惚れ薬を飲まされた弟
9惚れ薬を飲まされた弟
カーターのお誕生日会からおおよそ1ヶ月が経過したある日、カーターが目隠しをしてノクターン家の屋敷に帰ってきた。
カーターは今日は仕事は休みの日で、どうしても出ないといけない夜会に出席していたことは知っていた。カーターは元々社交的ではないし、夜会への出席は必要最低限に留めていたのだが、お父様が出ないといけない間柄の夜会にお父様が出れないという事でカーターが代理を務めることになったのだ。
夜会の主催者のご令嬢に勧められたお酒を飲んだ後視界が暗くなったことから、ルチアードが言っていた惚れ薬が入っていたのだと気付いたカーターは、眼を閉じたまま従者を呼んで急遽夜会から退席したとのこと。
うっかり目を開けないよう、念のため布で目隠しをして帰宅し、驚く使用人達に後で事情は説明する、怪我ではないので医者は呼ばなくても良いと声をかけて、従者に介助されながら私の部屋に来てここまでの流れを説明してくれたのだ。
先日、アーサー王子に飲ますくらいなら公爵家の誰かが犠牲になる方が良いと思ってはいたが、まさかカーターが引っかかるとは。
1番そういったものに警戒してそうに見えて詰めが甘いのね。くす。
「姉上、申し訳ないのですが犠牲になってください。」
あら、誕生日会の時は私には頼まないと言っていたのに。
「結局私に頼るのね。カーターは好きな御令嬢がいるんでしょう?貴方もご存知の通り私は貴族の御令嬢ならだいたい付き合いがあるから呼んであげるわよ。ちょうど明日お休みの日だし。」
「いえ、そういう方はいませんので謹んでお断りいたします。迷惑をかけてもよいのは姉上くらいかと存じますので、ご協力いただけますか。」
この間、恋愛してるっぽいこと言ってたじゃん。
秘めたる恋ってことなのかな?薬の勢いで告白したくないんだろうな。
それとも私に知られたくないからとかかな。
「まあ酷いこと。でも気にしなくてよいわよ。たった1週間くらいでしょ。」
強引に想い人を聞き出すほど無粋な真似はしないわよ。いつかお姉ちゃんに恋愛相談はしてほしいけどね。
「僕がもし、今後何か変なことを言ったとしても薬のせいなので忘れてください」
惚れ薬とはかなり強力なものらしいので、愛の言葉でも口走ることを危惧しているのだろう。
「ルチアードから聞いているからわかっているわ。安心なさい。」
「あくまでも薬のせいですからね。このまましばらく目が見えないのは困るので、仕方なくですからね?」
「しつこいわね。終わったら揶揄ってあげるから安心なさいな。」
「揶揄う気満々じゃないですか?!」
当たり前ではないか。
お姉ちゃんのことを散々下に見てきた報いを受けるがよい。
笑いまくってやる。
「ルチアードから注意されていたのに外で飲食した不注意はカーターの責任でしょう?」
ぐっと押し黙るカーター。自分の不注意のせいで私に迷惑をかけると自覚しているのだろう。
付き合い上、主催者の親族から勧められた飲み物を断れないのは仕方がない。まさか、主犯が丸わかりなことを仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。
「嘘よ、忘れてあげるから気にしなくて良いわ。」
「本当に申し訳ありません、、、」
「良いわよ。たまには役に立たせてちょうだい。いつも仕事でもお世話になっているし、これくらいのこと気にならないから。目隠しを取りなさい。目が見えないままだと不便でしょ。効果だって大したことないかもしれないじゃない。」
カーターにはいつも仕事で世話になっているし、その恩返しだ。カーターのいつもの態度からして、惚れ薬とやらが効果があったとしても、笑い飛ばせる程度のものだろう。
そう思っていた時期が私にもありました。
諦めて目隠しに使用していた布をおろし、恐る恐る目を開くカーター。
私とカーターはソファーに向かい合って座っていて、カーターの後ろに従者がいるため、私しか視界に入っていないはずだ。
惚れ薬の効果ってどの程度なのかしら、と思いながら見ているとカーターの顔がみるみる赤くなってきた。
目も見開いて、口を抑えている。
あら、凄い。本当に効果がありそうね。
「あ、姉上。」
「うん。」
「愛しています。」
思わずこけそうになった。
ソファーの上だけれども。
「姉上、隣に座っても良いですか?」
と、立ち上がって移動しようとしてくる。
「絶対ダメ!!マーク!カーターを自分の部屋に連れて行って!!」
身の危険を感じ、待機していた従者のマークにカーターを取り押さえさせる。
「マーク、離せ!僕は姉上とこのままここにいる!!」
「マーク、絶対に離しちゃダメ!話を聞いていたでしょ?カーターは惚れ薬を飲んでおかしくなっちゃったから1週間は厳戒態勢で挑むよう全使用人に通達!お父様が帰られたら呼んで!お父様が帰られるまで私の部屋には鍵をかけておくから!」
「はい!お嬢様!かしこまりました!
