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第百二十九話 栄枯盛衰(後編)



---三人称視点---



「この辺が潮時かもしれんな。

 良かろう、ならば余も素直に退位してくれよう」


 帝都ガルネス近郊のファンテンベルグ宮殿の一室。

 考えがまとまった皇帝ナバールは、

 白い羽ペンで退位宣言に署名した。

 そしてその一枚の書状を片手に、宮殿の大広間へ戻った。


「皇帝陛下!」


「……そ、それでは」


 戸惑う幕僚達。

 一方の皇帝ナバールは何処か達観した表情であった。


「そう驚く事でもあるまい。

 私は敗れたのだ、敗者なのだ。

 だから勝者である連合軍の決定に従い、退位を決意した。

 それがガースノイドの未来と国民の幸福に繋がるのであれば、

 私も素直に従おう、連合軍が叩き潰したいのは、

 ガースノイドではなく、この私なのだからな……」


 そしてナバールは退位宣言した書状を近くの幕僚に差し出した。


「さあこの書状を帝都へ届けてくれ」


「……しかし」


「何を躊躇っている、素直に受け取らんか」


「は、はい……」


「私の処遇は上院とアスカンテレス王国のラミネス王太子が

 決めてくれるであろう。 皇后と皇太子が一緒ならば

 私はどうなっても構わんが、それもどうなる事やら……」


「……」


 皇帝の言葉に周囲の幕僚達は押し黙っていた。

 するとナバールが一喝すべく、大声で叫んだ。


「何をしている! 早く帝都へ行け!

 そして私の退位を国民達に伝えるのだぁ!」


「は、はいっ!」


 そして書状を片手にこの場から去る幕僚。

 聖歴せいれき1755年10月16日。

 こうして皇帝ナバールは正式に退位を宣言した。

 

 翌日の10月17日。

 連合軍の首脳部及び主力部隊がガルネス城に入城。

 アスカンテレス王国のラミネス王太子を中心として、

 エルフ族の騎士団長エルネス、更には第二王女のグレイス。


 犬族ワンマンのパルナ公国のシャーバット公子。

 猫族ニャーマンのニャルザ王国のニャールマン司令官。

 兎人ワーラビットのジェルミア共和国のジュリアス将軍。 


 アームカレド教国のアルピエール枢機卿。

 教会騎士団の女性騎士団長レイラ。

 冒険者及び傭兵部隊を指揮するオルセニア将軍。

 彼等に加えてヴィオラール王国の若き宰相シーク。

 といった面子がガルネス城の会議室に集結。


 一方の旧帝国からは元宰相のファレイラス。

 元総参謀長のフーベルグ。

 ハーン将軍とレジス隊長の四名がこの会議に参加していた。


 会議の内容は当然の如く、今後のガースノイドに関してだった。

 まず帝国は解体、そして旧王族であるレイル十六世を国王とする復古王政となった。

 これによって孤立していたガースノイドも国際社会に復帰する事が決定。


 だがいくつかの問題点を抱えていた。

 それは旧帝国の同盟国であるバールナレス共和国に、

 あのデーモン族の軍隊が駐留している事だ。

 バールナレス侵攻を任された神聖サーラ帝国のセットレル将軍は、

 全軍の七割強を失った上に自身も負傷した。

 よってこの会議には参加してなかった。


 今の所、デーモン族はバールナレスから出る気配は見せないが、

 今後の国際情勢次第では、どう動くか見当がつかない。

 それ故に連合軍の一部をガースノイド王国に駐留する事となった。


 帝国の元宰相ファレイラスは連合軍首脳部のこの要求をあっさりと呑んだ。

 それにはラミネス王太子達もやや拍子抜けしたが、

 表面上はそれを顔に出さず、一部の連合軍の駐留を正式に決定した。


 それ以外の細かい話合いがラミネス王太子達とファレイラスの間で、

 幾度が繰り返されたが、基本的にファレイラスは連合軍の要求に素直に従った。

 そして議題の最後を締めくくるのは、

 元皇帝ナバール・ボルティネスの処遇に関してであった。


「それで元皇帝……あの男の処遇はどうするつもりですかな?」


 ラミネス王太子がそう言って、ファレイラスに鋭い視線を向ける。

 だがファレイラスは動じる事なく、王太子の問いに淡々と答えた。


「そうですね、私個人としては死罪にしたいところですが、

 国内ではまだ元皇帝――ナバールの人気は侮りがたいものがあります。

 それ故に死罪ではなく、流刑りゅうけいにしようと思ってます」


「……流刑か」


 と、ラミネス王太子。


「案外良い落としどころかもしれないワン」


「そうだニャ、ボクも賛成だニャン」


「うむ、私も賛成します」


 シャーバット公子の言葉に、

 ニャールマン司令官とジュリアス将軍が相槌を打つ。


「……でも本当に流刑でいいのかしら?

