カーター16歳の誕生日
7 カーター16歳の誕生日
アーサー王子、フェデリック王子、ルチアード、ルイス、カーターと私という仲良しの皆が成人したら、皆でお酒を飲もう、ということになっていたので、6人の中で1番誕生日が遅いカーターが16歳になる日に全員で我が家でお祝いをすることになった。
ちなみに一足早く16歳になり、成人した私の誕生日には皆アクセサリーをくれたのだ。成人した記念に奮発してくれたみたいで嬉しかった。
通常、男性から女性にアクセサリーを送るっていうと意味深な感じになると思うのだけれど、もらって良いのかしら?と思いつつ、友情の証として有り難く受け取って今日のカーターの誕生日パーティーにつけさせてもらった。
皆相談して私へのプレゼントを決めてくれたのか、アクセサリーが被ってなくてよかった。
アーサー様が髪飾り、フェデリック様がイヤリング、ルチアード様がネックレス、ルイスがブレスレット、カーターが指輪と、見事に種類はバラバラ。
だけれども、黄色く光る同じ種類の宝石が付いているのは揃えられている。
間違いなく皆で相談して送ってくれたのだろう。
カーターの誕生日パーティーという身内の会で、参加者が友人たちとはいえ、メンバーが豪華なので、私もしっかりドレスアップする。
大きく襟が開いていて、ネックレスが映えるタイプの薄桃色のドレス。桃色といっても落ち着いた色合いで、成人女性が着ても恥ずかしくない範囲の色だ。
腕から肘まではピッタリしていて、肘から先はふんわりと広がり、袖口はレースで縁取られている。手首が見える長さなのでブレスレットが見えるようになっている。
髪も緩く纏め上げて、皆から誕生日にいただいたアクセサリーをフル装備で着けているのだ。
ドレスに着替えた後、カーターと落ち合って皆様をお出迎えしようとすると、一目こちらを見た途端カーターの顔が醜く歪む。
「あら、カーター。お顔が変でしてよ。」
可愛く仕上がっていると思うんだけど、そんな顔をしなくてよいのでは?
「姉上、、、胸元が開きすぎでは?嫁入り前の淑女として、はしたないと思いますが。」
「これくらい普通だわ。姉相手にいやらしい目で見ないでくださる?」
あ、怒ってしまった。
明らかにむっとして顔を逸らすカーターになんと声をかけて良いかわからず戸惑っていると来客が到着してくる。
「よう、カーター。誕生日おめでとう。」
「おめでとう、カーター。ようやく酒が飲めるな。」
「めでたいな、ようやく成人か。」
「おめでとう、カーター。これからもよろしくね。」
カーターに祝いの言葉を述べながらルイス、スチアード、アーサー様、フェデリック様と皆が入ってきて、ついでに私の装いも皆褒めてくれる。
皆の褒め言葉はお世辞だろうけれど、カーターみたいに顔を歪められなかったので、変ではなかったのねとほっとする。
食堂に全員が座ったところでアーサー王子がニヤリと笑い、今日の本題を告げる。
「今日で皆成人した。これで堂々と皆で酒を楽しめる。」
庶民の子達とか、貴族の子も成人前から家で飲んでたりするのだけれど、国の規範となるべき王族と公爵家の私達は法律遵守の意識が厳しい。
私達4人が成人するまでは一緒にいる時は飲まないと決めていた2歳歳上のアーサー様が今日を1番喜んでいるかもしれない。
私たちの前にスパークリングワインが運ばれる。
細長い形のグラスの中で細かい泡が立ち上る様子が美しい。透明だけれども少し黄色みがかった液体。私もカーターが成人するまで飲酒するのを待っていたので、今日が初アルコールだ。
「この日を心待ちにしていた。カーターの誕生日と、我々全員の成人を祝って乾杯!」
『乾杯』
皆でグラスを持ち上げ、口に注ぐ。
炭酸水よりも柔らかい刺激の発泡感がありながら、とても口当たりが良く、さらりとした飲み口だった。
ほのかな甘味があるのにきりりとしていて、濃厚な味わい。お酒というと、酔っ払うためにあると思っていたが、こんなに複雑な味わいの飲み物があるんだ、ということに感激した。
「不思議、、、葡萄からできているのですよね?」
と感嘆の声を漏らす。
「ああ、葡萄の品種や産地、醸造で全く違う味わいになるんだから酒とは不思議なものだ。今日は酒の味わいと、罪深さを知る会だと思ってくれ。」
「罪深さ?」
「アルコールがもたらす効果というやつだ。気が大きくなったり、泣き出したり怒り出したり。個人差があるから、自分がどの程度飲んでも大丈夫か知っておくということが重要だ。飲みすぎて無様な状態を他者に晒さないためにも自分の限界を知り、飲む量をセーブできるようにした方がよい。」
「アーサー様はどの程度お飲みになっても大丈夫なのですか?」
「ワインボトル2本までならそれほど問題ないな。」
なるほど、それくらいを目安にすれば良いのね。
「姉上、言っておきますが、女性はワインボトル1本を1人で飲めないくらいが通常ですからね。」
とカーターから囁かれる。
ふむふむ、1本も2本もあまり変わりないわね、と理解する。
そこから楽しく皆でお酒を飲んだ。