坊ちゃん!部屋に戻りましょう!」
「く、離せ!!」
あまりにも騒がしかったので他の使用人もこの部屋の周りに集まってきて、マークと私の指示を受け、皆でなんとかカーターを部屋に戻してくれた。
カーターが隣室に閉じ込められるところを見送り、私は自分の部屋に内側から鍵をかけて、ソファーに崩れ落ちる。
「つ、疲れた、、、」
甘く考えすぎていたかしら。
ここまで効果の強い薬だったなんて。
あの無表情な弟が顔を真っ赤にして、目なんか潤ませちゃって、愛していますとか言っちゃうなんて。
言われた時は驚きと恐怖が勝ったけど、思い返すと恥ずかしい。カーターは顔が良いだけに破壊力が凄い。なんだか私まで顔が熱くなってしまうわ。
これが1週間も続くなんて。
たった1週間と思っていたさっきまでの私を思いっきり殴りたい。
あと、身の危険を感じる。さっきもソファーの隣に来ようとしていたし。同じ家にいない方が良いのかしら。お父様に相談しないと。
なんて悶々としていたらノック音がして、つい過剰に驚いてしまう。
使用人から、お父様が帰られたとの報告だった。
部屋から出ると、隣のカーターの部屋の前にマークが立ってくれていた。
マークとサムズアップを交わし、急いでお父様の元へ向かう。
「ラディ、ただいま。何かあったのかい?」
「お父様あ。大変なの。」
父に年甲斐もなく抱きついてしまう。
よしよしと頭を撫でられ、落ち着いてくると恥ずかしくなってしまう。
「ごめんなさい、お父様。私子供みたいね。」
「いくつになってもラディは私の可愛い子供だよ。」
ふふっと笑い、ソファーに腰掛けたお父様にルチアードから聞いた惚れ薬の話と、今日のカーターの話を説明する。
「惚れ薬か、そんなに効果があるものだなんて恐ろしいな。」
「ルチアードに言って早急に法で禁止してもらわないと。今回も犯人がわかっているのに何もできないなんて。」
少し考えた後、お父様からアーサー様とルチアードへ早馬で連絡を入れるように指示された。
お父様からも国王様、宰相様へ連絡するとのこと。公爵家の一員に薬を盛った家への抗議も行いたいし、惚れ薬の危険性について報告の必要があると判断したのだ。
カーターと私は家の中でも必ず誰かしら男性の使用人が付き従うようにし、間違いが起きないようにしてくれるとのこと。
「私としては君たちが結婚してくれると嬉しいけどね。」
「お父様、こんな時に洒落にならない冗談はやめてくださいませ。」
「冗談ではないんだけどね。リディがどこかにお嫁に行ってしまう日のことを考えるだけで悲しくなるんだ。」
「お父様、、、。」
確かにカーターと私が結婚したら私はずっとこの家にいられる。我が国の法律では養子で血縁がない姉弟だったら婚姻ができる。
「ダメですからね。正気に戻ったカーターが嵌められたと激怒してうちから出て行ってしまいます。」
「それは困るね。諦めるとしよう。」
とにこにこ顔で返される。
心臓に悪い冗談はやめていただきたい。
「でも、あのカーターは見ものでしてよ。普段の澄ましたカーターとは全く違うので、お父様もご覧になってくださいな。」
「ふふ、明日は早く帰るとしよう。夕食は一緒にとろう。1週間経った後、一生揶揄えるね。」
と2人でニヤリと笑った。