第百十五話 四聖龍(しせいりゅう)
第十四章 背水の陣
---三人称視点---
聖歴1755年10月10日。
連合軍は西方軍、南方軍、東方軍の三部隊から
帝国軍を追い詰めて、帝国領土内に侵攻を果たした。
ガースノイド帝国の建国以来、
本土を敵軍に攻められることは初めての事であった。
だが都市ラスペラーガに陣取った皇帝ナバールは冷静であった。
都市ラスペラーガは、
エスベル河とブライク河の合流する地点に位置する古い商業都市であり、
皇帝ナバールはここを最終防衛線として戦うつもりであった。
皇帝ナバールは約五万の兵を率いて、
この古都で対連合軍を相手に背水の陣を敷いた。
本陣の床几に腰掛ける皇帝ナバール。
そして総参謀長のフーベルクとシュバルツ元帥が
直立不動で立ちながら、皇帝の言葉を辛抱強く待っていた。
「余はこのラスペラーガを最終防衛線として、
連合軍相手に背水の陣で戦いを挑むつもりだ。
とはいえ厳しい戦況なのは事実。
それ故に卿等、二人の意見を聞かせて欲しい」
「では申し上げます、皇帝陛下。
あなたは帝都ガルネスを火の海にするお覚悟はありますか?」
総参謀長フーベルクは冷気を帯びた声でそう問う。
すると皇帝ナバールは数秒ほど考え込んでから――
「……いやそのつもりはない。
余の独断で帝都ガルネスを火の海にする事は出来ぬ」
「左様ですか」
「嗚呼……」
「となればこの戦いは厳しくなるでしょう。
いや勝機はない、といってもいいかもしれません。
連合軍の三部隊で我が軍は分断された状態にあります。
まあ戦場の範囲が狭まった為、
各部隊の指揮官との意思の疎通は図りやすくなったでしょうが、
既に各部隊も疲弊した状態、故にこのままでは我が軍は負けます」
歯に衣を着せぬ総参謀長の言葉にナバールも「嗚呼」と頷く。
勿論、ナバールもそんな事は理解していた。
だが彼が求めるのはあくまで勝利、そして勝利の条件だ。
そして総参謀長フーベルクがその勝利の条件について語り出した。
「こうなれば我々も奥の手を使うしかないでしょう」
「……その奥の手とは何だ?」
と、皇帝ナバール。
「四聖龍を使うのです」
「成る程、四聖龍か」
「はい」
「……」
そう言葉を交わして皇帝は黙考する。
「四聖龍」はその名の通り聖龍である。
火、水、風、土の四属性を持った龍の中でも最高位に位置する存在だ。
その存在は旧ガースノイド王国時代からあり、
国を守護する聖龍として、ガースノイドの各地の神殿に封印していたが、
いざという時は国を護る戦力として実戦投入する。
というのが暗黙の掟だ。
尤も旧共和国時代、旧王国時代ではそれが実現される事はなかった。
「四聖龍」は聖龍であるが、それと同時に強力な破壊龍でもある。
一度実戦投入すれば、街や都市を火の海にしかけない。
それぐらい桁違いの戦闘力を有していた。
それ故に皇帝ナバールも直ぐには応えなかった。
だがもう皇帝にも帝国にも時間が残されてなかった。
「分かった、こうなれば仕方あるまい。
「四聖龍」を実戦投入する事にしよう。
……確か炎の聖龍はこのラスペラーガの近くの神殿に
封印していた筈だな?」
「ええ、「四聖龍」は帝国の各地の神殿に封印しております。
ですがこの追い詰められた状況では、
全ての「四聖龍」の封印を解くことは不可能でしょう」
「……だが何体かは封印を解く必要があるだろう。
特に帝国の北部エリア、ここには早急に手配する必要がある」
「そうですね、北部エリアには風の聖龍が封印されてます。
何とかその封印を解いて、北部エリアの防衛部隊に
合流させる必要があるでしょう。 ですが……」
総参謀長はそう言って、視線をシュバルツ元帥に向けた。
するとシュバルツ元帥もその意図を理解した。
「聖龍を制御する為に高レベルの竜騎士が必要というわけですね」
シュバルツ元帥の言葉に総参謀長フーベルクが頷いた。
「聖龍は只の龍ではありません。
言い伝えではあの『進化の宝玉』を使って、
巨龍を聖龍に進化させたと言われてます。
封印を解く際には首に魔道具の『テイム・チョーカー』を嵌めますが、
それだけで聖龍を制御するのは難しいでしょう」
「成る程、そこで竜騎士の出番という訳か」
「その通りです、皇帝陛下。
シュバルツ元帥は帝国最強の竜騎士です。
彼ならばきっと聖龍を操る事も可能でしょう」
「……微力を尽します」
と、シュバルツ元帥。
「では元帥にはこの東部エリアの炎の聖龍を任せよう。
後は北部エリアの風の聖龍を制御する為の人選だが……」
「陛下、それならば我が騎士団の副長であるエマーンに任せるべきでしょう。
