第百四十四話 一年天下の始まり(後編)
---三人称視点---
再度、ガルネス城に舞い戻ったナバールとその側近。
その二階の玉座の間で、玉座に腰掛ける皇帝ナバール。
こうして再び玉座に座れる事に少ならずの感銘を受けたが、
その余韻に浸る事なく、ナバールは眼前のシュバルツ元帥に問うた。
「皇后は余の許に戻らぬと申すのか!
どういう事だ! 彼女はウィーラーで軟禁状態なのか!?」
「いえ……実は……」
シュバルツ元帥は言葉を選びながら。
既に皇后マリベルには、
美男子の侍従武官がついており、
お互い好意を持っている、と事実を伝えた。
「な、何っ!?」
これにはナバールも堪えたようだ。
表情を曇らせて、玉座に座りながら両膝を揺すらせた。
「恐らく国王ミューラー三世か、宰相のヘッケルの差し金でしょう。
陛下からのお手紙も全て差し押さえられており、
皇后様はもう陛下に忘れられたと誤解されているようです……」
「もう良い! それ以上は聞きたくもない!」
ナバールは玉座から立ち上がり、怒鳴り声を上げた。
そして皇后の事は諦めて、次は皇太子について問い質した。
「では皇太子は……ナバール二世はどうなっているのだ!
皇太子だけでも余の許に戻らせる必要があるっ!」
「そ、それは……」
言葉を濁すシュバルツ元帥。
「どうした!? 皇太子も余の事を忘れたと申すのか!
母親と一緒にその侍従武官と暮らしているのか!?」
「……皇太子殿下は、皇后様から引き離されて、
ウィーラーのジェーンブルク宮殿で軟禁状態にあります。
万が一にもナバール派に担ぎ上げられないように、
陛下から遠ざけようというミューラー三世の策略でしょう」
「……」
予想外の状況に戸惑うナバール。
そんな彼を刺激しないように、シュバルツ元帥が冷静に事実を告げる。
「皇太子殿下をこのガルネスに取り戻すには、
ペリゾンテ王国を相手に戦うしかございません」
「……今、ペリゾンテと戦うという事は、
再度、連合軍と戦う必要があるだろう。
良かろう、それが必要であるならば余は戦うぞ!
徴兵だ! ガースノイド全土から兵士を集めるのだ!」
「……分かりました。 部下にそう伝えておきます。
しかし戦争となると、我々もある程度、人員を
整える必要があります。 特に作戦の中枢を担う
総参謀長は必須でしょう」
シュバルツ元帥の言葉でナバールの表情が変わった。
さっきまでは亭主、父親としての顔を覗かせていたが、
いざ軍務、戦争の話となると、彼本来の武人の顔となった。
「確かに誰かを総参謀長に就ける必要があるな」
そう言ってナバールは視線を周囲に向けた。
シュバルツ元帥の他、新たに元帥となったタファレル元帥。
それとハーン元帥とバズレール元帥、エマーン将軍、レジス将軍。
そしてかつての親衛隊長ザイドの姿も見えた。
「現警務大臣殿はいかがでしょうか?」
タファレル元帥が控えめな声で提案するが、
ナバールは首を左右に振って、拒絶する。
「駄目だ、もうあの男は信用できない。
本当ならば警務大臣の職も解きたいところだが、
彼奴を敵に回すと厄介だからな」
「……確かに」と、タファレル元帥。
するとナバールはその鳶色の瞳でザイドを見据えた。
「ザイド!」
「御意!」
「貴公は元親衛隊長だから余の事をよく熟知している。
だから新たな総参謀長として、貴公を余の傍に置く事にする!」
「了解致しました!」
大胆な抜擢であったが、悪くはない人選であった。
そして残りはシュバルツ元帥、タファレル元帥。
それとハーン元帥とバズレール元帥、エマーン将軍とレジス将軍。
この四元帥と二人の将軍を軸にして戦うべきであろう。
だがこう言っては何だが全盛期の帝国軍に比べたら、
やや見劣りする顔ぶれとも言えなくない。
そこでナバールはしばし沈思黙考する。
――正直言ってこの顔ぶれでは少々心許ない。
――思えばネイラールやラングは余の忠臣であった。
――その二人を倒したのは、あの戦乙女。
――戦乙女を倒さない限り、帝国の勝利はあり得ぬ。
――だがそれが至難の業。
――何か策は……対抗策はないのか!
「陛下、いかがなされましたか?」
と、シュバルツ元帥。
それに対してナバールは己の胸中を口にした。
「端的に云おう。 あの戦乙女に勝たない限り、
我が帝国の勝利はない、何か策はないか、何か……」
「……あるかもしれません」
「な、何っ!?」
シュバルツ元帥に両眼を見開くナバール。
彼はこのような冗談を言うタイプではない。
だからナバールは興奮気味に問い質した。
「本当にそんな策があるのかぁ!?」
「あると思えばあるかもしれません」
「ええいっ! 勿体つけるな! ハッキリ申せっ!」
「眼には眼を、歯には歯をです……」
「だからどういう意味だ!?」
するとシュバルツ元帥が落ち着いた口調で述べた。
「戦乙女の対局的存在である
漆黒の戦女を誕生させるのです!」
「な、何っ!? 漆黒の戦女だとっ!?」
予想外の言葉に驚くナバール。
そしてシュバルツ元帥を除いた元帥、将軍も明らかに驚いていた。
戦乙女の対局的存在。
漆黒の戦女。
謎は深まる一方だが、皇帝と帝国軍に一筋の光明が差したように思われた。
こうしてエレムダール大陸に戦乱の嵐が再び吹き荒れようとしていた。
次回の更新は2023年11月11日(土)の予定です。
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