第百四十七話 常闇の儀式(中編)
---マリーダ視点---
……。
意識が回復した時、私は真っ黒な空間の中に居た。
ここは何処? 死後の世界? それとも地獄?
よく見ると視界の中央に目映い光が見えた。
『目覚めたか、マリーダよ!』
「……アナタは誰?」
『我は暗黒神アーディン』
凜とした男性の声が脳裏に響く。
成る程、どうやら儀式は成功したみたいね。
「ここは何処? やっぱり地獄かしら?」
『ここは生と死の狭間の世界だ。
それ故に神である我が余の魂に干渉できるのだ』
……どうやら嘘ではなさそうね。
私の身体も目映い光に覆われており、
透明人間みたいな状態になっているわ。
『貴公にもう一度問う。 貴公は力を欲するのか?』
「ええ、私も安易な覚悟で儀式に挑んだ訳じゃないわ。
私はあの女――戦乙女に勝ちたい!
だから暗黒神アーディン! アナタの力を貸して頂戴」
『では貴公は我に何を捧げる?』
捧げるって何を?
やはり生命力や魂かしら?
『――そうだ!』
「え? アナタは私の心を読めるの?」
『ああ、貴公は我の心を読めぬが、
我は貴公の心を読むことが出来る!』
……。
成る程、こちらの考えは筒抜けなのね。
ならばここは変に駆け引きせず、
嘘偽りのない私の本音をぶつけるわ。
「幾つか質問して、宜しいかしら?」
『嗚呼、だが内容によっては回答を拒否する。
それでも構わぬなら、質問するが良い』
「それで構わないわ。
捧げるも物は何? やはり生命力と魂かしら?」
『嗚呼、生命力や魂を捧げる事によって、
貴公は我の眷属となり、闇の力を受け継ぐ事が出来る』
「そうすれば『漆黒の戦女』になれるのかしら?」
『嗚呼、但しそれ相応の生命力と魂を捧げる事になる』
「例えば平均的な『漆黒の戦女』になる為には、
どれぐらいの生命力と魂を捧げる事になるのかしら?」
『そうだな、大凡で生命力三十年と百年間の魂を捧げる必要がある』
……。
成る程、意外と代償は少なく……ないわね。
寿命が三十年縮んで、魂が百年も束縛される。
これはなかなかの代償と言えるでしょう。
『……何の代償もなしに力を得る事は出来ぬ』
「勿論、分かっているわ。
だから端的に聞くわ。 今の戦乙女に勝つ為には、
生命力と魂をどれだけ捧げる必要があるかしら?」
『……本当に端的だな。
そこまで戦乙女に勝ちたいか?』
「勝ちたいわ!」
私は大声でそう叫んだ。
これは嘘偽りのない本心よ。
私はその為、ネルバ島から帝都ガルネスまでやって来た。
『そうか、ならば我も嘘偽りのない言葉で応じよう。
貴公が今の戦乙女に勝つためには……。
生命力六十年と五百年間の魂を捧げる必要がある!』
「なっ!?」
私は想わず驚きの声を上げた。
流石にはこれは想定外の数値だったわ。
寿命が六十年、魂が五百年間。
これは契約した時点で私の未来がほぼ失われる事になる。
特に寿命以上に魂が五百年間も束縛されるのが辛い。
恐らく地獄か、煉獄で五百年過ごす事になるのでしょう。
『嗚呼、正確には煉獄で五百年間、
無間地獄に漂う事になる』
「む、無間地獄!? そ、それは何っ!?」
『痛みも苦しみもない。 当然、喜びもない。
ただ無感情のままに五百年間を煉獄で過ごすのだ』
「……ある意味、下手な地獄よりキツいわね」
『嗚呼、喜怒哀楽があってこその人間。
それが失われたら、人間は人間でなくなる。
マリーダよ、貴公はそれでも戦乙女に勝ちたいか?』
「勝ちた……」
そう言いかけて言葉が詰まった。
想像以上に厳しい契約条件だわ。
五百年間という期間はあまりにも長いわ。
だけどこのまま何もしないわけにもいかない。
『どうした? 臆したか?』
「そうね、正直ちょっと……ううん、かなり怖いわ。
でもどうせ今更引き返す訳にはいかないわ。
だから……だから私はその条件でも受けて立つわ!」
どのみちこのままでは私の人生に未来はない。
ならば例えどんなに過酷な運命が待ち受けて他としても、
私は前へ進む、前へ進むしかないのよ!
