第百二十五話 生か、死か?(中編)
---三人称視点---
聖龍ラグナールが迫る中、
グレイス王女は頭上に左手をかざし、掌を大きく開く。
そして右手で印を結び、呪文を詠唱する。
「我は汝、汝は我。 母なる大地ハイルローガンよ!
我は大地に祈りを捧げる。 母なる大地よ、我が願いを叶えたまえ!」
呪文が紡がれ、グレイス王女の左腕に強力な魔力を帯びた雷光が生じる。
そしてグレイス王女は呪文を更に唱えた。
「そして天の覇者、雷帝よ! 我が身を雷帝に捧ぐ!
偉大なる雷帝よ。 我に力を与えたまえ!」
グレイス王女は左腕を力強く引き絞った。
攻撃する座標地点は、聖龍の歩く付近に狙いを定めた。
そこからは左手を前方に突き出して、大声で叫ぶグレイス王女。
「――稲妻!!」
そう叫ぶなり、グレイスの左手の平から雷光が放射される。
帝王級の電撃魔法。
直撃すれば聖龍といえど、致命傷を避けられなかった。
だが聖龍ラグナールは慌てる事なく、対魔結界を張った。
「――我は汝、汝は我! 母なる大地ハイルローガンよ。
我に力を与えたまえ! 『クリムゾン・ウォール』!!」
聖龍がそう叫ぶなり、前方に長方形型の炎の壁が現れた。
グレイスが放った雷光が炎の壁に命中。
雷と炎が交わり巨大な爆発を起こす。
それによって爆風と爆音が周囲に広がり、
聖龍ラグナールが思わず顔を仰け反らせた。
『やった……のかしら?』
手応えを感じながらそう言うグレイス王女。
だが彼女の守護聖獣レッサンは淡々と事実を述べた。
「いや……やっていはいないよん。
でも今ので対魔結界にもかなりダメージを与えたよん。
このまま追撃すれば、いずれあの炎の壁も破れるよん」
『そう、じゃあリーファさんか、エイシル! 後はお願い!』
『ここはボクが行きます!』
そう言ってエイシルは一歩前に出た。
そして両手に持った両手杖を構えながら、呪文を唱え始める。
「我は汝、汝は我。 母なる大地ハイルローガンよ!
我は大地に祈りを捧げる。 母なる大地よ、我が願いを叶えたまえ!」
呪文が紡がれ、エイシルの周囲に強力な魔力が生じる。
よく見るとエイシルの周囲の大気がびりびりと震えていた。
だがエイシルは表情を変える事なく、呪文を更に唱えた。
「天と大地に我が身を捧ぐ!
天よ、大地よ、我に力を与えたまえっ!!」
エイシルはそう言って、両手杖を力強く握り、頭上に掲げた。
攻撃する座標地点は、当然の如く聖龍の周囲。
そして両手杖を頭上に掲げながら、エイシルは大声で叫んだ。
「――サイコ・ブラスターッッ!!」
次の瞬間、エイシルの両手杖の先端から
大気を震わせるほどの強力な念動波が放たれた。
念動波は渦巻きながら、聖龍ラグナールに迫る。
聖王級の念動属性の攻撃魔法。
その念動波が炎の壁と衝突。
そして念動波と炎が交わり、硬質な衝撃音が鳴り響く。
魔力と魔力によるせめぎ合いが続き、
しばらくすると念動波が炎の壁を綺麗に呑み込んで、炎は綺麗に消え失せた。
「良し、敵の対魔結界を破ったぞ!
リーファ殿、今だ、今撃つんだぁっ!」
「ランディ、分かっているわよ!
我は汝、汝は我。 母なる大地ハイルローガンよ!
我は大地に祈りを捧げる。 母なる大地よ、我が願いを叶えたまえ!」
ランディが言うと同時にリーファが呪文を読み上げる。
するとリーファの左腕に強力な魔力を帯びた光の波動が生じた。
そしてリーファは眉間に皺を寄せて、
全身から凄まじい魔力を発しながら、呪文を更に唱える。
「そして天の覇者、光帝よ! 我が身を光帝に捧ぐ!
