第百三十五話 戦乙女(ヴァルキュリア)の謎(前編)
---主人公視点---
翌日の5月16日。
私はとりあえず腹を満たす為に、
邸の一階の食堂で朝食を取る。
メニューはライ麦パン、ベーコンエッグ、ポテトサラダに牛乳。
「お嬢様、午後から図書館へ行かれるのですか?」
「ええ、アナタも同行して頂戴」
「了解致しました」と、アストロス。
「お姉ちゃん、オイラも行きたいワン!」
「ジェイン、気を悪くしないで欲しいんだけど、
図書館は公共施設だから、
ヒューマン領で犬族が出入りする事は歓迎されないわ」
「そっか、仕方ないワン」
しゅんとするジェイン。
まあ少し可哀想だけど、これは仕方ないわ。
アスカンテレス王国は、比較的に先進国と言えるけど、
国民の大半がヒューマンである為、
他種族が王都や公共の場に出入りする事を好まない。
だから図書館巡りには、ジェインは連れてけないわ。
「まあ屋敷内で良い子にして待ってて!」
「ウン、そうするだワン」
「じゃあアストロス、小休止したら王立図書館へ行くわよ」
「はい、お嬢様」
午後十三時。
私とアストロスは、王都の中央広場へ向かい、
そこから王立図書館へと足を運んだ。
ここが一番近い上に蔵書量も多いから、一番よく活用しているわ。
王都アスカンブルグの大学図書館は、
冒険者の証を見せれば、ほぼ顔パスで利用できるけど、
私が知りたい「戦乙女に関する書物」は少なかった。
と言っても、この王立図書館でもそれらに関する本はそれ程多くはない。
私達は受付の女性の司書に身文証明証を見せて、図書館の中に入る。
中に入ると、図書館特有の本のにおいがした。
インクが染み付いた紙の独特の臭い。
ここ数日でこの臭いも嗅ぎ慣れてきたわ。
私達は、司書の女性に軽く挨拶をし、奥へと進む。
入口付近には机やテーブルが並んでおり、奥には本棚がずらりと立ち並んでいた。
見渡す限り本、本、本の山。 流石は王都の王立図書館ね。
とりあえず私達は近くのテーブルの椅子に腰をかけた。
「お嬢様、それで今日は何をお調べになるんですか?」
「戦乙女についてよ」
「成る程、ここの所、ずっとそうですね。
何か気になる事でもあるんでしょうか?」
「ええ、少しね……」
最近はこうしてアストロスに図書館巡りに付き合ってもらってるけど、
彼にはまだ私の本当の目的は教えてないわ。
彼を信用してない訳じゃないけど、
私が戦乙女に関する書物を読み漁ってる事を
ラミネス王太子やその側近、サーラ教会の関係者に知られたくないわ。
ラミネス王太子は分からないけど、
サーラ教会の関係者は、多分私に隠している事があるわ。
だから私は戦乙女の歴史について調べてた。
と言っても一千年以上前の事は、
書物や文献も当てになりそうにないから、
三百年前に居たとされるアスカンテレス王国に、
所属した戦乙女について調べているわ。
「私も何かお調べしましょうか?」
「じゃあ三百年前のデーモン族との戦いで
活躍した戦乙女について調べて頂戴」
「はい」
私がまず知りたいのは、
ファーランドの王城で観た肖像画となった戦乙女についてだわ。
恐らくあの人物と私が戦乙女の試練の際に
あの真っ白な空間で出会った女神サーラは同一人物よ。
でもそうなると気になる事が幾つかある。
まずは女神サーラが戦乙女だったとしたら、
彼女はどうして女神サーラという役割を演じるようになったのか。
彼女は戦乙女としての役目を終えて、
そして何らかの力が働いて、女神サーラになった。
と考えるのは悪くはない推論でしょう。
とすれば彼女は望んで女神サーラとなったのか?
でも多分それはないと思うわ。
いざ自分で経験してみたから分かるけど、
戦乙女という役割を演じるのは非常に大変だわ。
だから戦乙女という使命を終えて、
望んで女神サーラになったという事は考えにくいわ。
そしてあの肖像画の戦乙女が
出会った女神サーラはどのような容貌をしていたのか。
そこがとても重要と思う。
少なくとも肖像画の戦乙女とは別人よね。
となるとその女神サーラも元は戦乙女ではないのか?
そう考えると辻褄が合うわ。
私が出会った女神サーラは、
『戦乙女の活動期限は基本的に十年』と言った。
でも契約の際に、多くの恩恵を求めた時は、
契約年数が伸びるとあの女神は言ったわね。
それと契約期間中にもし死んだらどうなるのか?
通常、人は死ねば魂が周囲の魔力と混ぜ合わさり、
その個人が持っていた記憶が失われて、
真っ白な魂となって、再び受肉する器を見つける。
というのがこの世界における自然の摂理。
また各種族の神や神に近し存在とと契約した状態で、
高レベルの魔物や人を倒すと、
相手の魂を吸収して、それが己の糧となり、
経験値を得る事となる。
そして吸収された魂は真っ新な状態となり、
老衰死や病死した時のように再び受肉する器を求める。
でも契約期間が残った状態の戦乙女が死んでも
そのまま真っ白な魂となって、すぐに受肉するとは思えないわね。
……。
その辺の事が知りたいわ。
とはいえ誰かが知っているとも思えない話でもあるわね。
「お嬢様」
私が一人考え込んでいると、
一緒に調べ物をしていたアストロスが不意に声を掛けてきた。
「どうかしたの?」
「三百年前のデーモン族との戦いで
活躍した戦乙女についていくつか分かった点があります」
「そう、是非聞かせて頂戴」
こういう事は独りで考え込んでいると、煮詰まるからね。
だからここはアストロスの意見も聞いてみましょう。
次回の更新は2023年10月21日(土)の予定です。
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