彼ならば聖龍を操る事も可能だと思います。
ですが陛下、一つ疑問があります」
「……何だ、申してみよ?」
「……では西部エリア、南部エリアの聖龍はどうするおつもりでしょうか?」
「……聖龍を開放するのは北部エリア、東部エリアのみとする。
仮に全ての聖龍を解放したところで、それを制御出来ねば意味はなかろう」
「……確かに。 ですがそうなると西部エリアと南部エリアの味方が厳しい状況に
置かれる事になると思いますが……」
元帥の指摘は尤もであった。
だが皇帝の返答は想像以上に厳しい内容であった。
「既に我が軍は追い詰められつつある。
だからここからは我が東部エリア、
そして北部エリアの防衛に専念して、反撃の機会を待つ。
その為には余は西部エリアと南部エリアの味方を切り捨てる覚悟も出来ている」
「なっ……」
皇帝の言葉にシュバルツ元帥も思わず驚きの声を漏らした。
だがそんな元帥の思いとは裏腹に、
皇帝ナバールが淡々と言葉を紡いだ。
「西部エリアの第四軍を率いるハーン将軍は、
計算高い男だ、今回の戦いで我が軍はかなりの大打撃を受けている。
だから計算高いあの男は連合軍に寝返る……可能性がある」
「……確かにハーン将軍は計算高い男ですが、
これまでもずっと帝国に貢献してきた将軍であります。
それを疑念だけで排除するというのは……」
皇帝に軽く反論するシュバルツ元帥。
だが皇帝は表情一つ変えず、持論を曲げなかった。
「元帥、卿の言いたい事はよく分かる。
だが既に余と帝国は追い詰められた状況にある。
だから余はハーン将軍とレジス隊長を切り捨てるつもりだ」
「……では南部エリアのタファレル将軍とバズレール将軍は、
どうなさるおつもりですか?」
「……タファレルはああ見えて優れた指揮官だ。
それ故に連合軍相手に大敗するという事はないだろう。
恐らくピンチになれば、程よいところで撤退するであろう。
そういう部分も含めて、
南部エリアが敵の手に落ちるには時間もかかるであろう」
「つまりタファレル将軍も切り捨てるわけですね」
元帥は不服そうな表情でそう告げた。
だが皇帝は相変わらず表情を変えなかったが、
皇帝のフォローをすべく、総参謀長が口を挟んだ。
「シュバルツ元帥、言葉を慎みたまえ。
皇帝陛下も断腸の思いで下した決断だ」
「……すみません」
「まあ元帥をそう責めるでない。
元帥の主張は余も痛いほど分かる。
だが今は非常時なのだ、この余が死ぬか、囚われるか。
あるいは帝国が滅ぶかの瀬戸際なのだ。
それ故に全員が納得出来るような方法はそうはない。
だが余はまだ諦めてはおらぬ。
この状況下でも勝利を掴んでみせる」
「それでは陛下、我々は東部エリアの聖龍が
封印されたバンクレーバー神殿へ向かいましょう」
「そうだな、だが我が軍から北部エリアに
皇帝直属部隊の魔導師を五百人。
五千人の兵士を派遣する事にしよう」
「そうですね、皇帝陛下の本隊の部隊は、
殆ど被害が出ていないので、それくらいの戦力なら
派遣しても問題ないでしょう」
と、総参謀長フーベルク。
「嗚呼、だが北部エリアを制圧される訳にはいかぬ。
だから元帥の部隊からも副長だけでなく、
何人か高レベルの竜騎士を派遣せよ!」
「御意!」
そしてシュバルツ元帥の『帝国黒竜騎士団』からも
何人かの高レベルの竜騎士が北部エリアに派遣された。
とはいえ帝国軍が不利な状況には変わりなかった。
その不利な戦況を打開すべく、
皇帝はやや芝居じみた口調で周囲の部下を鼓舞する。
「我が帝国は不利な状況にあるが、
我々はまだ負けた訳ではない。
そして余は勝利を掴むべく、封印された『四聖龍』の封印を解く。
聖龍の力を持ってすれば、連合軍を倒す事も可能であろう。
だが聖龍の力だけでは、勝つ事は出来ぬ。
だから卿等の不屈の意志と力で共に連合軍と戦おうではないか!」
やや見え透いた感じのアジ演説であったが、
皇帝の直属部隊や周囲の帝国兵は熱を帯びた表情で――
「我が命を帝国の為に捧げます!」
「皇帝陛下、万歳!」
「帝国万歳!」
と、熱気に満ちた叫び声が天に木霊する。
その様子を見ながら、皇帝は右拳を強く握りしめた。
――まだだ、まだ勝負はついてない。
――余はこんなところで負ける訳にはいかない。
――だから余は勝つ為に非常になる。
そして皇帝は数千人の兵士を引き連れて、
都市ラスペラーガからバンクレーバー神殿へ向かった。
次回の更新は2023年9月3日(日)の予定です。
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