第百二十八話 栄枯盛衰(前編)
---三人称視点---
帝都ガルネス近郊のファンテンベルグ宮殿。
その一階の大広間に皇帝並びに幕僚、兵士達が集まっていた。
しかしそこで流れる空気は非常に重かった。
だがそんな中でも皇帝は虚勢を張った。
「……どうした、帝都へ進軍の準備をせよ!」
「……」
しかし周囲の者は皇帝の言葉に従わなかった。
そこで皇帝を諭すように総参謀長フーベルグが意見を述べた。
「皇帝陛下、これ以上、無闇に戦い続けて、
無益に血を流すのは得策ではありません。
美しい帝都を火の海にする事は誰も望まないでしょう。
既にガースノイドは長い戦乱で人々は疲弊しております。
希望のない戦いは一刻も終わらせて、
国民の幸福の為、平和をお考え下さい!」
「総参謀長、随分と上から物を言うではないか。
無名の貴公の才能を買って、
ここまでとりたててやった恩を忘れたのか!?」
興奮気味の皇帝。
対する総参謀長は冷静な態度で言葉を返す。
「ご恩を忘れたわけではありませんが、
連合軍が陛下と交渉しないという以上、
潔い引き際をお考えて頂きたい!」
「き、き、貴様ぁっ!!
恩知らずの裏切り者が!?
もうよい、そんな戯言に貸す耳は持たぬ!」
皇帝はそう激高しながら、奥の部屋へ引っ込んだ。
すると宮殿の大広間が再び静寂に包まれた。
「ところで私はちょっと帝都に用事がありまして」
「奇遇でな、実は私も少しばかり帝都に用事がありまして……」
「わしも失礼させてもらう」
「じ、自分も……」
沈みかけの船から脱出するかの如く、
閣僚の大半がファンテンベルグ宮殿から去った。
そんな中、皇帝ナバールは部屋の窓を見据えて感傷に浸っていた。
――もう帝国はこの私を必要としていないのか。
――この十数年、命がけで戦い、数々の栄光をもたらしたこの俺が……
――権力を失えば、こうなるのか。
――俺が掴み取った権力はこんなに儚く脆いものであったのか。
その後、皇帝ナバールは未だ交戦中の帝国軍に停戦を命じた。
北部エリアのエマーン、南部エリアのタファレル将軍等は、
素直にその命令に従ったが、東部エリアのシュバルツ元帥は、
数多の部下を引き連れて、ファンテンベルグ宮殿に現れた。
「我々も軍人だ、皇帝陛下の命令には素直に従おう。
だが皇帝陛下の身の安全が保証されるまでは、ここから動かぬ!」
そう言って部下達と共にファンテンベルグ宮殿の周囲に陣取った。
一方その頃、帝都の中心部にある宰相ファレイラス邸に、
シャーバット公子や騎士団長レイラなどの連合軍の幹部。
また帝国のハーン将軍とレジス隊長。
そして一部の閣僚達が集まっていた。
「亡命先のヴィオラール王国からエルバンス伯、
いえレイル十六世陛下がガルネスに向けて、
出発なされるとの事です」
帝国の宰相ファレイラスがそう告げる。
ファレイラス邸の客間は、
華美かつ洗練された内装で置かれている調度品の類いも超一級品であった。
そして邸の主である宰相ファレイラスは、
赤ワインの入ったグラスを左手に持ちながら、
悠然と仕草でシャーバット公子や騎士団長レイラを見据えていた。
「確か亡命されたのは十数年前でしたな。
となると十数年ぶりの祖国というわけでございますな」
と、シャーバット公子。
「……王国、共和国、帝国。 そしてまた王国へ戻るわけですか」
騎士団長レイラがやや冷たい声音でそう言った。
するとファレイラスが左手に持ったグラスを僅かに上げた。
「まあすんなりと今のガースノイドにとけ込んでくれると良いのですが……」
ファレイラスはそう言って邸の窓辺から帝都の様子を伺った。
すると多くの民衆が輪となって「ガースノイド王国万歳」と叫んでいた。
その姿を見ながら、ハーン将軍が冷ややかな口調で批判した。
「それにしても大衆というものは……。
かつてあれほど熱狂して国王と王妃をギロチン台送りにしときながら、
自分達の英雄であった皇帝の失脚で、このお祭り騒ぎとは……。
実に嘆かわしい話だ」
「ええ、全くです」
と、同調するレジス隊長。
「でもそれはあなたも……あなた達も同じではなくて?
