第百二十七話 急転直下
---三人称視点---
「リーファさん、準備はいいかしら?」
「王女殿下、少しお待ち下さい。
技を放つ前に職業能力を使います。
はあああぁっ……『ゾディアック・フォース』!!」
リーファは魔力を解放して、職業能力『ゾディアック・フォース』を発動させた。
そして戦乙女の剣の剣に、
全魔力の七割程度の魔力を注いだ光の闘気を宿らせる。
「あら? 良い闘気ね。
それならば良い剣技が撃てそうね。
じゃあそろそろ行くわよ? 準備オーケー?」
「はい、準備オーケーです」
背中合わせでそう言葉を交わす二人。
そしてそこから手にした聖剣を前に突き出して――
「行くわよ! ――ライトニング・スティンガー!!」
「貫けっっ! ――ライトニング・スティンガー!!」
二人は息を合わせて、神帝級の剣技を放った。
聖剣の切っ先から、目映いビーム状の光線を放ち、
前方の手負いの聖龍目掛けて渾身の一撃を繰り出した。
「なっ……こ、これは何という闘気ダァッ!」
眼を見開いて驚く聖龍ラグナール。
「まずい、ラグナール! 空に上昇して回避するんだ!」
シュバルツ元帥が大声で叫ぶ。
「だ、駄目ダァ……間に合ワナ……アアアァッ!!」
二つのビーム状の光線は鋭く横回転しながら、神速の速さで大気を裂く。
二つのビーム状の光線は暴力的に渦巻きながら、
聖龍ラグナールの胸部と腹部を貫いた。
「ば、馬鹿な……こ、この我がっ……人間如きに……」
胸部と腹部に大きな空洞が生じて、聖龍ラグナールの生命力が急速に奪われていく。
聖龍ラグナールは十秒程、ゆっくり前を歩いていたが、
突如、限界が訪れて、崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。
聖龍の顔から生気が抜け、その双眸も急速に輝きを失う。
聖龍が身体を何度か震わせたが、数秒後には動けなくなった。
「……む、む、無念だァァッ……アアアァァッ……」
それが数百年生きた聖龍の最後の言葉となった。
急展開に近くに居たシュバルツ元帥も身体を硬直させていた。
だがリーファ達は聖龍の死体を軽く一瞥するなり、
僅かに口の端を持ち上げて、勝利宣言した。
「意外と呆気なかったわね」
「王女殿下、そうでもないですよ。
少なくとも百人以上の仲間が殺られたんですから」
「それもそうね、でも結局最後は勝ったわ。
後は残った敵を倒すだけだよ。 さあ、もう一仕事やるわよ!」
「はいっ!」
この勝利によって、連合軍の兵士達の士気は自然と上向いた。
一方の帝国軍の兵士達は、聖龍が敗れた事で少なからず動揺していた。
そんな兵士達を一渇すべく叫ぶシュバルツ元帥だが……。
「まだだ、まだ負けた訳ではない。
こちらにはまだ多くの龍や地竜が残されている。
だから防御陣形を組んで、敵を迎え撃つ――」
「た、大変です!!」
突如、現れた伝令兵が大声で叫んだ。
「……何だ、何が起きたというのだ?」
不機嫌な声でそう問うシュバルツ元帥。
だが伝令兵は興奮を隠せないまま伝令を述べた。
「も、申し上げます! 帝都ガルネスが……。
帝都ガルネスが降伏いたしましたぁっ!!」
「なっ……何だとっ!?」
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青天の霹靂。
この場において、その言葉が何より相応しかった。
予想外の事態に狼狽するシュバルツ元帥。
そして伝令兵が苦々しい表情で事実を述べる。
「西部エリアのハーン将軍が連合軍に降伏した模様。
勢いに乗る連合軍の第一軍はそのまま帝都に侵攻。
そして本日正午をもって皇帝代理人として
宰相ファレイラス殿の裁可により帝都ガルネスは、
連合軍に降伏、皇后陛下及び皇太子殿下は、
ペリゾンテ王国の王都ウィーラーへ出立なされたようです」
「な、何っ!?」
思わず絶句するシュバルツ元帥。
急な展開に思考が追いつかない状況だ。
俄には信じがたい話だ。
「その話、本当なのか?」
「このような嘘を申して何の意味がありますか?