「勝ちたいわ! 戦乙女に勝ちたい!
その為にはありとあらゆる犠牲を払っても構わないわ!」
『貴公の覚悟は分かった。
良かろう、貴公を我の眷属として迎えよう!』
暗黒神アーディンがそう告げると、私の身体が眩い光に包まれた。
うわっ……うわあああぁっっ!!
凄い、物凄い力が全身から溢れてくるわ!
これが『漆黒の戦女』!!
「これが漆黒の戦女の力なの!?」
『そうだ、それが漆黒の戦女の力だ!』
「暗黒神アーディン、ありがとう……。
これならばあの女に、戦乙女に勝てそうだわ!」
私は興奮状態の中、そう御礼の言葉を告げた。
だが暗黒神アーディンは変わらぬ口調で言葉を紡ぐ。
『まだ我から貴公に与える物がある。
魔剣と鎧、そして盾を与えよう、ふんっ!』
「っ!?」
暗黒神アーディンがそう言うなり、
私の右手に漆黒の剣が握られていた。
重量は通常の剣とそんなに変わらないわね。
でも分かるわ。
この剣はとてつもない力と魔力を有している。
恐らく魔剣の類いね。
そして私は漆黒の剣の鞘に手をかけた。
漆黒の剣は鞘から抜かれて、
露わになった刃が宝石のような美しい輝きを放っていた。
すると魔剣の刃に強烈な魔力が生じた。
「す、凄い。 何という魔力なのっ!?」
『その魔剣は戦女の剣だ。
硬度はオリハルコン級、
切れ味は抜群で闘気を篭めたら、
大抵の物を斬る事が可能であろう。
刀身に魔力を篭めて振れば、
闇の波動や闇火が放たれて、標的を一掃できるであろう。
自動再生機能もあるから、
その魔剣が壊れる事はまずない……』
「これは凄い贈り物ね」
『次は鎧と盾を渡そう』
暗黒神アーディンがそう云うと、
私はいつのまにか漆黒の鎧を纏っていた。
更には眼前に黒光りした漆黒の盾が現れた。
私は左手を伸ばして、その漆黒の盾を手に取った。
そんなに重くはないわね。
でもこの盾からもとてつもない魔力が発されているわ。
『その鎧と盾は『常闇の鎧』と『常闇の盾』だ。
硬度、魔法耐性共に最高クラスの代物だ。
自動再生機能もついてある。
またその盾に魔力を篭めれば、
自分を中心に結界や対魔結界を張る事が可能だ。
更には魔法の反射、標的の魔力を吸収する事も出来る』
「この鎧と盾も凄いわ。 これならば戦乙女に勝てるわ!」
『うむ、その力があれば戦乙女相手でも
互角以上の戦いが出来るであろう』
「ええ、必ず勝ってみせるわ!」
『うむ、では最後の試練を与える!
この試練を乗り越えねば、
正式に『漆黒の戦女』に成れはせぬ。
それ故に心してかかるが良いっ!』
暗黒神アーディンがそう言うなり、
前方に物凄い魔力の渦が発生した。
私は釣られて前方に視線を向ける。
するとこの真っ黒い空間の中で、
前進から目映い光を放つ人影が現れた。
金髪碧眼、白皙、眉目も秀麗。
セミロングの金髪を黒のシュシュでまとめたポニーテール。
身長は170セレチ(約170センチ)前後
黒の半袖のインナースーツの上から、
白銀の軽鎧を装着している。
そして背中に裏地の黒い白マントを羽織るという格好。
そう、言うまでもない。
目の前に立っているのは戦乙女だった。
成る程ね、己に打ち勝つ為か。
あるいは私の覚悟と精神力を見極めるつもりか。
いずれにせよ、眼前の女と戦えというわけね。
いいわ、ならばこの勝負受けて立つわ!
「来るが良い、アスカンテレスの戦乙女よ!」
私はそう言って、左手で『常闇の盾』を構えながら、
右手に『戦女の剣』を持ちながら、
腰を低く落とした。
この勝負、必ず勝つ、勝ってみせるわ!
次回の更新は2023年11月18日(土)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。
 




