序章(プロローグ)
---三人称視点---
「リーファ・フォルナイゼンッ!!」
アスカンテレス王国の王城の大広間で、
少年の甲高い声が周囲に響く。
「お前との婚約をここで破棄する!
お前が妹のマリーダにした数々の悪行を赦すことは出来ぬっ!
貴様のような女を妃には出来んっ!
私、ナッシュ・フォア・アスカンテレスは、
この時この場をもって、侯爵令嬢リーファとの婚約を破棄し、
マリーダ・フォルナイゼンを新たな婚約者として迎える!」
少年の唐突な宣言により、
周囲の者達の視線が自然と少年と金髪碧眼の少女に向く。
その少女こそが侯爵家令嬢リーファ。
金髪碧眼、白皙、秀麗な眉目。
髪型はセミロングの髪を黒のシュシュでまとめたポニーテール。
顔立ちは可愛いというよりかは美人。
その切れ長の目には強い意志と覇気が備わっていた。
身長も女性にしては、高めの168セレチ(約168センチ)。
手足も長く、やや大きめの胸、引き締まったウェスト。
まさに理想的なプロポーションの持ち主であった。
そしてそんな彼女を鋭く睨んでいたのは、
アスカンテレス王国の第二王子のナッシュ・フォア・アスカンテレス。
見た目はなかなかの美男子だが、
その表情からは王族特有の高慢さと尊大さが滲み出ていた。
周囲の者達も「何事か?」といった感じで二人の様子を見守った。
よく見るとナッシュ王子の後ろに一人の少女が立っていた。
光沢感と艶のあるプラチナシルバーのセミロング。
身長は155セレチ(約155センチ)前後、だがプロポーションは悪くない。
またリーファ程ではないが、容姿も端麗であった。
そんな彼女こそがリーファの義妹のマリーダ・フォルナイゼンだ。
そしてマリーダはナッシュ王子の背中に隠れる。
するとナッシュ王子は大声でリーファへの弾圧を始めた。
「このマリーダに対する数々の陰湿な嫌がらせ。
知らないとは云わせないぞっ!!」
だがリーファは恐れる様子も見せず、
平坦な声でナッシュ王子に問い返した。
「数々の陰湿な嫌がらせ?
私には身に覚えはありませんが?」
「白々しい! 貴様はマリーダのドレスや衣服を切り裂いたり、
マリーダの食事に青虫を入れたり、
更には自分の子飼いの執事とメイドに命じて、
何年も前から数々の嫌がらせを続けていたそうだな!
マリーダの様子が最近おかしいと思って問い質したら、
泣きながら私に本当の事を話してくれたぞ。
私は姉から不当な扱いと虐めを受け続けている、とな」
「どうしてそれが私の仕業という事になるのです」
「貴様しかおらんだろ! 私がマリーダを厚遇する事を妬んで、
醜い嫉妬心にかられたお前が彼女に数々の嫌がらせをしたんだ。
貴様はなんという卑劣な女だぁっ!!」
王族からこのように弾劾されたら、普通の少女なら当惑するであろう。
だがリーファは怯える事なく、毅然とした態度を貫いた。
「……一方的な物言いですわね。
婚約の撤回は、国王陛下もご存じなんでしょうか?」
「嗚呼、父上の承認も得ている。
貴様の、いやマリーダの父君がお前の悪行を父上に涙ながら伝えた。
その結果、父上も今回の婚約の撤回を認めてくださったのだ」
すると周囲の観衆達もざわついた。
「本当ですの? ならリーファ嬢はもう終わりですわね」
「ああ、でも私は前から好かんかったけどな。
いつも自信満々な表情で私達、貴族にも接していた。
何と云うか女としての可愛げがないんだよ」
「そうそう、基本的に高飛車なんですわ。
でもこれで彼女も終わりですわ、いい気味だわ!」
周囲の貴族達も聞こえよがしにリーファの陰口を叩き始めた。
このように晒し者にされたら、並の者ではとても耐えられないだろう。
だがリーファは俯く事もなく、真っ直ぐな視線でナッシュ王子を見据えた。
「ふんっ……。 その目だ、その目。
他人を威圧するような目つきだ。
私は前々から貴様のその目つきが嫌いであった」
「申し訳ありません、でもこれは生まれつきのものです」
「ふんっ、要するに生まれつきの性悪という訳か?」
「何とでも仰ってください。
ですが私はマリーダには何もしておりませんわよ?」
「まあお姉様、あんまりですわ」
マリーダはそう云って、王子の背中ですすり泣いた。
尤もそれが嘘泣きである事をリーファは知っていた。
だがナッシュ王子はその嘘泣きに欺されて、いきり立つ。
「ふんっ、泣いて謝罪すると思いきや、開き直るのか?
