第百八話 野蛮人の底力(前編)
---三人称視点---
「こ、これは……」
リーファとその盟友、それと護衛部隊が前線にかけつけた時には、
前線の兵士や魔導師達は疲労困憊状態であった。
多くの者達が表情を青くして、肩で息をしていた。
「あっ、リーファさん。
あ、貴方も前線で戦う事になったのね」
「グレイス王女殿下」
「貴方と一緒ならきっと勝てるわ。
よ、よーし、もう一踏ん張り……あっ!!」
グレイス王女はそう言って、
地面に突き刺した聖剣を杖代わりにしたが、
体力の限界が来て、膝から地面に崩れ落ちた。
「お、王女殿下、大丈夫ですかっ!?」
「う、う~ん、少し厳しそうね」
疲労していたのはグレイス王女だけではない。
彼女の護衛部隊や周囲の兵士達や魔導師達も既に限界に近かった。
「王女殿下、ここは我々にお任せください」
「……そ、そうね。 そうした方が良さそうね。
じゃあ皆、ここはリーファさん達に任せるわよ」
「……は、はい」
そしてグレイスとエルフ族の部隊が中列まで下がった。
その代わりにリーファ達とその盟友。
アスカンテレス王国軍、猫族軍。
兎人軍の兵士達が馬に乗ったまま前線に躍り出た。
「お嬢様、この後の作戦はどうなさいますか?」
青毛の馬に乗ったアストロスがリーファにそう問いかけた。
するとリーファも白馬に跨がったまま、しばし考え込む。
魔法合戦はもうやらない方がいいわね。
こちらの魔導師部隊は既に魔力切れ、精神疲労状態だわ。
ならば強化魔法や支援技を前衛にかけて、
騎兵隊で敵の前衛部隊に猛攻撃を仕掛ける。
と行きたいところだけど、相手はあのラング将軍。
恐らくこちらもかなりの被害が出るわ。
……さてどうしたものかしら?
と、リーファは一人で悩むが――
「リーファさん、ボク達がサポートに回りますので、
ここはリーファさんの思うように動いてください」
「……エイシル」
「そうだよ、お姉ちゃん。
一人で悩まずオイラ達に頼ってよ」
「ジェイン、ありがとう」
「あたしも遠距離から弓矢で敵を減らすだわさ」
「ロミーナ……」
「……分かったわ、ここは貴方達を頼るわ。
アスカンテレス王国軍の皆さん。
周囲の魔導師や支援職に強化魔法及び支援スキルを
かけてもらってください、そして強化が済んだら、
騎兵隊を中心にして、敵の殿部隊目掛けて突撃します」
「……そうですな、この場ではそうすべきでしょうな。
よし、周囲の魔導師や支援職の皆、強化を頼む!」
騎兵隊の隊長クレーベルが周囲にそう指示を出した。
「はい、――プロテクト!」
「――クイック!!」
「了解です、楽器を奏でて、支援するぞ!
『怒りのラプソディッ!』!」
「了解!『怒りのラプソディッ!』!」
周囲のの吟遊詩人や宮廷詩人が手にした楽器を奏でるなり、
周囲の仲間達の身体が眩い光に包まれた。
『怒りのラプソディ』は周囲の仲間の力と攻撃力を上げる歌・楽器スキルだ。
「良し、全員の強化魔法がかかったな!
戦乙女殿、少し宜しいですか?」
「……クレーベル隊長、何でしょうか?」
「敵はあのラング将軍。
恐らく厳しい戦いになるでしょう。
だが相手も連戦が続いており、疲労した状態です」
「そうでしょうね」
「なのでまずは我々、騎兵隊が突撃します。
それで相手を更に疲弊させたところで
戦乙女殿とそのお仲間が
前線に出て、ラング将軍に止めを刺してください。
恐らく奴は貴方に一騎打ちを申し込むでしょう。
そして貴方にはその一騎打ちに応じて頂きたい」
「……了解です」
またあの野蛮人と戦うのね。
でも私以外じゃあの男の相手は務まらないでしょう。
いいわ、これも任務と思って引き受けるわ。
リーファはそう思いながら、口を真一文字に結ぶ。
「我々も苦しいですが、敵も苦しい筈。
なのでここは歯を食いしばって共に戦いましょう」
「ええ、クレーベル隊長。 ご無理にはならさずに!」
「はい、私もまだ死にたくはありませんので。
良し、皆! これより我が騎兵隊は敵の殿部隊に
突撃する。 苦しい戦いになるだろうが気力で乗り越えるのだ」
「はい!」
「おおっ~」
そして長槍と連隊旗を手にした騎馬兵達は、
「進め、進め!」と叫びながら帝国兵めがけて突撃した。
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「――プル・ストライク!」
「ぎ、ぎ、ぎゃあああぁっ!?」
「ふん、生温いわ! ――レイジング・スパイクッ!」
ラング将軍は素早く技名コールを告げて、
両手で握った漆黒の戦斧を力強く頭上に振り上げ、一直線に振り下した。
それが前方の騎兵隊の頭部に命中。
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐぎゃあああぁぁぁっ!!」
この世のものとは思えない断末魔。
頭部を破壊された騎兵隊員は軍馬の鞍から崩れ落ちた。
ラング将軍は黒鹿毛の軍馬に跨がりながら、
相手を煽るように右手に持った戦斧を頭上に掲げた。
「どうした? どうした? どうした?
