちらをジッと見据えていた。

 どうやら向こうから動くつもりはなさそうね。

 とはいえこちらから攻めるのも少々危険だわ。


 私はネルバ島に島流しされてから、

 数ヶ月ほどひたすら木剣ぼっけんを振り続けたど、

 あくまで我流の剣術に過ぎない。


 対人戦は当然として、基本的な技術も伴ってない。

 更には私は冒険者登録もしていないから、

 契約の際の神の恩恵や能力値ステータスもない状態。


 要するに現時点の私は完全なレベル1という状態。

 対する戦乙女ヴァルキュリアは、幾つもの職業ジョブを上げており、

 実戦経験も豊富でかなりの高レベルでしょう。


 こんな相手に真正面から挑んでも勝てる訳がないわ。

 そう思うと私は次第に見えない重圧感と恐怖心を感じ始めた。


『――どうした? 臆したのか?』


 再び私の頭に男性の声が響いた。

 これは義姉あねのものじゃないわね。

 声からして暗黒神アーディンかしら?


『思いつきで行動したまではいいけど、

 土壇場になって怖じ気ついたのかしら?

 後先考えない貴方らしいわね』


 今度は女性の声が響いた。

 でもこれは義姉あね――リーファの声じゃないわ。


『結局、お前さんは貴族の甘ったれたご令嬢に過ぎないのじゃよ。

 何でもかんでも自分の都合良く物事が進む。

 という甘えた考えの持ち主じゃ。

 でもそれも過去の話、今のお前さんには何もない……』


 今度は老人らしき声が響く。

 な、何なの? これは!?

 心を揺さぶる言葉の数々に、思わず私は戸惑ってしまった。


 ……落ち着くのよ、マリーダ。

 恐らくコレも儀式の一環なのでしょう。

 そして私の心の強さが――精神力が試されているのよ。

 私はそう思いながら、口を真一文字に結んだ。


 ……。

 すると頭に響く声は聞こえなくなった。

 よし、兎に角、心で負けたらどうしようもないわ。


 私は確かにあらゆる面で義姉あねリーファに劣っていた。

 これは私の能力が低いというよりかは、

 リーファの能力が非常に高かったというべきだあろう。


 学問、剣術、行儀作法、ダンス、その他諸々。

 兎に角、リーファという女性はなんでもそつなくこなした。

 最初の頃は私も彼女のその姿に憧れた。


 だが彼女は私に対して、大して興味を抱かなかった。

 あるいは徹底した無関心だったのかもしれない。

 私はそれを自然に感じ取った頃には、

 彼女に対して強い嫉妬心と言い知れない敵愾心を抱いた。


 だがその結果、私は破滅に追いやられた。

 かつての私は浅ましい方法で彼女を追い落としたが、

 結果的にはこちらが倍返し以上の痛手を負わされた。


 それに関しては、今では自業自得だと納得している。

 でもこうして再び私はリーファと対峙する事となった。

 だが今の私は彼女に対して、恨みや怒りという感情は抱いていない。


 ただ彼女は私が超えなければ行けない壁だ、と思っている。

 このままでは余りにも自分が惨めだ。

 そう思って木剣ぼっけん片手に剣術の真似事をしたが、

 所詮、真似事は真似事に過ぎない。


 こうして対峙してみると、

 リーファの放つ闘気オーラと重圧感の凄さが痛いほど分かる。

 結局、私はこの女に一生勝てないのであろうか?


 嫌だ、そんなの絶対に嫌だ。

 私はリーファの踏み台、あるいはそれ以下の存在。

 なんていう残酷な現実を受け入れたまま、生きたくない。


 だから絶対に心では――精神力では負けてはならない。

 私は勝つ、勝つ、絶対に勝つ!

 負けない、負けない、絶対にリーファに負けないわ。


 私は心の中でそう強く叫んだ。

 すると周囲に黒い渦が生じて、私の身体に巻き付いた。

 ……漲る、力が漲ってくるわっ!


『そうだ、戦いにおいて何より重要なのが闘争心だ。

 これが無ければ、戦う事は出来ない。

 だから常に自分が戦う理由を探し続けるんだ!』


 この声は暗黒神アーディンね。

 そうね、コレに関してはアーディンが正しいわ。

 だから気持ちの上だけでも絶対に相手に負けちゃいけないわ。


 私がそう思うなり、私の身体に巻き付いた黒い渦が

 研磨された針のような鋭くて力強い闘気オーラと化した。

 これが闘気オーラなのね。

 この力があれば眼前の戦乙女ヴァルキュリアにも――


「っ!?」


 と思った矢先に眼前の戦乙女ヴァルキュリアが物凄い闘気オーラを発した。

 その全身から発せられた光の闘気オーラ大気をビリビリと震わせる。

 こ、このパワーはとんでもないわ。


 いざこうして対峙して見て初めて分かった。

 私の闘気オーラよりも何段階か上の闘気オーラのように思える。

 こ、こんな相手に戦わなくちゃいけないの!!


