第百二十話 硝煙弾雨(後編)
---三人称視点---
帝国の各地で火花が散る中、
アスカンテレス王国軍と猫族軍を
合わせた総勢四万を超える連合軍の第三軍を率いて、
総司令官ラミネス王太子は帝国の東部エリアの都市ラスペラーガに攻め込んだ。
第三軍に加えて、エルフ族の王国軍と王国騎士団の一万五千人に
兎人部隊を一万を加えた二万人を超える第四軍。
この第三軍と第四軍を持って、
総司令官ラミネス王太子はこの天下分け目の戦いに挑んだ。
対する帝国軍は皇帝ナバール率いる本隊二万人超えの第一軍。
シュバルツ元帥の『帝国黒竜騎士団』約二万人の第二軍。
双方合わせて四万人を超える大軍を持って、
連合軍の主力部隊を迎え撃った。
数の上では連合軍が約六万、帝国軍は約四万という数字。
戦争の趨勢は既に連合軍に傾いており、
最終的な勝者が連合軍になる事は自然の流れと思われた。
少なくともラミネス王太子を初めとした連合軍の第三軍と
第四軍の司令官やその側近はそう信じ込んでいた。
だがそんな彼等の期待は無残にも裏切られた。
その大きな要因の一つは、
帝国軍側が「四聖龍」の「炎の聖龍ラグナール」の封印を解いて、
実戦投入した事であった。
都市ラスペラーガと都市ハージャロックの中間地点にある
レミノイド湿原に降り立った「炎の聖龍ラグナール」とその契約者のシュバルツ元帥。
そして多数の地竜や翼竜が契約者や騎乗者を
引き連れて、炎の聖龍と共に最前線に立った。
その光景を見るや否や、ラミネス王太子の顔に焦りの色が浮かんだ。
「な、なんだ……あの巨大な赤龍は……」
「わ、私にも分かりません。
ですが並の赤龍ではないでしょう」
副官レオ・ブラッカーも動揺を隠しきれなかったようだ。
そんな彼等の様子など、お構いなしに「炎の聖龍ラグナール」が大音声で宣戦布告する。
「我はガースノイドの「四聖龍」の「炎のラグナール」。
小さきもの共よ、このガースノイドの大地を荒らす事は、
我が赦さぬ、死にたくなければ今すぐ降伏せよ!」
十メーレル(約十メートル)を超える巨竜。
それだけで連合軍の兵士達は慌てたが、
事もあろうにその巨竜が人語を話したのだ。
それは衝撃的であったし、多くの者達が更に狼狽した。
「あ、あの巨竜! 今、喋ったニャン!」
「うん、ボクも聞いたニャン、あれはガースノイドの公用語だニャン!」
「な、何なんだ、あの巨竜は……不気味だピョン!」
「喋る巨竜なんか聞いた事ないピョン!」
自分の感情に正直な猫族や兎人は慌てふためく。
ヒューマンやエルフ族の司令官や兵士達も同じ心境であったが、
見栄や恥という感情から、その驚きを何とか噛み殺そうとしていたが――
「……あんな化け物と戦えというのか?」
伝令兵、今すぐ本陣へ向かえ。
総司令官閣下のご指示を仰ぐのだ」
「はっ、直ちに向かいます!」
「……よし、我等もエルネス団長の指示を仰ごう。
伝令兵、あるいは伝書鳩でもいい。
今すぐエルフ族の首脳部に連絡をするのだ!」
「ははっ!」
ヒューマンとエルフ族は素早く動いた。
それに釣られて、猫族や兎人達も彼等の後に続いた。
だが最前線に残された兵士達は、
戸惑いと恐怖の感情が入り混じった表情で硬直していた。
そんな彼等に追い打ちをかけるように、
聖龍ラグナールが新たな言葉を発する。
「どうしたぁ? 降伏するつもりはないのか?
まさか我と戦うつもりなのかぁ?