連合の騎兵隊はこんなものか?
この程度では我等は怯まんぞぉっ!」
「くっ、弓騎兵っ!
中列から矢を放つのだぁっ!!」
クレーベル隊長がそう叫ぶなり、
中列の弓騎兵達は弓を構えて矢を放つ。
だがラング将軍は動じる事なく――
「――サイコ・バリアァッ!!」
と叫んで念動魔法で自分の周囲に透明色の障壁を張った。
弓騎兵達の放った矢がその透明色の障壁に弾かれる。
だがラング以外の騎兵や重装歩兵は矢を浴びて、
重傷、あるいは戦闘不能状態に追いやられた。
「くっ、どうやら少しばかり数が多いようだな。
ならばこちらも手を打たせてもらう」
ラングはそう言って左手を腰帯の皮袋に突っ込んだ。
そしておもむろに何かを取り出して、左手に握った。
その物体は掌サイズの赤茶色の何かの動物の心臓に見えた。
その物体の正体は「火蜥蜴の心臓」であった。
この「火蜥蜴の心臓」は、興奮剤や強化薬にも
使われる精力と活力に満ちた触媒の一種であった。
ラングは左手に握った「火蜥蜴の心臓」を口元に寄せて、
がぶりとかぶりついた。 その瞬間、ラングの全身の体温が上がる。
「ぬおうっ」
ラングが低い声で唸る。
すると彼の顔が紅潮して、全身から力が漲り始めた。
このように直接「火蜥蜴の心臓」を囓ると、
効果は大きいが、血圧と体温が上がるので過剰摂取は危険である。
ラングもその事は理解していたので、
一口だけ囓ると「火蜥蜴の心臓」を再び皮袋に入れた。
ラングのその行動を目の当たりにしたクレーベル隊長が固唾を呑んだ。
「恐らくアレは興奮剤か、強化薬の類いだ。
狂戦士に強化薬か。
このまま奴を放置しては危険だ、弓騎兵隊!
あの前方の男に向かって、矢を放てっ!!」
「はい! ――クイック・ショット」
「――スナイパー・ショット」
クレーベル隊長の指示通り矢を放つ弓騎兵隊。
対するラングは右手に持った漆黒の戦斧を前方でぐるぐる旋回させて、
飛び交う矢を次々と弾き飛ばした。
「温いわぁっ! 今度はこちらの番だぁっ!!」
ラングはそう叫んで、黒鹿毛の軍馬を走らせた。
「く、糞っ……なんて奴だ!?」
「――額だ! 標的の額を狙――」
「――ハイパートマホークッ!!」
「ぎ、ぎゃあああ……あああぁっ!!」
ラングの投擲した戦斧が前方の弓騎兵の頭部に命中。
「――念動力」
ラングは念動魔法を発動させて、
投擲した漆黒の戦斧を手元にたぐり寄せる。
そして口を大きく開いて、
充血した眼で前方の弓騎兵達を睨んだ。
「な、なんだ彼奴、あの眼は正常でないぞ」
「く、くっ……あ、あんな奴と戦えというのか!?」
「さ、下がるな。 すぐに矢を放て!!」
クレーベル隊長が叱咤激励するが、
周囲の弓騎兵はラングの狂気的な殺気に戦意を失う。
それを瞬時に読み取ったラングが周囲の部下を大声で焚きつけた。
「よし、敵は怯んでいる。
今こそ『帝国鉄騎兵団』の力の見せ所だぁっ!!」
俺が先陣に立つから、貴様等もついて来いっ!!」
「はいっ!!」
そこから先は一方的な虐殺であった。
ラングは戦斧を上下に振って、敵の矢を弾き、間合いを詰めた。
「――レイジング・スパイクッ!」
「ぎゃあああぁぁぁっ!!」
視界に入る者を次々と切り倒す。
あるいは力任せに強打して、相手を死に追いやる。
そのような蛮行を繰り返して、
騎兵隊と弓騎兵隊を血の海に沈めた。
その姿はまさに狂戦士そのものであった。
次回の更新は2023年8月19日(土)の予定です。
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