『だったら諦めたら? どうせ勝ってこないわ』


『ああ、戦うだけ無駄だ、ならば痛い思いをする前に身を引くべきだ』


 先程の男性と女性の言葉が再び頭に響いた。

 ……そう、今までの私ならこの言葉に素直に従ってたでしょう。

 でも私はもう覚悟を決めたのよ。


 この女に――リーファに勝てるなら、

 自分の生命力と魂と暗黒神アーディンに捧げても構わない。

 だから絶対に諦めない、絶対に諦めないわ。


 勝つ、勝つ、勝つ。

 絶対に勝つ、絶対に勝ってみせるわ!

 私は心の底から強くそう願った。


『そうだ、その諦めない心も大事なのだ!

 どんな状況でも諦めない不屈の闘志。

 それがなければ本当の勇者ゆうしゃとは言えない。

 だから常に深く自分の心に刻み込め!

 絶対に諦めず、何としても勝とうとする心を忘れるな!』


 成る程ね。

 諦めない心か。

 確かに今までの私には欠けていた感情だわ。


 過去の私は基本的に全て他人任せ。

 何をするにも他人頼り、典型的な貴族の令嬢。

 そのくせ、身の程をわきまえない愚か者。


 その結果が僻地に流刑。

 それである程度、自分自身を悔い改めたけど、

 気付いた頃には私は何もかも失っていた。


 だから私はこの惨めな状況から脱出できるのであれば、

 どんな厳しい状況にも耐えてみせるわ。

 そうでないと自分の人生があまりにも惨めすぎる。


「はあぁぁぁっ!!」


 私は声を張り上げて気勢をあげた。

 すると私の闘気オーラは更に強まり、

 それと同時にリーファを覆う闘気オーラが弱まった。


 ……勝てる。

 この状態ならこの私でも目の前のリーファに勝つ事が出来る。

 私は両手で『戦女ヴァルキリーの剣(ソード)』を構えながら、

 腰を落として、摺り足で間合いを詰めた。


 だが眼前の戦乙女ヴァルキュリアは、まるで動じた素振りを見せない。

 自信満々の表情で冷めた視線でこちらを見据える。

 この視線よ、私は常にこの視線を浴び続けた。


 でももう負けないわ。

 こんな事くらいで負けてたまるものですか!


「せいやぁぁぁっ……あああぁっ!!」


「あああぁぁぁッ――――――――!!」


 黒い閃光が走り、頭の天辺から股下まで一直線に刻まれた剣線に、

 眼前の戦乙女ヴァルキュリアは、絶叫しながら、地面に倒れ込んだ。

 すると切断された戦乙女ヴァルキュリアの身体が

 白い霧状に分解し、周囲に霧散した。


「ハア、ハア、ハア……」


『見事だ、マリーダよ!

 そう大事なのは行動に移す事なのだ!

 頭の中でばかり考えず、身を持って行動する。

 行動した者によってしか見えない光景があるのだ!』


「そうね、アーディン。 貴方の言う通りよ。

 私の中でリーファという存在が肥大化していたけど、

 いざこの手で剣を振ったことで、

 その幻想を打ち砕く事が出来たわ」


『嗚呼、マリーダよ。 これで貴公は常闇とこやみの儀式を無事終えた。

 後は自分とそして少数の愛する者を信じて、我が道を進むが良い』


 少数の愛する者、か。

 そうね、自分以外にも大事な存在は必要ね。

 ならばここまで連れてきてくれた皇帝陛下には感謝すべきね。

 

 いいわ、私は私自身の為だけでなく、

 彼――皇帝陛下の為にも戦ってみせるわ。


 私がそう思うなり、纏われた闘気オーラが更に強まった。

 そして全身から溢れんばかりの力が漲ってきたわ。

 これが『漆黒ブラックの戦女(・ヴァルキリー)』の力なのね。


 この力があれば、あの女に――リーファに勝てる!

 そう思うだけで私は自然と笑みを浮かべた。

 でもそれはきっと歪な笑みだったでしょうね。


 だけどそれでも構わないわ。

 リーファに勝てるなら、私は全ての犠牲を払ってもいいわ。


 こうして私は『漆黒ブラックの戦女(・ヴァルキリー)』となった。

 その結果、かつての義姉と血みどろの死闘を演じる事になるでしょうけど、

 私の中では後悔という二文字は存在しなかった。



次回の更新は2023年11月19日(日)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 日に日に強くなっていく、帝国軍。 黒幕風のセリフにして言うと、まだまだ楽しませてくれそうですね。 リーファの敵も増えて、どうなることやら。 ナバールも、国としては必要…
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