それも良かろう、だがそうとなれば我も容赦はせぬっ!」
「っ……」
再度、人語を喋る聖龍ラグナール。
その事実に連合軍の兵士達は驚愕し、激しい恐怖心に駆られた。
「……だんまりか? ならばもう待たぬ。
小さき者どもよ、灰になるが良い。 ――ガルラアアアッ!!」
聖龍ラグナールの口から、轟々と逆巻く炎のブレスが放射される。
すると最前線の連合軍の兵士達、ヒューマンもエルフ族も、
猫族や兎人も、
皆同様に燃え盛る炎に身を焼かれて死んでゆく。
「ぎゃ、ぎゃあああぁっ!!」
「ギ、ギニ……ギャニャアアァァァンッ!」
「ピ、ピ、ピョォォォォォォンッ!」
たちまち最前線が死屍累々で阿鼻叫喚な地獄絵図と化した。
多くの者は慌てふためいたが、
指揮官クラスの者達は、恐怖と戦いながら部下達に指示を出す。
「とりあえず最前線から下がるのだ。
その間、魔導師部隊は対魔結界を張って前線部隊を護るのだ。
そして味方を無事に後退させたら、
水属性、あるいは風属性か土属性であの巨竜に魔法攻撃を仕掛けよっ!」
「り、了解です!」
最初にヒューマンの指揮官がそう言うと、
周囲の他種族達も落ち着きを取り戻して、同様に指示を出した。
だがその間にも聖龍ラグナールによる炎のブレス攻撃が続いた。
「あああぁ……ぎゃああぁぁぁっ!」
「ニャアアァァァン!」
「ピ、ピョォォォンッッ!」
再び地獄絵図と化す最前線。
だが落ち着きを取り戻した魔導師部隊が
炎に焼かれた兵士達に回復魔法や治療魔法をかけた為、
一部の者達は命からがら前線から後退する事に成功した。
本陣で陣取るラミネス王太子はその光景を見据えながら――
「相手は並の龍ではないな。
まずは前線部隊を後退させよ。
それから戦乙女殿とその盟友。
更にはエルフ族のグレイス王女とその側近と協力して、
大人数であの巨竜を食い止めよ、エルネス団長にもそう伝えよ!」
「はっ!!」
そしてその事を伝令兵から伝えられたエルネス団長は――
「戦乙女殿とその盟友が戦うのには賛成だが、
グレイス王女殿下はエルフ族の第二王女だ。
そんな御方をあんな化け物にぶつける事は出来ぬ」
と、最初は拒否する姿勢を取っていた。
だがグレイス王女自らがエルネス団長の許に赴き、直談判が行われた。
「エルネス団長、単刀直入に云うわ。
あの巨竜の相手は並の兵士じゃ務まらない。
このままだと無駄な戦死者が出るだけよ。
ここは戦乙女殿や味方の精鋭部隊と
組んで大人数であの巨竜と戦うべきよ!」
彼女の主張はきわめて単純明快なものであった。
そしてこの場における判断としても正しかった。
そこでエルネス団長は合理的な判断に基づいて、決断を下した。
「そうですね、確かにあれほどの巨竜と戦うのであれば、
討伐チームを組むべきでしょう。 私もそれには賛成です。
ですが王女殿下はエルフ族の王族でもあります。
故に危険な状態になれば、まずはご自身の身の安全を優先してください」
「……そうね、アナタの立場ならそういうでしょう。
でも私も王族の端くれ、だからその方針に従うわ。
その上であの巨竜を倒せるように力を尽すわ」
「ご理解頂きありがとうございます」
「いえ……じゃあ私はリーファさん達と合流するわ」
そう云ってグレイス王女は部下を引き連れて、再び最前線へ向かった。
一方、ラミネス王太子の命令を受けたリーファは、
ある種の覚悟を決めて、盟友達に指示を出した。
「アストロス、エイシル、ジェイン、ロミーナ」
「「はい」」「はいだワン」「なんだわさ?」
盟友達も真面目な表情でリーファに視線を向ける。
そしてリーファは自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「恐らくこの戦いが大きな山場となるわ。
相手は見ての通りの化け物のような巨竜。
並大抵の事では勝つのは難しいでしょう。
でも誰かが戦わなくちゃならないのよ。
だから皆、お願い。 私に力を貸して頂戴」
すると盟友達も無言で頷いた。
それを確認するとリーファも黙って小さく頷いた。
恐らく過去にないくらいの厳しい戦いになるであろう。
だがそれでも戦うしかない。
それが自分とその仲間達に与えられた使命なのだ。
リーファはそう思いながら、
周囲の仲間を鼓舞するように叫んだ。
「敵は巨竜、でも生物である以上無敵じゃないわ。
そしてあなた達にはこの私――戦乙女がついているわ。
だから皆で協力して、あの巨竜を倒すわよ!」
すると周囲の仲間を表情を引き締めて、戦闘態勢に入る。
そしてリーファはその先陣に立ち、聖剣を構えた。
聖龍ラグナールとその契約者のシュバルツ元帥。
対するのはアスカンテレスの戦乙女とその盟友。
連合軍と帝国軍、
両軍の命運を賭けた一大決戦が、今まさに始まろうとしていた。
次回の更新は2023年9月16日(土)の予定です。
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