貴様は昔からそうだ。 いつも尊大で自信満々で、
周囲を見下していた。 目障りなんだよぉっ!!
もう私の前から消えろ! 貴様などの顔など二度と見たくないわぁっ!!」
あまりにも一方的な物言いだ。
だがナッシュ王子は前々からリーファの事を嫌っていた。
美人だがいつも自信満々、それでいて優雅さと気品も兼ね備えていた。
夜会や舞踏会での振る舞いも完璧であった。
美貌でなく礼儀作法、品格も備えており、頭脳も明晰。
更には女子ながら剣術と魔法の腕前も超一流であった。
リーファは十五歳で飛び級で、
王立アスカンテレス大学の魔法学科を卒業。
また魔法ギルドや冒険者ギルドにも所属しており、
魔導師としても、冒険者としても超一流。
ナッシュ王子はそんなリーファの姿を見ていくうちに、
彼女に対して強い劣等感を抱くようになった。
そんな彼に取り入ったのが、義妹のマリーダだ。
リーファの実父ハイライド・フォルナイゼン侯爵は、
リーファの母親ソフィアが四年前に病死した翌年に
マリーダの実母アクアと再婚した。
そして再婚して以降、ハイライドの性格が徐々に変わっていった。
継母アクアは事ある事に、ハイライドにリーファの悪口を吹聴して、
娘と結託して、リーファがマリーダを虐めている、などの虚言を次々と吐いた。
最初はハイライドも「そんな馬鹿な……」と否定してたが、
アクアとマリーダは何年にも渡って嘘をつき続けた。
そしてそれらの虚言に対して、反論するリーファは
実に威風堂々としており、父親であるハイライドも気圧され気味であった。
そこでハイライドはリーファに死んだ妻ソフィアの姿を重ねた。
ハイライドは元々、気弱な性格。
結婚も両家で決められた政略結婚であった。
最初こそソフィアの美貌に惹かれたハイライドであったが、
次第に彼は妻に対して強い劣等感を抱くようになった。
リーファもそうだが、
その母ソフィアも気高く自信に満ちあふれていた。
そしてアクアとマリーダは表向きは良き妻と良き娘を演じた。
するとハイライドは次第にリーファの事を疎むようになった。
それからアクアとマリーダは、
恥知らずにも姉の婚約者であるナッシュ王子に取り入ったのだ。
だがリーファはその事も知っていた。
しかし彼女はそれでも狼狽えず、堂々としていた。
「……ナッシュ殿下からの婚約破棄。
王家の総意として受け入れましょう!」
「今後、貴様が何を云って取り合うつもりはないから、
侯爵家の力に頼ろうとなどとは思うなよ!
フォルナイゼン侯爵も貴様に対して、大変ご立腹されている」
「……左様ですか」
「嗚呼、そういう訳だ。
だから今すぐこの場から立ち去れっ!!」
「はい、それでは失礼します」
リーファはそう云って、
純白のドレスの端を少し摘まんで、綺麗なお辞儀をする。
そして踵を返して、この王城の大広間を後にした。
「まあ何と云う不遜な態度かしら!」
「アレではナッシュ王子が婚約破棄するのも無理はないですわ」
「本当に、でもこれで彼女も終わりですわ」
周囲の大衆が嘲るようにそう口にする。
しかしリーファは動じない。
いやむしろ勝ち誇ったような表情をして、
誰にも聞こえない小声で次のように呟いた。
「――計画通りっ!!」
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