第百四十六話 常闇の儀式(前編)
---三人称視点---
ガルネス城の地下にある大きな地下宮殿。
その地下宮殿の広場には、
とても地下とは思えない程の大きな空間が広がっていた。
天井には魔石の結晶が散らばっており、
夜空の星のように輝いている。
石壁と一体化した造りの地下宮殿は、
魔石灯やランプのライトアップで綺麗に照らされていた。
そして広場の中央部に大きな魔法陣があった。
直径にして三十メーレル(約三十メートル)、高さ一メーレル(約一メートル)はあるだろうか。
その大きな魔法陣の上に巨大なアーチが掲げられている。
そのアーチの裏側にも、隙間なく呪文が刻まれていた。
そしてその魔法陣の周囲に皇帝ナバールとその側近。
また黒い胴衣やローブを纏った魔導師らしき集団の姿があった。
広い空間ではあるが、合計で三十人以上居るので、
何とも言えない圧迫感があったのも事実。
またそれだけでなく張り詰めた緊張感も漂っていた。
「本当に貴様等の言うとおりにやれば、
漆黒の戦女が誕生するのだな?」
「皇帝陛下、その通りでございます」
黒い法衣を纏ったヒューマンの高齢の老人が大きく頷いた。
だが彼等を見るナバールの視線は険しかった。
その理由は幾つかあるが、その大きな理由の一つとしては、
彼等が地下に潜んだ黒魔術のギルド及び暗黒神の信徒であっらからだ。
ナバールはサーラ教に対しては、厳しく取り締まっていたが、
基本的には信教の自由を赦していた。
だが彼等のような黒魔術のギルド及び暗黒神の信徒には厳しかった。
一国を治める皇帝としては、真っ当な対応と言えた。
だが今回に限っては、己の信念を曲げてまで彼等の助力を請うた。
その理由は言うまでもない。
漆黒の戦女を誕生させる為だ。
その為には己の信念も曲げる。
それはナバールの君主としての強さでもあった。
「その前、陛下。 本当に我々の身の保障をして頂けるのですか?」
黒い法衣を纏ったヒューマンの高齢の老人。
黒魔術のギルドの長である大魔導士グラリオンがそう問う。
するとナバールは鷹揚に頷いた。
「余も一国の君主である。
それ故に約束事は必ず守ろるつもりだ」
「……そのお言葉信じていいのですね?」
「くどい! 二度も言わせるなぁっ!」
「……申し訳ありませんでした」
「それで貴公等の言うとおりに儀式を行えば、
漆黒の戦女を降臨させれるのか?」
「はい、但し対象者の協力は欠かせません。
この常闇の儀式は肉体にも精神にも強い負担がかかります。
なので対象者はそれらの負荷に耐える必要があります」
淡々と答える大魔導士グラリオン。
その言葉を聞いて、ナバールはマリーダに視線を向ける。
「どうだ、マリーダ? 儀式に耐えられそうか?」
「正直分かりませんわ。 だからお尋ねしますわ。
どうすれば儀式に――常闇の儀式に耐えれますか?」
「そうですな、やはり強い怒りと憎しみですね。
漆黒の戦女は、戦乙女と対極的な存在。
怒りと恨みの力を糧としますが、
それだけだと常闇に呑み込まれてしまいます」
と、大魔導士グラリオン。
「……それ以外には何が必要ですの?」
「強い信念ですな。 己の目的の為にはどんな試練も耐える。
その心意気が大事です。 アナタにはそういった信念がおありですか?」
「……ありますわ。 私は何としても戦乙女に勝ちたい!」
「それは何故ゆえに?」
「……私の人生は彼女と出会って、良くも悪くも変わった。
彼女に対して恨みや憎いという感情もありますが、
それだけじゃありませんわ。 私はあの女に勝ちたい!
