第百四十三話 一年天下の始まり(前編)
---三人称視点---
ハーン将軍の裏切りはある意味、
歴史の転換期だったと言えるであろう。
もしここでハーン将軍が寝返えらなかったら、
ナバールが再び帝位に就く事はなかったかもしれない。
だが幸か、不幸か、天はナバールに味方した。
それと同時に新王朝に激震が走った。
聖歴1756年11月5日。
王都ガルネスのガルネス城に陣取っていた
レイル十六世はこの理不尽な裏切りに怒りを露わにした。
「ハーン将軍め、まさか余を裏切るとはっ!
奴は背徳の卑劣漢だ! 余は絶対に奴を赦さんぞ!」
彼の怒りには正当な理由があった。
だが事態はそんな事を気にしている場合ではなかった。
そして国王の側近の一人が冷静な口調で助言する。
「陛下、このガルネス城はもう危のうございます。
ナバールは続々と部隊を膨れ上がらさせております。
その勢いに乗って王都へ進行中でございますから」
「な、何て事だ! 十数年ぶりに祖国に戻ったらと思ったら、
たった一年足らずで王座を追われるとは……糞っ!!」
「最早そんなことを仰ってる場合じゃございません。
一刻も国境へ! そうでないと陛下の身が危のうございます」
「うっ、うっ、うっ……」
こうしてレイル十六世は幾人かの部下と従僕を連れて、
耐魔力も高い豪奢な馬車に乗って、国外に退去した。
その一方でナバールとその軍勢は、
ガルネス市民の熱狂的な声に迎えられた。
「皇帝陛下万歳!」
「帝国万歳っ!」
口々にそう叫ぶガルネス市民。
そして聖歴1756年11月9日。
ナバールは市民に支持された形で再びガルネス城に入城を果たした。
翌日の11月10日には組閣が行われて、
フーベルグを初めとした幾人かが返り咲きを果たした。
そして今やナバールにとって政敵となったファレイラスは、
未だにペリゾンテ王国の王都ウィーラーにあった。
こうして後に『一年天下』と呼ばれるナバールの第二次帝政時代が始まった。
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ナバールの『一年天下』は、新憲法の発布から始まった。
言論、信仰の自由を認め、サーラ教会を初めとした
他宗派の宗教組織との和解の道を示した。
また君主としての権力を大幅に制限して、
自由主義的憲法にナバール自らが譲歩した。
それは一見立派な事に見えたが、
ナバール自身の気力と覇気の衰えと地位の危うさの現れでもあった。
そしてペリゾンテ王国のホーランド宮殿に集結していた各国、
各種族の代表者達は、早速ナバールに対して対策会議を行った。
「ナバールをガースノイド皇帝としては絶対に認めない。
それだけは絶対に認めてはならない!」
最初にラミネス王太子がそう言い放つなり、
他の代表者達も声を上げて賛同し始めた。
「彼奴をエレムダール大陸の平和を脅かす敵として、
法の外に置くことを確認しようではないか」
と、宰相ヘッケル。
「その為にも我等は対ナバール同盟を維持したまま、
力を合わせてナバールとその軍隊に対して備えるべきだワン」
と、シャーバット公子。
「ウニャ、ではデーモン族の問題は一度置いておいて、
各国が対ナバール戦に向けて、戦争の準備態勢に入るべきであろう。
それで宜しいですかニャ、ファレイラス殿?」
ニャールマン司令官がそう言うなり、
周囲の者達の視線が自然とファレイラスに向けられた。
だがファレイラスは動じる事なく、毅然とした態度で応じた。
「私もあの戦争狂に対して、反旗を翻しました。
最早、今更後戻りなど出来ません。
故に私も皆様と協力して、打倒ナバールに全力を尽します。
ところでヘッケル殿……」
「何でしょうか?」
「ペリゾンテ王国はマリベル皇后の処遇をどうなさるおつもりですか?」
確かに皇后と皇太子の問題も重要事項であった。
だが宰相ヘッケルは、淡々と自身と自国の方針を述べた。
「その事なら心配いりませぬ。
我が国は二度とマリベル様をナバールの許に帰すつもりはりません。
尤も当のマリベル様も既にナバールの事などお忘れでしょう」
「成る程、十分な対策を講じているようですな」
と、ラミネス王太子。
「ええ、こういう時に備えて予め策は打っておきました」
「いずれにせよ、我々としては歓迎すべき状況ですね」
と、ジュリアス将軍。
「うむ、今一度あの怪物に対して、
戦いを挑まなければならぬだろうから、
我等の同盟を揺るぎないものにすべく、
各国、各種族の結束力を高める必要がありますな」
「ああ、私もラミネス王太子の言葉に賛成ワン」
「うん、ボクもニャン」
「私もです」
ニャールマン司令官とジュリアス将軍も賛同したところで、
その他の首脳部も「ああ」や「うむ」と頷いた。
こうして連合軍による対ナバール同盟が再度正式に結ばれる事となった。
連合軍と帝国軍。
その両軍の再戦の機会はまもなく訪れようとしていた。
次回の更新は2023年11月8日(水)の予定です。
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