第百十六話 炎の聖龍(前編)
---三人称視点---
バンクレーバー神殿はガースノイド王朝時代、
国王レイル八世が構想、提言して、
『ガースノイドの著名人』を祭った偉人達の殿堂として、
聖歴1342年に建立された。
威風堂々としたバンクレーバー神殿は、
都市ラスペラーガの北約十キール(約十キロ)の場所、
ブライク河岸の丘の上に建っていた。
皇帝ナバール、総参謀長フーベルク。
そしてシュバルツ元帥の三人が部下を引き連れて、
その荘厳とした神殿内に入っていった。
ナバール達は神殿内の神官達に誘導されて、
神殿の中心部へと向かった。
すると神殿の中心部に巨大な龍の石像が立っていた。
そこは部屋というより、広大な大広間であった。
天井の高さはおよそ十五メーレル(約十五メートル)以上。
奥行きもかなり広い、壁面や脊柱にはびっしりと呪文が刻まれている。
その中央に置かれたおよそ十メーレル(約十メートル)を超える巨大な石像を
前にして、皇帝達は思わず息を呑んだ。
鋭い双眸に大きな二つの翼、そして長くて太い尻尾。
首元には「テイム・チョーカー」と思われる首輪が嵌められており、
手には鋭い五本爪、まごうことなき巨竜であった。
「今は石化状態にしているのか?」
「そうでございます、基本的に東西南北の神殿に
祭られた「四聖龍」は石化状態で何百年も放置しておりました。
如何せん、並の術者や竜騎士の手に
おえるものではありませんでしたので」
初老の男性神官が緊張気味にそう答える。
彼だけでなく周囲の神官達も緊張した表情で皇帝達を見据えていた。
「この神殿の代表は誰だ?」
「……私でございます」
そう答えたのは白い法衣を来た高齢男性の大神官。
全体的に落ち着いた雰囲気だが、
その両眼には知性と強い意志が宿っていた。
「……貴公の名は?」
「クルーバーです、エルネスト・クルーバー。
一応この神殿の最高責任者であります」
「では余は貴公の事をクルーバーと呼ぼう」
「はい、陛下のお好きなようにお呼び下さい」
「クルーバーよ、この聖龍を解放及び契約する為には、
まずは石化解除を行い、そして石化が解けたら、
契約者がこの聖龍と契約を結べば良いのだな?」
「理論的にはそうでございます。 ただ……」
「ただ、何だ?」
「如何せん、私もこの聖龍が実体化したところを
観た事がありません、それ故に石化が解除されたら、
どのような事態が起こるか、見当もつきません」
「クルーバー、貴公はこの神殿に勤めて何年になる?」
「……もう三十年くらいになります」
「そうか、三十年か」
皇帝はそう言って大きく頷いた。
そしてその鳶色の瞳で眼前の大神官を凝視した。
「貴公が三十年もこの神殿に勤めたのは、
まさに今この時の為だ、我が帝国は今存亡の危機にある。
それ故に余はこの聖龍を解放する事を決意した」
「……左様でございますか」
「嗚呼、だから今からこの聖龍の石化を解く。
そしてそこに居るシュバルツ元帥が聖龍と契約を結ぶ。
それが完了したら、この聖龍を実戦投入するつもりだ」
「……そうですか」
「クルーバー、余も不安といえば不安だ。
だが今は動くときだ、だから貴公の知恵を余に貸して欲しい」
「……私で良ければ喜んで力をお貸しします」
「うむ、ではまずは石化解除を行う。
聖龍の立つ位置に大きな魔法陣を描くのだ。
そして各魔導師も魔法陣の上に乗り、
聖龍の石化が解けるまで、治療魔法を唱え続けろ!」
「御意!」
「では今より聖龍の石化解除を行う。
皆の者、心してかかるのだぁっ!」
「ははっ!!」
皇帝の言葉に従い、
周囲の魔導師達が足下に魔法陣を描き始めた。
そして聖龍の石化解除が始まった。
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「まだだ、魔力をドンドン注ぎ込め!」
「はっ! 魔力解放!」
集められた魔導師達が、一斉に聖龍の巨大な魔法陣に触れた。
次の瞬間、巨大な魔法陣が眩く光りだす。
魔導師達は次々と両手から魔力を注ぎ込む。
巨大な魔法陣は更に輝きを増していく。
赤、青、白、緑と色を変えつつ、
神殿の中央部が圧倒的な光が照らされた。
そしてその発せられた光が、聖龍の身体を包み込んだ。
「我は汝、汝は我。
母なる大地ハイルローガンの加護のもとに……『ホーリーキュア』!!」
「ホーリーキュアッ!」
「帝王級の治療魔法行きますっ!
我は汝、汝は我。 母なる大地ハイルローガンの加護のもとに……
『ディバイン・キュア』!!」
次々とかけられる上級以上の治療魔法。
すると巨竜の石像が魔力に包まれて、身体から光を発した。
そして巨竜の石化が解け始めて、赤い皮膚が露わになる。
「ホーリーキュアッ!」
「ホーリーキュアァッ!」
「グルルルゥゥゥッ!!」
石化状態が解けて、聖龍の姿が実体化される。
体長は十メーレル(約十メーレル)をゆうに超えており、
逞しい巨木のような四肢。 紅い無数の鱗。
大きな二つの翼、そして首元には黒い首輪が嵌められていた。
「……これが聖龍か」
皇帝ナバールも思わず息を呑んだ。
彼も龍の類いは何度か目にした事はあるが、
これ程の巨竜を観たのは初めての経験であった。
それは総参謀長フーベルクも同じだ。
だがシュバルツ元帥はこのクラスの居留ではないが、
七、八メーレル級の龍ならば観た経験はある。
しかしこの聖龍が全身から発する威圧感と魔力は、
これまで対峙した龍とは比較にならないレベルであった。
そして眼前の赤い聖龍は、低いうなり声をあげて、
皇帝ナバール達に語りかけた。
「……小さき者どもよ」
「わ、我等の言語を理解しているのか!」
そう、聖龍が喋ったのはガースノイドの公用語である。
帝国となった今でも王朝時代からの公用語を使用していた。
兎に角、この聖龍は人間の言語を理解しているのだ。
これには皇帝だけでなく、周囲の部下、神官も驚愕した。
「……『進化の宝玉』を使ったという
言い伝えは本当だったのか!?」
「小さき者どもよ。 何故、我が眠りを妨げた?」
「……」
厳かな聖龍の声が広間に響き渡る。
どうやらいきなり襲って来る事はなさそうだ。
「我が名はラグナール。 答えよ、何故、我が眠りを妨げた?」
「……」
そこで皇帝とその部下達が視線を交わし合う。
すると皇帝は小さく頷いて、前へ一歩踏み出した。
そしてナバールは威厳のある声で聖龍の言葉に応じた。
「余はガースノイド帝国の初代皇帝ナバール一世である。
炎の聖龍ラグナールよ、貴公の力を余に貸して欲しい!」
周囲の者が見守る中、皇帝ナバールは毅然とした態度を貫いた。
――例え相手が聖龍であろうと、オレは媚びぬ。
――だが聖龍の自尊心は傷つけない。
――この辺が交渉の鍵となるであろう。
こうして皇帝ナバールと聖龍の交渉が静かに始まった。
次回の更新は2023年9月6日(水)の予定です。
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