そうする事で私はあの女から解放されるのですわ」
「つまり戦乙女に勝ちたい。
その為ならどんな試練に耐える、という事ですね」
マリーダは大魔導士グラリオンは「こくり」と頷いた。
「良かろう、ならば試練に打ち勝ってみせよ。
そうすれば貴公は戦乙女に対抗する力を得られる」
「分かりましたわ」
「……それでは魔法陣の上に乗りたまえ!」
「はいっ!」
マリーダは大きな声で返事して、魔法陣の上に乗る。
それと同時に黒魔導師が、魔法陣の近くに歩み寄る。
魔導師達は機敏に動き、それぞれ等間隔に、魔法陣の周囲に並んでいく。
「――常闇の儀式開始! 魔力を注ぎ込め!」
「はっ! 魔力解放!」
集められた黒魔導師達が、一斉に両手で魔法陣に触れた。
魔力を篭められた魔法陣が、眩く光りだす。
黒魔導師達が次々と両手から魔力を注ぎ込むなり、
魔法陣はどんどんと輝きを増していった。
魔法陣は白、青、紫、黒と色を変えていく。
するとマリーダの頭上に黒い光が生み出された。
そしてその黒い光が、マリーダの身体を包み込む。
「うっ、うっ、ううっ!?」
黒い光がマリーダの身体を焦がす。
それと同時に走馬灯のように様々な記憶が蘇る。
亡き実父カルロスと実母アクアとの楽しい幼少期の思い出。
だがそれも実父が馬車の事故で死亡して事態が一変した。
実母アクアはマリーダにとっては、
良い母親であったが、後先考えない浪費家であった。
実夫カルロスが生きていた頃の華やかな生活が忘れられず、
生活水準を下げる事が出来ず、
亡き夫の遺産をあっという間に食い潰した。
だがアクアは良くも悪くも社交的な女性であった。
そして夜会で知り合ったハイライド侯爵に急接近。
それからあの手この手を使って、
ハイライドの後妻の座を射止めた。
だがそこでマリーダの前にリーファが現れた。
才色兼備の美人の侯爵令嬢。
何をやらせてもマリーダより上手くこなした。
マリーダは最初はリーファにすり寄ったが、
彼女は露骨にマリーダを嫌って、義妹との交流を拒んだ。
それはマリーダにすれば、赦しがたい行為であった。
そこから先は周知の事実。
マリーダは実母と結託してリーファに嫌がらせを続けた。
彼女の許嫁を奪ったのも、
愛情からではなく、嫌がらせの延長線上の行為だ。
だがマリーダはその許嫁と共に、
戦乙女となったリーファに完膚なきまでに叩き潰された。
そこから転落に転落を重ねて、
気が付けばネルバ島に流刑されていた。
そこでマリーダはようやく自身の過ちを悔いた。
もっと上手いやりようはあったのではないか。
少なくともリーファを敵に回したのは間違いであった。
でもその事実に気付くのがあまりにも遅かった。
そこから半ば人生を放棄しながらも、
海辺の傍で木剣を振り続けた。
その時、マリーダの頭に謎の声が聞こえてきた。
『――憎いか、自分をこうした義姉が憎いかっ!?』
「えっ!?」
頭の中に壮年の男性と思われる謎の声が響いた。
『憎ければ、もっと強く憎め! それが己の糧になるっ!!』
――私は力が欲しい。 力が……欲しい。
――誰にも負けない力が欲しい!!」
マリーダは胸中で強くそう念じた。
すると、頭の奥から誰かが語りかける。
『汝、力を求めるか』
一瞬何だと驚いたが、マリーダは首を縦に振り肯定する。
――欲しい。 力が欲しい。 誰にも負けない力が欲しい。
マリーダは目を閉じて、呪文のようにそう囁いた。
『力を得てお前はどうする?
己の欲望のままに暴れるか?
それとも誰かの為にその力を使うか、
だがどちらにせよ暴力は暴力。
例えどのような理由があれど、その本質は変わらん。
だがそれでもお前は力を求めるか?』
何者かの声にマリーダは奥歯を噛み締めて答える。
――それでも欲しい。だけど自分の欲望の為じゃない。
――人の為に――大切な人を護る力が欲しい。
――例えそれが間違いでも構わない。
――無力のまま何も出来ないのは嫌だ。
――例え間違いでも大切な人を救えるなら、
――私はそれでも構わない。 何の代償もなしに力は得られない。
――そんな事はわかっている。
――だからどのような代償を払おうと構わない。
――だから……。
突如、マリーダの背中が熱く疼いた。
背中が心臓の鼓動のように脈打つ。
――それでも汝は力を求めるか。
――なら我が名を叫べ!! お前の中に我を解き放て!!
――我が名は……
――我が名はアーディン、悠久の時を生きる力の波動!
――さあ。
全身に充満した熱気が、
全身を駆け巡り、マリーダは両眼を大きく見開いた。
「う……お……おおおおおおぉぉぉ――ッ」
全身から魔力が迸り、マリーダの周囲の大気がビリビリと揺れ
――さあ、我が名を、叫べ、そうすればお前の精神と我が共振する。
――そしてお前は無限の力を手に入る。
――誰にも負けない力、 お前が望む力を与えられる。
――だから
マリーダは仁王立ちになりながら、脳裏に浮かんだ名前を叫んだ。
「来てっ、アーディン――――――――!!」
そこでマリーダの意識は暗転した。
次回の更新は2023年11月15日(水)の予定です。
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