途中で少しふわふわとしてきたけれど、どうやら私はお酒に強いようで、ワイン一本を開けた段階でも普通に話ができる状態だった。
「そういえば、最近あまり良くない薬が出回っているので皆様お気をつけください。」
とルチアードが不穏な話を語り出した。法務部にいる彼は、そういった法に触れるかどうか、という話題に事欠かない。
もちろん、私たちに話しても良い内容かどうか見極めて話してくれているのだろうけど。
「よくない薬?」
真っ先にアーサー様が反応する。
「はい。惚れ薬、と言えば聞き覚えがありますでしょうか。古来から惚れ薬や媚薬といったものはありますが、皆様ご存知の通り、謳い文句というだけで効果はありませんでした。ただ、今出回っているものは効果が高いらしく、既に被害も出ております。それで法務部の元にも話が来て、法の厳格化を急いでおります。」
アーサー様も初耳だったようで、皆顔を青くする。
惚れ薬と言えば、昔からそう言われるものもあったけれど、ジョークグッズみたいなものだ。効果なんかない。
本当にそんなものがあれば大変なことになる。特に今ここにいるメンバーは国の中心人物。使われて、国を乗っ取るなんてことも出来てしまう。
「ルチアード、被害とは?私にまでまだ報告があがっていないのだが。」
アーサー様も事の深刻さに気付いたようで更なる情報を求める。カーターのお誕生日のお祝いのはずが、皆顔を強張らせる事態になってしまった。
「事態の把握が出来たのが本日でしたのでまだアーサー様の元に話が通っていないのでしょう。惚れ薬を使われた御令嬢が使ったと思われる人物と、……その、既成事実を結ばれて、御令嬢の父親から申告があり発覚しました。」
皆、チラリとこちらを見る。
ルチアードの発言に背筋が凍る。
それって、女性に使って、既成事実を作って退路を絶ってしまったってことよね。
なんて恐ろしい薬なのかしら。
皆がこちらを見たのは、私に気を遣ってくれたのだ。
「酷い、、、」
つい声が漏れる。その御令嬢が可哀想すぎる。
「今回救いがあったのは、その御令嬢は薬を使用した人物のことが前からお好きで、好意を口にできなかったということです。ただ、そうではなかった場合を考えるとあまりにも恐ろしいことです。」
とらルチアードから述べられたことに少しホッとする。
「ルチアード、惚れ薬ってどういうものなの?飲まされたら気づくのかな。」
フェデリック王子からも質問が入る。
私達のような高位貴族だと一服盛られる危険性が高い。当然の質問だ。
「液体で無味無臭なので飲んだ時はわからないそうです。ただ、飲んだ後1分ほど視界が真っ暗になるそうです。視界が開けた後に見た者を好きになり、1週間ほど効果が続くそうです。今回は元々好意があった方に使われたのですが、今まで伝えられなかった想いを臆面なく話すようになったと。実は今回だけでなく、他にも報告事例があり、好きではなかった相手でも好意を感じたという話でした。」
「他にもあったのか!?」
ルイスが驚いて突っ込む。
「すみません、上にあげるには余りにも馬鹿げた話と捉えられていて検証されていませんでした。今回令嬢の父親から正式な申告があげられ、そのため過去に遡って調書を調べて他の事例にも行きあたったのです。数ヶ月前から惚れ薬の話は出ていました。」
皆息を飲む。
惚れ薬というと御伽噺や恋物語に出てくる創作もの、という存在だが、それが実際にあるとなると恐ろしい話だ。
「ルチアード、法の厳格化ってどれくらいで進むの?」
カーターが問うと、ルチアードはチラリとアーサーを見て
「法案をあげて、決定されるまで早くて1ヶ月。通常通りだと半年はかかるかと。皆様お気をつけください。」
一気に場が暗くなってしまった。
皆狙われる立場なのだ。
少なくとも法案が通るまでは皆夜会や、招待を控えようということになったが、断れないものも多いだろう。
そう思うと私が1番気楽な身の上だ。
法案が通るまでは茶会を開かなければ良いのだから。
「ラディアナ、万が一惚れ薬を飲まされた時はお前を見ても良いか?」
とアーサー王子に提案される。
「それは良い案ですね!皆様どんとこいです!1週間くらい乗り越えてみせます!」
無味無臭とはいえ、1分間真っ暗になるなら惚れ薬を飲まされたことを自覚できるだろう。
変な女性に騙されることになるなら、私だったら事情もわかるし既成事実を作られることもない。良い案だ。
「じゃあ俺も頼むわ。」
「私もお願いします。」
「じゃあ僕も。」
ルイス、ルチアード、フェデリック様も便乗してくる。
「安心してください、何もせずに1週間乗り切ってみせます!」
こんなに皆に頼られた時があるだろうか。いや、なかった。
頼られるって嬉しい。
「姉上、、、鼻息が荒くなっていますよ。」
カーターに現実に引き戻される。せっかく皆に頼られて良い気分だったのに。
「カーターも惚れ薬を飲まされたら頼って良いのよ。」
「絶対にお断りします」
ふいっと顔を背けるカーターに胸がチクリと傷んだ。
頼れる姉ではないと自覚しているけれど、ここまで嫌わなくても良いと思うのだけれど。