偉大なる光帝よ。 我に力を与えたまえ!」
そこでリーファは左腕を力強く引き絞った。
攻撃する座標地点を聖龍の近辺に狙いを定める。
そして右手で素早く印を結んで、リーファは大声で砲声する。
「光よ、敵を貫きたまえっ! ――ライトニングバスターッ!!」
そう叫ぶなり、リーファの左手から迸った光のビームが放たれて、
やや間を置いてから、聖龍ラフナールの胸部に命中。
神帝級の光属性の攻撃魔法。
「ぐ、ぐ、ぐっ……ぐあああぁぁぁっ!!」
命中した光のビームが聖龍の全身を焦がす。
聖龍の高い魔法耐性を持ってしても、
この一撃を受けた事によって、
全身が焼かれるような激痛に襲われた。
そして聖龍の身体が何度も痙攣し、苦しそうに喉から音を漏らす。
『――戦乙女殿、オレだ、ジョンソンだ。
よく巨竜の動きを止めてくれた。 オレは今から狙撃体勢に入る!』
『ジョンソン、後は任したわよ!』
『嗚呼!』
そう言うなり、猫族の狙撃手は伏射姿勢に入り、
彼の愛用する漆黒の狙撃銃の高倍率スコープに顔を寄せる。
聖龍との距離はおよそ三百メーレル(約三百メートル)。
これくらいの距離ならば、オレが外す事はない。
狙撃手ジョンソンはそう思いながら、
高倍率スコープの中で、狙撃対象である赤い聖龍を見据える。
この今の状況でも狙撃は可能だが、
聖龍ラグナールが暴れていたので、ジョンソンは辛抱強く待った。
待つ事、一分。
一分後も聖龍ラグナールは暴れたままであった。
仕方ない、この状況で狙撃するしかないようだニャ。
ジョンソンは咄嗟にそう判断を下した。
ちなみに使う銃弾は氷と風の合成弾。
この氷と風の合成弾は一発の殺傷能力は他の合成弾に劣るが、
標的に命中すれば傷口に弾丸の残骸が散らばるという仕様。
それ故に戦場ではよく使われていた。
「猫神ニャウスを讃えよ。我が手、我が指に戦う力を与えたまえ!
猫神ニャウスは我が父、我が主、我が救い、我が魂なりっ!」
ジョンソンはそう口ずさみ、猫神ニャウスに祈りを捧げた。
そしてジョンソンは、右手の人差し指で狙撃銃のトリガーを引いた。
漆黒の狙撃銃の銃口から放たれた氷と風の合成弾が聖龍の左足首に命中。
炸裂した合成弾が聖龍の左足の中で砕けて、弾の残骸が体内に漂流する。
「グ、グガガガアアア……アアアッ!!」
聖龍ラグナールが激痛のあまりに絶叫する。
だがまだその両足で地面に立っていた。
そこでジョンソンは追い打ちをかけるべく、再び銃のトリガーを引いた。
放たれた合成弾が今度は聖龍の左足大腿部に命中。
再び炸裂する氷と風の合成弾。
「グ、グガアアアッッ……アアアァァァッ!!」
ジョンソンの早業の狙撃によって、
聖龍ラグナールの左足に致命傷を与えた。
それによって聖龍は地面に崩れ落ちて、凄い声で悲鳴を上げた。
「ああ、あああっ……あああっ! だ、誰か治癒をっっっ!」
地面に崩れ落ちながら、更に激しく暴れる聖竜。
周囲の魔導師達も驚き戸惑っていた。
まさしく絶叫の機会。
そして作戦通りここで兎人のロミーナが前へ躍り出た。
『リーファさん、打ち合わせ通りアタシが今から狙撃するだわさ。
巨竜の周囲の魔導師が邪魔しないようにして頂戴』
『了解よ!』
「じゃあ、行くだわさ! 我が守護聖獣ラビータよ。
我の元に顕現せよっ!!」
ロミーナがそう叫ぶなり、彼女の足元に魔法陣が突如現れた。
すると魔法陣がチカチカと明滅しながら、激しく光った。
「ウサアアアアアアァァァッ!」
そして魔法陣の中から体長三十セレチ(約三十センチ)くらいの黒ウサギが現れた。
ロミーナの守護聖獣である黒ウサギのラビータだ。
「行くわよっ、ラビータ! 『ソウル・リンク』ッ!!」
「了解だ、リンク・スタートォッ!!」
ロミーナとラビータの魔力が混ざり合い、
ロミーナの能力値と魔力が急激に跳ね上がる。
そしてロミーナは黄金の弓を構えながら、一言漏らした。
『一撃よ、一撃で決めてやるわっ!!』
自信満々のその言葉にリーファ達も思わず固唾を呑んだ。
聖龍ラグナールはまだ地面でもがいている。
聖龍の額の『進化の宝玉』も無防備に晒されていた。
危機的状況から、一転して好機が巡って来た。
そしてその好機を最大限に生かさずべく、
ロミーナは軽く呼吸して息を整えて、狙撃体勢に入った。
次回の更新は2023年9月27日(水)の予定です。
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