 相手はあの怪物よ? ここは多少強引にでも死罪にすべきよ」


 と、騎士団長レイラ。


「そうね、私もレイラ団長と同じ意見よ。

 実際に戦ってみたら分かるわ。

 あの男――ナバールはとんでもない剛気と強運の持ち主よ。

 今は凋落しているけど、いずれまた復活する可能性があるわ。

 元々は一介の砲兵隊長だった男が終身統領、皇帝にまでなったのよ?

 だから多少強引にでも、ここで死罪にするべきよ」


 グレイス王女がそう熱弁する。

 すると連合軍の首脳部も思うところがあったのか、

 両腕を組みながら「う~ん」と唸る者が何人か居た。

 だがファレイラスはあくまで自身の主張を通した。


「グレイス王女殿下の仰りたい事は分かります。

 なので流刑先にはちゃんと監視役をつける予定です。

 我々も馬鹿じゃない、あんな戦争狂に国を振り回されるのはもう御免です。

 だがこれから王政復古するにしても、

 我がガースノイドが政治的にも経済的にも正常化するまでは、

 幾年かの月日を要する事になるでしょう。

 ですのでここで皇帝を死罪にして、

 国内が荒れる事は避けたいというのが本音です。

 だから私は現時点でのあの男の死刑には反対です」


「……」


 ファレイラスの主張に周囲の者達も思わず押し黙った。

 レイラとグレイスもやや不満顔であったが、それ以上の反論は控えた。

 こうしてナバール・ボルティネスの流刑が正式に決定した。


 流刑先はネルバ島。

 地中海ちちゅうかいのエルニア海のアスカンテレス領の島である。

 ナバールには年金が与えられて、

 このネルバ島に配流になる事が決められた。


 出発は聖歴せいれき1755年10月26日の正午。

 皇帝と共にシュバルツ元帥とタファレル将軍もネルバ島に同行する事となった。

 その事に関して、また会議で議論が行われたが、

 ファレイラスは――


「彼等の殉教精神を尊重してあげましょう」


 と二人の同行を赦した。

 だが結果的に後から思い返せば、この判断は間違いであった。

 墜ちても獅子は獅子。

 ファレイラスだけでなく、

 他の者もこの時は少しばかり浮き足立っていた。


 そしてナバールはファンテンベルグ宮殿に残った兵士達に

 向けて別れの言葉を告げた。


「我が帝国の兵士諸君、私は諸君に別れを告げねばならない。

 この十数年間、私と諸君は常に栄光の道を共に歩んできた。

 しかし祖国の利益の為、国民の幸福の為、

 私はこのガースノイドから去る事にする。

 何故ならガースノイドの幸福こそが私の願いなのだから……」


 ナバールの言葉を聞き、周囲の兵士達は「うう」とすすり泣いた。

 どういう形であれ、彼等はナバールと共に戦い、

 そして栄光を掴んできたのだ。

 ナバールはそんな兵士達を見据えながら、言葉を紡ぐ。


「勇敢なる兵士諸君、どうか私の運命を嘆かないでもらいたい。

 さらば我が愛しい兵士達よ、さらば愛しき祖国よ……」


 ナバールはそう言って、宮殿の階段を一段一段降りて行く。


「皇帝……陛下」


「皇帝陛下万歳っ!!」


「ガースノイド帝国万歳っ!!」


 兵士達はナバールに別れを告げるべく、一斉にそう叫んだ。

 そして皇帝の両隣にシュバルツ元帥とタファレル将軍が並び、

 皇帝は階段を下り降りた。


 すると周囲の兵士達は涙を浮かべながら、元皇帝に敬礼する。

 そしてナバールは近くにあった帝国旗に接吻した。

 その直後、怒号のような歓声が爆発した。


「皇帝陛下万歳っ!!」


「ガースノイド万歳っ!!」


「ガースノイドに栄光あれっ!!!」


 だがしばらくするとそれも収った。

 そして皇帝は誘導されながら、近くの港へ向かわされた。

 こうして一つの時代が終わった。

 少なくとも現時点では大多数の者がそう思っていた。

 だがナバール・ボルティネスという巨星は、

 このままでは終わらなかった。


 神の気まぐれか、歴史の悪戯か。

 ナバールはこのどん底の状態から奮起するのであった。

 だが多くの者はそんな事より、

 目の前の元皇帝との別れを惜しみながら、

 ある者は涙を流し、ある者は歓声を上げ、ある者は国家を歌うのであった。


 そして10月26日の正午。

 帝位を失ったナバールを乗せたフリゲート艦がネルバ島へ向かった。



次回の更新は2023年10月7日(土)の予定です。


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― 新着の感想 ―
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