誕生日会の後
8 誕生日会の後
カーターの誕生日会では、不穏な惚れ薬の話があったものの、楽しく皆んなでお酒を飲めた。
あの会でわかったのだが、どうやら私はかなりお酒に強いようで、ふわふわと気持ち良くはなったものの、最後まで冷静だった。記憶もちゃんと残っている。
ルイスがお酒に弱かったのは意外だった。
ワインを一本開けたあたりで、ルイスが私に泣きついてきそうになったのを皆が止めてくれた。
泣き上戸というやつらしい。
あんなに筋肉質の大きな体で抱きついてこられたら離れることができなさそうなので、すんでのところで皆んながルイスを引き剥がしてくれて助かった。
なぜかカーターに私が怒られたのは解せぬ。
ルイスが悪いのになぜ怒られねばならないのか。
楽しいカーターの誕生日会も終わり、翌日からは現実に引き戻され日々仕事を頑張っている。
相変わらず業務時間後はカーターに教えてもらっていたが、何故かいつの間にか先輩からカーターに日中の教育係も変わってしまっていた。カーターとばかり話していると、職場なのに家にいるかのようだ。
解せぬ。
カーターは元からやっていた地方からの財務書類のチェックに加えて、私への指導までこなしている。本当に新人一年生なのだろうか。
頭が良いのは知っていたつもりだが、一緒に仕事をすると有能さを実感させられる。
私は一般的に馬鹿ではないと自分では思うが、カーターが優秀すぎて、比べるのも馬鹿らしくなる。
僻む気さえも起きないのだ。
「ねえ、カーター。貴方の頭の中はどうなっているのかしら?」
いつもの業務時間後の2人きりの指導の際、つい思っていたことが口に出てしまう。
案の定、怪訝な顔をし、目を細められてしまう。
「どう、とは?」
私の質問の意図がよくわからなかったらしい。
「貴方は昔から飛び抜けて頭が良いでしょう?なんだか私とは頭の構造が違う気がしてしまうのよ。」
我ながら変なことを口にしてしまった。
「僕が他の方より頭が良いというのは否めませんが、構造は同じなのではないでしょうか?」
「頭の構造が同じなら、貴方も恋愛とかするのかしら?」
頭の良さとは違うが、一般的な人だと、恋愛したりするのかな、と思ったことが口に出る。
「……恋愛、ですか。僕も成人男性ですから、しているかもしれませんね。」
カーターからの思いがけない発言に思わず机に手を置き、椅子から立ち上がる。
「聞いたことないわ!」
「姉上に僕が話すとお思いですか?」
ぐぬぬ、お茶会のネタにされるとわかっていて話すはずがないわよね。
「雑談はここまでです。早く仕事を終わらせて帰りましょう。」
カーターの恋愛話を聞きたいという私の恨みがましい視線を無視して、黙々と仕事を進めるカーターなのだった。
私はカーターの意中の相手がとても気になっていた。
アッシュゴールドの髪と冷ややかな蒼い瞳を持ち、誰にでも冷たいと評判の我が弟の恋愛相手。
あんなに誰にでも冷たくみえるが、恋している御令嬢には違うのだろうか?
お姉ちゃんとしては恋愛相談とか受けてみたいのに、そんな話一度もない。
カーターだけでなく幼馴染達も私にはそういった恋愛話はしてくれないのはわかっているのだが、気になるものは気になるのだ。
業務中、ルチアードを城内見かけたので声をかけて昼食に誘ってみる。
「ラディから誘ってもらえると思いませんでしたよ。今日はカーターは一緒じゃないのですか?」
基本的にカーターが指導役なので一緒に行動することが多いのだが、今日はカーターはいない。
「カーターは他領に視察に行っているの。」
王都の財務部に挙げられてくる資料が正しいものなのか、現地視察をして正当性を評価するらしい。
私はそこまでの実力がないということと、処理しきれない仕事が溜まっていることから視察には同行していない。
「何か言いたげにしていますが、気になることでも?」
昼食は庭園内のガゼボでとっているので、ルチアードの柔らかそうなウェーブのかかった銀髪がふわふわと風で揺れている。なんとなくその揺れる髪の毛を見てしまっていた私はハッとしてルチアードの目を見る。
「カーターが、誰かに恋をしている、というのは聞いているのかしら?」
余りにも唐突な私の問いかけに、ルチアードは一瞬目を見開いたあと優雅にクスクスと笑う。
「何のことでしょう?」
「誤魔化さないでほしいのだけれど、この間カーターと話した時にそんな話をしていたから、ルチアードなら聞いているかと思って。私はお姉ちゃんなのに、カーターは話してくれないのよ。」