皇帝はまだ退位した訳ではないわ。
それを急に鞍替えして、新政府で権力の座につこうとする。
それはそれで嘆かわしい話じゃないかしら?」
「な、何だとっ!?」
騎士団長レイラが切り捨てるようにそう言った。
これにはハーン将軍も頭にきたようで、
レイラに突っかかろうとするが、
ファレイラスが身をていして、ハーン将軍を制した。
「ハーン将軍、止めたまえっ!
それあなたも……レイラ殿も少し口が過ぎますぞ?」
と、ファレイラス。
「御免なさい、私は根が正直なもので……」
「まあまあ、ここで我々が言い合いしても無意味だワン」
見るに見かねたシャーバット公子も助け船を出した。
するとハーン将軍は「ふん」と鼻を鳴らして落ち着きを取り戻した。
「元々、先に我等を裏切ったのは皇帝……あの男だ。
今回の帝都防衛戦で彼奴は、四聖龍の封印を解いた。
だが聖龍の実戦投入は北部エリアと東部エリアのみ。
つまり奴は西部エリアと南部エリアの将軍と兵士は見捨てたのだ。
だから私としても自身だけでなく、兵の為に停戦したのだ」
「ハーン将軍の仰る通りです。
だから我々は正しい判断を下したままです」
同じく自己弁護するレジス隊長。
「まあそういう事にしておいてあげるわ」
ハーン将軍とレジス隊長の主張を軽く一蹴するレイラ。
するとハーン将軍は一瞬表情を強張らせるが、
場の空気を読んで、それ以上の反論を控えた。
「いずれにせよ、これで帝都の平和は護られました。
北部エリアと南部エリアの兵は無事に撤退。
問題はシュバルツ元帥が率いる一部の部隊ですが、
皇帝の身の安全を保証すれば矛も収めるでしょう」
「宰相殿は皇帝……ナバール殿の身の安全を保証するのですか?」
と、シャーバット公子。
「無事に事を運ぶ為にはその方が良いでしょう。
皇帝をギロチン台送りにすれば、
それを口実に一部の跳ねっ返り共が暴れる危険性もある。
だから皇帝は「生かさず殺さず」の状態にします」
「そうですな、私も宰相閣下の意見に賛成です」
「ええ、自分も同じく賛成します」
ハーン将軍とレジス隊長が宰相の言葉に相槌を打つ。
すると周囲の閣僚達も「そうですな」と同調し始めた。
その姿を見て騎士団長レイラは軽く吐息を漏らした。
――やれやれ、あれだけの権勢を誇っていた帝国がこの有り様。
――これが栄枯盛衰ってものなの?
――まあ我等、教会騎士団としては上々の結果だけど
――王政復古した際にも細心の注意を払う必要があるわね。
一方その頃、戦いを終えたリーファ達、連合軍の主力部隊も
総司令官のラミネス王太子、グレイス王女とエルネス団長。
ニャールマン司令官にジュリアス将軍。
そしてリーファとその盟友も馬に乗って帝都内を闊歩していた。
この際に総司令官のラミネス王太子は、
一般人に対して暴行や略奪行為を行った者は
「問答無用で銃殺する」と強く命じた為、
それらの行為は一切行われなかった。
それ自体は良い事であったが、
帝都内を闊歩しながらリーファは不思議な気持ちになっていた。
――こうしていざ帝都を歩いてみると不思議な気持ちになるわ。
――大衆も既に現実を受け入れている。
――これでガースノイド帝国も終わり、という事かしら?
――結構、呆気なかったわね。
――でも無益な血が流れなかった事は喜ぶべきでしょうね。
周囲の民衆達はやや表情を固くしながらも、
帝都を闊歩する連合軍の将軍と兵士を遠巻きに見据えていた。
恐らく彼等も少し戸惑っているのでしょうね。
と、リーファがそう想いふけていた矢先、
一人の伝令兵が突如前方から現れて、
先頭に立つラミネス王太子に近寄り、大声で叫んだ。
「お、お伝えしますっ!!
ナーバル・ボルティネスがたった今、退位宣言に署名したそうです」
「……そうか」
ラミネス王太子は冷静にそう応対したが、
周囲の大衆はこの言葉を聞いて、大いに沸いた。
そして皆が皆、「ガースノイド王国万歳」と口々にした。
その光景に少し異様なものを感じながらも、
ラミネス王太子は慌てる事なく、馬を進めて
帝都の中心部にあるガルネス城へ向かった。
こうして名実と共にガースノイド帝国は終焉を迎えたが、
多くの者はその事実を実感できないまま、
時の流れに身を任せるのであった。
次回の更新は2023年10月4日(水)の予定です。
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