第百九話 野蛮人の底力(後編)
---三人称視点---
「ハア、ハア、ハア、し、信じられん」
クレーベル隊長は呼吸を乱しながら、両眼を見開いた。
周囲には虫の息、あるいは生き途絶えた騎兵隊員が地面に倒れていた。
その数は軽く見て数十人を超えている。
これ程の数の味方がほぼ一人の男に倒されたのだ。
その男――狂戦士ラングは前方で
漆黒の戦斧を両手に握りながら、周囲の味方を威嚇していた。
「隊長、これ以上の戦いは危険です。
ここは最初の方針通り、戦乙女殿を呼びましょう」
「……そうだな、正直我々じゃ奴の相手は務まらない」
「はい、では信号弾を撃ちます」
「ああ……」
すると副隊長のマルディーニが緊急信号弾を頭上に撃った。
頭上で副隊長の打ち上げた信号弾が破裂音と共に眩しい閃光で空を染め上げた。
「お嬢様、あれは緊急救援の信号弾です」
アストロスが青空を指さして、そう言った。
「ええ、そのようね。
皆、今から最前線へ飛び出すわよ」
「了解です」
と、エイシルが小さく頷く。
「了解だワン」
「了解だわさ」
ジェインとロミーナも相槌を打つ。
そしてリーファは華麗な手綱捌きで、白馬を西方向へ走らせていた。
リーファを追うようにアストロス達も馬を走らせる。
だが大型犬に乗るジェインとポニーに乗るロミーナは、
リーファ達が乗る馬のスピードには追いつかなかった。
しかしリーファはジェイン達を置いて、
全力で白馬を走らせ続けた。
五分後。
リーファは最前線に辿り着いた。
だがそこで凄まじい光景を目の当たりにして、思わず絶句した。
数十名を超える騎兵隊員が骸となって地面に転がっていた。
多くの者が致命傷を負い、手足などが欠損していた。
酷い者は頭部を破壊されてたりもした。
「戦乙女殿、来て頂けましたか!」
「……クレーベル隊長」
「……見ての通り酷い有様です。
この惨状はたった一人の敵が引き起こしたものです」
クレーベル隊長はそう言って、視線を前方に向ける。
その視線の先には、全身に返り血を浴びた男が立っていた。
言うまでもない、ラング将軍である。
「――お嬢様」
「リーファさん」
アストロスとエイシルも遅れて駆けつけた。
するとリーファの存在に気付いたラングが声を掛けてきた。
「その金髪と白金の鎧姿、久しぶりだな。
アスカンテレスの戦乙女よ」
「……」
リーファは黙っていた。
この男の発する殺気と覇気は人並み外れていたが、
リーファは賞賛する気持ちにはなれなかった。
むしろ生理的嫌悪感を感じた。
女性であるリーファがそう思うのも当然であった。
「ふん、だんまりか。 それとも恐れをなしたのか?
だが貴様にはこの右眼の恨みがある」
ラングはそう言って、左手で黒い眼帯に覆われた右眼を触る。
……。
出来きれば今すぐにもこの場から去りたい。
こんな男とは言葉を交えるの事すら嫌であった。
でも自分は戦乙女。
故に敵を前にして逃亡する事は許されない。
そう覚悟を決めたリーファはラングに視線を向ける。
「そういえばそうだったわね。
でもあのくらいの傷なら治癒魔導師の回復魔法で治せたのでは?」
実際、右眼の負傷くらいならば、
聖王級以上の回復魔法で治す事も可能だ。
但し眼球自体が抉れていたら話は別だ。
欠損箇所の部位があれば、
回復魔法でちぎれた腕や折れた歯を治す事も可能である。
だが欠損箇所の部位がなければ、治療は困難だ。
そしてラングは眼球こそ切り裂かれたが、
眼球自体は失っていない。
その理由をラングは雄々しき声で述べ始めた。
「確かに貴様の言うとおりだ。
だがこの右眼はあえて治さなかった。
その理由を貴様は分かるか?」
「さあ? 興味もないわ」
「ふん、それは貴様をこの手で倒すまで、
俺はあえてこの右眼を治さなかったのだ。
そしてどうやらこの右眼を治す機会が訪れたようだな」
「……成る程、でも残念ながらそれは不可能よ。
何故なら貴方はここで私に倒されるのだから……」
「ほう、つまり貴様も俺との再戦を望んでいるという訳か?」
「……」
リーファは即答を避けた。
なんだかんだいってラングは疲弊した状態にある。
この場はクレーベル隊長達と共闘してラングと戦うべきっか?
