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第百十八話 陰謀詭計



---三人称視点---



 聖歴せいれき1755年10月11日。

 帝国領の西部エリアの指揮を任された

 帝国軍の第四軍の指揮官ハーン将軍は渋面になっていた。


「ハーン将軍、いつまでこのラッカライム砦に籠城するつもりですか?」


 そう言ったのは第四軍の副司令官である帝都防衛隊の隊長レジスだ。

 どうやら彼も少し苛立っていたようだ。

 するとハーン将軍はやや投げやりな態度で言い返した。


「どうしたもこうしたもあるものか。

 今や帝都全土が四方から攻め込まれている状況だ。

 この状況下で我が軍だけ無理に戦う必要もなかろう」


「ですがこの砦が陥落すれば、すぐ近くに都市エスベルグ。

 そのエスベルグを超えれば、帝都ガイラスは目と鼻の先。 

 それ故に我が軍は何としても敵軍の侵攻を食い止める必要があります」


 そんな事は重々承知だ。

 だが問題はこの第四軍――いや自分が取る手段だ。

 無論、ハーン将軍とて帝国や皇帝に対する忠誠心はある。


 だが帝国や皇帝の為に犬死にするつもりはない。

 そして今の帝国は滅亡の危機が迫っている。

 この状況下で忠誠心を優先する気にはなれなかった。

 ハーン将軍はそう思いながら、レジス隊長の言葉に応じる。


「私とて無論そんな事は百も承知だ。

 だが危機的状況にあるのはこの西部エリアだけではない。

 北部エリアも南部エリアも、皇帝陛下が陣取る東部エリアも

 危機的状況にある。 この状況下で戦況も見ず、

 ただ孤軍奮闘するのは、賢い選択肢とはいえないだろう」


「……言われてみればそうですね」


 と、レジス隊長。


「そうだろ?」


「ですがこのまま何もしないというのは……」


「それも一つの手だ。

 それより各地の戦況がどうなっているか、分かるか?」


「ええ、何でも伝書鳩で送られた文書によると、

 皇帝陛下は東部エリア、北部エリアの封印された 

 『四聖龍』を解放したとの話です」


「な、何だとっ!?」


 寝耳に水とはこの事だ。

 予想外の展開にハーン将軍も驚きの色を隠せなかった。

 だが彼は瞬間的に打算的な思考回路に切り替えた。


「『四聖龍』が解放されたのは、東部エリア、北部エリアのみか?」


「ええ、そうとの話です」


「この西部エリアや南部エリアの『聖龍』の解放の命令は下されてないのだな?」


「……そうだと思います」


「……そうか」


 そういってハーン将軍はしばらく考え込んだ。

 聖龍の力を借りれば、この戦況を覆す事も不可能ではない。

 だがこの西部エリアと南部エリアに、

 聖龍の解放の命令は下されてない。

 

 これが意味するところは、

 良くて現状維持、あるいは西部エリア、南部エリアを切り捨てる。

 皇帝の中にそのような気持ちがあるのではないか?