既に皇帝陛下率いる本陣も帝都へ向かっているようです」
「北部エリアと南部エリアはどうなっている?」
「北部エリアはエマーン殿が聖龍と共に戦い奮戦している模様。
南部エリアはタファレル将軍とバズレール将軍の第五軍が
後退しつつも、連合軍の侵攻を食い止めている、との話です」
「そうか……」
シュバルツ元帥はそう言って、暫しの間、沈思黙考する。
帝都は陥落したが、帝国軍は余力を残している状態だ。
このまま帝都へ向かい、帝都内の連合軍を撃破すれば……。
しかしそれでは帝都が火の海になる。
となるとこれ以上の戦いは不毛である。
……。
「我が軍も帝都へ向かうぞ。
配置した龍や地竜が敵部隊を食い止めているうちに、
我等も帝都へ入り、皇帝陛下のご決定を待つ事にする」
「……了解致しました」
「……」
こうしてシュバルツ元帥率いる『帝国黒竜騎士団』の第二軍は帝都へ向かった。
一方、皇帝ナバール率いる本隊は帝都ガイラス近郊のファンテンベルグ宮殿に入り、
皇帝ナバールは受け入れがたい現実と戦いながら、
周囲の兵士達を叱咤激励していた。
「連合軍の魔の手から、我等の帝都を奪い返すのだ!
タファレル将軍とバスレール将軍。
更にはシュバルツ元帥も健在だ。
彼等と合流して帝都へ向かい連合軍を帝都から追い出すのだ!」
「しかし帝都には既にパルナ公国のシャーバット公子。
それと教会騎士団も入り、宰相ファレイラスと今後の政府を
どうするか、という話し合いを始めたそうです……」
「ええ、既に多くの閣僚達も寝返っております」
周囲の将軍及び将校が難色を示す。
だが周囲の兵士達は興奮気味に「帝都へ行こう!」と合唱していた。
「我等の皇帝万歳!」
「帝都をこの手で取り戻すのだ!」
「帝都へ行こう!」
それらの声を聞いて皇帝も威風堂々と周囲に宣言する。
「兵士達を見るが良い。
愛国心と忠誠心に満ちた兵士達はまだまだ戦う気満々だ。
ここで我々が挫けてどうするのだぁっ!!」
「し、しかし……」
その時、新たな使者が現れた。
「も、申し上げます!!
ただいまガルネスからの使者が到着しました。
こ、これをガースノイド上院の決定を……」
そう言って一枚の書状を差し出した。
皇帝はその書状を見るなり、顔を青ざめさせた。
「……」
皇帝が手にした書状を床に落とした。
周囲の幕僚達が恐る恐る書状に目を通す。
「こ、これは……!?」
「何が書いているんだ!」
「……連合軍各君主はナバール・ボルティネス及び
その家族との交渉には一切応じない事を決定した。
したがってガースノイドの国益と国民の幸せの為、
ナバール・ボルティネスの皇帝を廃し、
その一門の皇位継承権を剥奪する……」
「……」
皇帝も周囲の幕僚も冷や水をかけられたように押し黙った。
まさに急転直下というべき展開。
皇帝ナバールは苦虫を噛みつぶすような表情で唸った。
「上院が……こんな裏切りを行うとは……。
これまで一体誰のおかげで権勢を振るってこれたのだ。
……こうなったら余は断固戦うぞ!
帝都から帝国の敵を追い払うのだ!
勝利か、敗北か、その二者択一だぁっ!!」
「……」
だが誰も皇帝の言葉に応じない。
そこでナバールは悟った。
そうか、もう俺の言う言葉に部下達も耳を傾ける気はないのか。
つまり俺の玉座は失われたという事か。
だがそれでも俺は限界まで足掻いてやれる。
誰がこのガースノイド帝国を築き上げたと思っている。
誰がこの俺を皇帝の座につけたのか。
ナバールからすれば、そう思うのも無理はなかった。
だが世の流れは既に彼を表舞台から退場させるように事が運んでいた。
そして当の本人だけはそれに気付かず、
否、気付かないふりをして、皇帝という権力の座にしがみついたままであった。
次回の更新は2023年10月1日(日)の予定です。
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