「姉とはいえ、彼は例え誰かを想っていても自分から恋愛話はしないでしょうね。」
「貴方達にはしているのでしょう?私は疎外感を感じているのだわ」
自分で決着をつけてしまったが、何となくモヤモヤしていた気持ちは、私以外の幼馴染へは話していたであろうという疎外感だったのだ。
「仲間外れにしているわけではないですよ、まあ、その内全てお話出来ると思うので、貴女はそのままでいてください。」
にこやかに微笑むルチアード。
ルチアードは、頼りになってグイグイ引っ張って行く感じのアーサー様とはまた違う優しく諭す系お兄ちゃんポジションだな、と思う。
「わかったわ、その内話してね。そういえば、カーターの誕生日の時に話していた惚れ薬の調査と法整備ってどうなったのかしら?」
法整備が進むまで、女性だけしか参加しないとはいえお茶会の開催は行っていない。お父様も心配されていて、私はもちろん、参加される御令嬢に何かあってはいけないし、万が一惚れ薬を混入されたら当家主催ということで責任問題になる。当家主催のお茶会だけでなく、私も仕事が多忙だと断り文句をつけ、お茶会や夜会への出席を見合わせている。実家今忙しいから疑う方はいないのだけれど。
「どこまで話していいのか、迷うところです。」
「構わん、リディアナにも聞かせてやれ。」
「アーサー様!」
突然、アーサー王子が空いていた席に腰掛ける。
ただ椅子に座るだけの動作が優雅だ。サラサラとした長い黒髪とマントがふわりと揺らめく。
「アーサー様、なぜこちらに?」
ルチアードが少し不機嫌な様子でアーサー様に問う。
「移動中遠目に2人が目に入ってな。声をかけようと近寄ったら例の惚れ薬の話をしているようだから俺も報告がてら聞こうと思ってな。」
「……かしこまりました。
正直あまり調査は進んでいないのです。例の御令嬢以前の、無視していた報告を一件一件確認しているのですが、購入先が絞れていないのです。」
「え?何で?」
それほど多く出回ってはいなそうだったので、すぐに販売ルートは判明すると思っていた。
「全員の話では、購入したのは夜会で会った、その場限りの人物からだったということなのです。購入した相手についての供述は年齢も男女もバラバラで統一性がありません。薬が多く出回っていて、多数の商人が扱っているということなのか、1人の商人が取り扱っていて彼が変装スキルに長けていると見るべきか、まだ確定ができないのだよ。」
自分の顔の血の気が引いたのがわかる。
アーサー様の顔色も悪い。
強力な惚れ薬、というとおそらく新規開発されたもので開発販売ルートは狭いし、販売している者はすぐにわかるだろうと思っていた。
作成元さえわかって抑えればこの件は終わりだと思っていたのに、そうではないなら時間がかかる。
せっかく築いてきた貴族令嬢とのお茶会ネットワークも再開できないどころか、自分や友人達の身の危険をずっと感じなければいけないのか。
今後法整備がされたら、使用された時に加害者へ罪の追求はできるようになるだろうが、作成を止めなければ使用されるリスクは残り続けることになる。
「ルチアード、販売元の特定ができていないのはわかった。あれ以来使用された実績はないのか?」
「はい。今のところはそういった申告はございません。ですが、申告がないだけかもしれません、、、。」
最もな話だ。
惚れ薬の使用が、既成事実を作るためだったとしたら、惚れ薬を飲まされた方の被害者は体面上訴え出ることが出来ない。当たり前だが加害者は申告するはずもない。なんとも卑劣な薬だ。
「ふむ、面倒な話だな。薬の詳細だけでもわかれば、法で取り締まることができる。そうなれば易々と販売しようと思わなくなるはずだ。いっそ手に入れば私が飲んでみるのも良いかもしれんな。まだ薬の詳細はわかっていないのだろう?」
『おやめください!!』
私とルチアードの声が重なる。
1番飲んだらダメな人が自ら実験台になろうとしている。
アーサー様は本気で言っているということを私もルチアードもわかっている。
「冗談だ。」
とフッと笑顔になられているけれど、この方は平気で自分を犠牲にされるつもりだ、と長い付き合いの私達は知っている。
もし惚れ薬とやらが手に入ったら、アーサー様より早く私達の誰かが飲むべきだ。
公爵家の人間が証人になれば法整備は一気に進むだろう。王族のアーサー様とフェデリック様の手に渡るより早く入手しなければならない、と、私が考えていることと同じことをルチアードも考えていたようだ。
私とルチアードは目線だけで意思疎通をはかり、こっそりと頷き合った。