 いずれにせよ、現時点では分からない事が多い。

 ならばここは無理せず、与えられた兵力を無駄に減らす事なく、

 現状維持に徹するべきだ、という結論に至った。


「レジス隊長」


「はい、何でしょうか?」


「東部、北部エリアに聖龍が実戦投入されたという事は、

 今後状況次第で我が軍がこの戦局を覆す可能性が出てきた。

 それ故に我が軍はこのラッカライム砦に籠城して、

 戦力を維持したまま、来たるべき戦いに備えるつもりだ」


「……そうですね、この状況下で無闇に動くのは少々危険ですね」


「嗚呼、だから砦の付近に兵をある程度は配置させるが、

 敵の攻撃に無理に反撃せず、一日でも長く敵の侵攻を食い止めるぞ」


「了解しました」


 レジス隊長とて馬鹿ではない。

 ハーン将軍の考えている事は大体理解していた。


 レジスも帝国と皇帝に忠誠を誓っていたが、

 犬死にする事に対して、

 抵抗感を覚えない程の殉教者ではなかった。

 それ故、この場はハーン将軍に合わせる事にした。


 ――いざとなれば降伏して寝返る事も考えねばな。

 ――皇帝陛下には恩義があるが、

 ――俺も死してまで忠誠を誓うつもりはない。


 ――いずれにせよ、ここからの戦いの流れ次第だ。

 ――それによって帝国だけでなく、俺の運命も決まる。


 以上のような結論に至ったハーン将軍はしばらく傍観を決め込んだ。



---------


 同時刻、帝国領の南部エリアの都市レーマノイア。

 タファレル将軍とバズレール将軍率いる帝国軍の第五軍は、

 都市レーマノイアを拠点として、敵軍の出方を伺った。


 一方の敵軍、オルセニア将軍率いる連合軍の第二軍も

 都市レーマノイアの前に広がるレネピアー平原に留まり、

 自分からは無理に攻撃を仕掛ける事なく、様子見に徹した。


 オルセニア将軍は特別優れた指揮官ではなかったが、 

 特別無能な指揮官でもなかった。

 だから彼は自分の役割と自分が置かれた状況を正確に理解していた。


 自分達の役割はあくまで南部エリアの制圧。

 あるいは南部エリアの敵軍を食い止める事。

 総司令官ラミネス王太子もそれ以上の事は望んでないであろう。


 ならばここは無理せず様子見で行こう。

 そう決め込んだオルセニア将軍は無理に兵を動かさず、

 相手が攻めてきた時に備えて防御陣を敷いた。


 それに対して帝国のタファレル将軍とバズレール将軍は、

 この場をどうすべきか、お互いに議論を重ねた。


「どうやら敵も無理に攻めるつもりはなさそうですな」


「ええ、そのようでしょうな」


 と、バズレール将軍が答えた。

 禿頭とくとうのタファレル将軍に対して、

 バズレール将軍は髪の量が多いざんばらの黒髪。


 体格面でも身長180超え、

 と見た目ではタファレル将軍より立派であったが、

 性格面ではやや優柔不断で決断力が欠けている男であった。


 対するタファレル将軍は見た目こそやや貧相に見えるが、

 状況判断にも優れており、常に冷静さを保った指揮官であった。


「伝書鳩や伝令兵によると皇帝陛下は、

 東部エリアと北部エリアの「四聖龍」を解放したそうです」


「それは本当でしょうか!?」


 驚きの声を上げるバズレール将軍。

 対するタファレル将軍は平静を保っていた。


「ええ、どうやら皇帝陛下は最後の切り札を出したようです。

 ですがこの南部エリアと西部エリアの聖龍は、

 解放するおつもりはなさそうです」


「ぬぬっ……そうですか」


「恐らく皇帝陛下率いる本隊で敵の本隊を食い止めて、

 敵の侵攻が激しい北部エリアを聖龍で護るおつもりでしょう。

 ですがそうなると我等の南部エリアに注意を払う余裕はないでしょう」


「……言い換えれば我々は捨て石、という事ですかね?」


「そこまでは言いませんが、陛下もご自分の事で精一杯なんでしょう。

 となれば我等としては無理せず、現状維持に努めるべいです」


「そうですな、それが良いと思います」


 と、バスレール将軍。


「私も同感です、では我が第五軍は、

 このままレーマノイアに留まり、敵の進軍を食い止める。

 それを最優先にして、長期戦を挑みましょう」


「了解です」


 こうして南部エリアの戦いも以上の理由から膠着状態となった。

 一見すれば連合軍の優位に見えるが、

 状況次第では帝国軍の逆転の機会を残したまま、

 両軍の戦いは佳境を迎えようとしていた。


次回の更新は2023年9月10日(日)の予定です。


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― 新着の感想 ―
[一言]  さすがに帝国には皇帝とともに死にたい人はいないようですね。ですがそれが普通だと思います。  状況次第では寝返るつもりでいるようですが、裏切り者が重宝されるとは思えませんね。  北と東だけの…
[一言] 更新お疲れ様です。 久々に本編登場タファレルさん。今日も戦場で禿頭が目立ってますね。 バズレール将軍といいコンビなのかもしれませんね。 髪も性格も対比されているような気がしますし。 アス…
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