だがすぐにその考えは改めた。
アストロスはそれなりの剣士だが、
ラングの相手をするのは厳しいだろう。
エイシルは優れた魔導師だが、
対人戦でラングに標的にされたら、倒される可能性は高い。
獣人であるジェインとロミーナも同様だ。
結局のところ、この場はリーファ一人が戦う方が犠牲が少ない。
とはいえリーファ自身、ラングと戦う事に躊躇いを感じた。
でもそれはリーファ個人としての意見。
そして彼女はこの場は戦乙女としての選択肢を選んだ。
「貴方さえよければ、私も再戦を望むわ。
それも一対一の真剣勝負よ」
リーファは白馬から降りて、低い声でそう問うた。
するとラングは微笑を浮かべて、リーファの問いに応じた。
「嗚呼、俺も貴様との再戦を望む」
「ええ、でも戦いの前に一つだけお願いがあるわ」
「……何だ?」
「周囲の仲間の遺体をこの場から運び出したわ。
彼等の遺体をこれ以上は傷つけたくないのよ」
「……良かろう、それは許可しよう」
「ありがとう、じゃあ騎兵隊の皆さん。
仲間のご遺体をお運びください」
「了解した!! よし、お前等今すぐ行動しろ!」
「はい」
十分後。
騎兵隊の隊員によって、仲間の遺体が運び出された。
この五分間でリーファも精神を落ち着かせる事に成功した。
だが同時にラングに体力回復の機会を与えたのも事実。
だけどこれはこれで仕方なかった。
仲間の遺体がこれ以上傷つくのは、心情的にも嫌であった。
兎に角、これで戦いの場は整えられた。
「準備も整ったわね。
後は封印結界を張ればお膳立ては終わり。
ラング将軍、封印結界は私が張って良いかしら?」
「嗚呼、別に構わん」
「ではお言葉に甘えるわ」
そしてリーファは封印結界の範囲を設定する。
全長300メーレル(約300メートル)、幅十五メーレル(約十五メートル)。
それに加えて高さも十メーレル(約十メートル)に設定。
この大きさなら、高さも生かせた戦いを行う事が可能だ。
その事を頭に入れてリーファは、封印結界の呪文を詠唱し始めた。
「我は汝、汝は我。 嗚呼、母なる大地ハイルローガンよ!
我が願いを叶えたまえっ! 『封印結界』ッ!!」
リーファがそう呪文を唱えると、
リーファの周囲がドーム状の透明な結界で覆われた。
そしてリーファとラングを閉じ込めるように、ドーム状の結界が広がった。
縦と横の広さも程良く、高さも充分だ。
これならば二人とも結界内でも全力に戦う事が可能であろう。
「……念の為、結界の強度を確認させてもらおう」
ラングはそう言って、周囲を覆う透明な結界に近づいて、左手で触れた。
するとラングの左手が電流を浴びたように痺れて、結界に強く弾かれた。
「……うむ、これで周囲の邪魔が入る事はないな。
良かろう、この右眼の恨みを晴らさせてもらう!!
戦乙女リーファよ、覚悟しろ!
行くぞ! ――我が守護聖獣ライオネルよ。
我の元に顕現せよっ!!」
ラングはそう叫んで左手を頭上にかざした。
するとラングの頭上に守護聖獣の雄ライオンのライオネルが現れた。
対するリーファも自身の守護聖獣を召喚する。
「――我が守護聖獣ランディよ。
我の元に顕現せよっ!!」
するとリーファの足下に小柄なジャガランディが現れた
言うまでもない。
リーファの守護聖獣のランディだ。
「ランディ、行くわよ! 『ソウル・リンク』ッ!!」
「了解、リンク・スタートォッ!!」
リーファは間髪入れず『ソウル・リンク』を発動させた。
そしてリーファとランディの魔力が混ざり合い、
リーファの能力値と魔力が急激に跳ね上がる。
同様にラングも『ソウル・リンク』を発動する。
「ライオネル、『ソウル・リンク』だぁッ!!」
「御意、リンク・スタートォッ!!」
そしてラングと守護聖獣ライオネルの魔力が混ざり合い、
ラングの能力値と魔力も急激に跳ね上がる。
これで条件は五分となった。
だがリーファは慌てる事なく、
右手で戦乙女の剣の柄を握りながら、
両足で地面を強く踏んで、重心を低くして構えた。
――とりあえずまずは様子見ね。
――受けに徹して相手の出方を見るわ。
――でも相手は血気盛んな野蛮人。
――様子見している間に力で押し切られたら、
――元も子もないわ。
――だから細心の注意を払うわ。
戦乙女対狂戦士
その第二幕の戦いが静かに始まろうとしていた。
次回の更新は2023年8月20日(日)の予定です。
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